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落下

公青は、蒼からの書状を見て顔をしかめていた。結蘭を、こちらへ引き取るようにと急かせる内容だった。確かに、奏と公明を引き取る際にはいつまで居っても良いような言い方だったのではないか。それが、なぜに急にそんなことになるのだ。

公青は、ちらと奥の間のほうを見やった。奏は、二人目の子を身籠って間が無く、今は具合を悪くしