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複雑な関係

公青は、その書状が蒼の筆跡であるのを見て、すぐに封を開いた。臣下も、蒼からの直接の書状は先に開いて見たりは絶対にしない。

そして、中を見て愕然とした…何と、あの碧黎を。何と言うことだ…どう考えても、無理がある。しかし、結蘭には分からないのだろうか。己ならば、と、希望を持ってしまうのだろうか。

どちらにしても、これは急がねばならない。蒼が、どうして事を急いていたのか、やっと分かった。相手は、女の心の機微など、いや神の心などきっと分からないのだ。公青も、月の宮に居る間、何度か話したがその大きな気には似合わず、気ままであまりにも神には無関心だった。娘の維月を溺愛し、それが普通の神の常識とは違うのだと蒼に聞いてからは、月の眷族というものが、如何に特殊なのかを実感した。

そんな常識が通用しない地という命を愛しても、絶対に報われることなどない。

公青には、それがよく分かっていた。

「…相留。」公青は、前で返事を待つ相留に言った。「結蘭を、早々にこちらへ引き取るゆえ、準備を。我は結蘭に書状を書く。蒼にもの。」

相留は、頭を下げた。

「は!」

そうして、二つの書状は月の宮へと送られたのだった。


維月は、碧黎と共に月を見上げていた。本当は夜までには戻るつもりだったが、結局この山の上にある宮に、侍女を呼び寄せてここで休むことになった。碧黎は元より、維月のことは娘と扱っているので、体を求めたりしない。なので、維月も安心して側に居られるのだ。

それに、維月もこの父が嫌いではなかった。何しろ、前世の記憶のある維月にとっては、碧黎は父という存在ではないような、男として見てしまいそうな、だが父で、というおかしな感覚だったのだ。

その上、磁場反転で若返ったので、今生での記憶でも父親というには危うい感じだった。

そんな碧黎に、無償の愛情というものを、維月は確かに感じた。それは、親の子に対する愛情であるような、そうでないような。

こんな関係でなく、全く違う形で出会っていたのなら、いったいどんな風だったのだろう…。

維月は、そう思いながら、月を見上げていた。

すると、維月の肩を抱いて同じように月を見上げていた碧黎が、維月の顔を覗き込んで言った。

「維月?どうしたのだ…黙っておるなど、主らしゅうないの。」

維月は、碧黎をためらいがちに見た。

「…お父様のことを、考えておりました。」

碧黎は、驚いた顔をした。

「我のこと?主が考えておるのは、維心や十六夜のことではないのか。」

維月は、苦笑した。

「確かにそうですけれど、今はお父様のことを。前世、私はまだ碧黎様とお呼びしておりましたわ。そうして、今生は親として育てて頂いて、私は前世の記憶を戻し、その後、お父様はお若くなられ…お父様という意識も、危ういものと思うて。」

碧黎は、じっと維月を見た。

「主には、あくまで我は父ではないのか。維心や十六夜と、同じ位置であると?」

維月は、困ったように碧黎を見上げた。

「どうでありましょう。同じと言うには違うような…しかし、大切であることは間違いがありませんの。なので、もしも違う出会い方をしておったなら、どうなっておったのかと思うていたのですわ。このような気持ちは、いったい何と形容すれば良いものか。」

碧黎は、しばらく黙ってから、また月を見上げて言った。

「…難しい事を申す。」碧黎は、珍しく戸惑っているようだ。「我らは、親子。神世の常識に無理に照らし合わせればそうなるので、我は主を側に置きさえすればそれで満足ぞ。今までいろいろあって、時に唇を合わせたり、共に褥で休んだりしておるが、本来そんなものを重要視せぬ我らには、あまり意味のない行為ぞ。だが、時に…主と身を重ねたら、どういった心地なのかと興味が湧くのも事実。今はそこまで望まぬ。が、いつかはそうしてみたいと望んでおる。」

維月は、頬を赤らめた。碧黎があまりに正直にダイレクトに言うからだ。

「ですが…維心様はお許しにはなりませぬわ。再び黄泉に参るときは、お供するつもりでおりまするし。それは、叶わぬでしょう。」

碧黎は、首を振った。

「維心に、我を阻止する力は無い。いつかは、と申しておるではないか…今すぐではない。しかし…」と、碧黎は、維月に唇を寄せた。「ただ共に居て心地よいから側に居る。それだけではならぬのか。神世はとかく、何にでも理由を付けたがる…。」

ためらう維月に構わず、碧黎は維月に口付けた。

維月は、複雑な思いでいた。


十六夜は、碧黎が本気になれば敵わないのは知っていたが、それでも維月と碧黎が寄り添って一緒に居るのを見ると、胸が騒いだ。

確かに幼い頃から手のかかる妹だった維月に、碧黎と二人で必死について世話をして来たし、そうやって一緒に居る姿もずっと見て来た。だが、今は違う。維月は成長し、碧黎は神のことを理解しようと成長した。そんな二人が、ああしてまるで夫婦のように一緒に居るのを見ると、維月の心までも持ち去られてしまいそうで、穏やかではいられなかった。

碧黎は、その言葉の通り、今維月をどうのなど何も考えていない。ただ側に置いて、その気を心地よく感じていたいだけ。思っていることを、思っているままに口にしているのは、よく分かっていた。

なぜなら、その気になれば碧黎を阻止出来るものなど誰も居ないからだ。

二人で縁側近くに腰掛け、月を見上げて寄り添い、口付け合っているのを見ていると、まるで維心と維月を見るようだ。十六夜がため息をついていると、蒼が言った。

「…公青が、すぐに迎えをやると。三日後には来ることになった。」

蒼の手には、書状がある。十六夜は、ホッとして言った。

「そうか。これで維月をずっと親父に預けてなくていいな。」と、また月を見上げた。「親父はあれで、オレとか維心の気持ちとか、そんなことをいろいろ考えている。だから、維月を今すぐどうのなんて無いだろうが、でも心配なんでぇ。」

蒼も、月を見上げた。

「確かに…落ち着かない光景だろうな。」蒼の目にも、十六夜が見ている光景が見えていた。「碧黎様って、皆が思っているほど考えなしじゃないんだよな。結構皆を気遣ってたりして、あれほど執着しているような母さんにでも、他の神みたいに奪いにかかるなんて絶対にないし。我を忘れていた母さんに迫られても、碧黎様は神の常識に合わせて手を出さなかったりしてるんだもの。案外に気ままそうで、そうじゃないかたなんだよな。」

十六夜は、同意したく無さそうにしながらも、頷いた。

「そうなんだよ。親父はやっぱり親父で、でも、そうでなくて。ややこしいんだ。嫌いになれないのが悔しいよ。」

蒼は、苦笑した。なんだかんだ言っても親。でも、そうではない所もある。確かにややこしい。

蒼は十六夜と二人で、しばらく黙って月を見上げていた。


同じ頃、結蘭は兄からの書状を手に愕然としていた。三日後に迎えが来る。帰らないと言えばお兄様が直々に迎えに来られる…。

兄は、断定的な文面でそれを告げていた。兄の命は絶対だ。結蘭は、書状を握りしめてふるふると震えた。まだまだここに居られるのだと思っていた。蒼は、居るだけなら良いと…。

結蘭は、焦っていた。箔翔とは、愛していたと言うにはあまりに希薄な仲だった。なぜか箔翔は失望した顔をして、それでも始めは歩み寄ろうとしてくれているのは感じていた。箔翔はよく部屋を訪ねてくれた。だが、女神の王族のたしなみを失わないようにと、何事も王の良いように、と答えているうちに、言葉も少なになり、気が付くと全く来なくなった。

疎まれる辛さを感じ、それが何故なのかも分からないまま時は過ぎ、気が付くと離縁されていた。

兄は心配したが、結蘭は実はホッとしていた…あのまま望む妃が来て捨て置かれる事を思うと、本当に辛かったからだ。

月の宮へ預けられた時は、厄介者なのかと案じた。だが、ここは癒しの宮だった。兄が自分を案じて預けてくれたのだと知って、嬉しかった。明るい気持ちになった結蘭は、何事も前向きに考えるようになった。自然、庭に出る事も増えて、そうしてその時に、碧黎に会ったのだ。

その美しい顔立ちに、最初は息をするのも忘れて見とれていた。こちらに気付いた碧黎が、何を見ておる、と話し掛けて来るまで、結蘭はそれがこの世のものだとは思えなかった。

碧黎は、いつも落ち着いていた。どこか世を悟り、それでいて大きく暖かい包み込むような気で、話すこと一つ一つがいちいち結蘭の心に沁みた。そうして、いつしか結蘭は、碧黎の気配を庭に感じると、そこへ向かうようになった。碧黎は、他の神とは違い、色好い事など全く言わなかった。始めはそれが安心感に繋がっていたが、そのうちに物足りなくなった…結蘭は、碧黎を想うようになっていたのだ。

碧黎に、愛して欲しかった。それが地の化身で、絶対的に立場が違う事は分かっていた。それでも、片割れの陽蘭は、碧黎から離れて箔炎に嫁ぎ、箔炎が死した後は本体で眠っているのだという。ならば、きっと機はあるはず…。

結蘭は、そう思っていたのだ。

自分が話し掛ければ答えてくれる。何度も共に話しながら庭を歩いた。きっと、少なからず興味を持ってくれているのではないか。でも、そんな経験がないので、そんなことは口にしないのではないか…。

結蘭は、月を見上げた。今は、娘の維月の世話に忙しいのだろう。だが、十六夜が居て、そんなに側にも居られないはず。何とか機を見て、碧黎に想いを告げなくては。

結蘭は一人、決心していた。

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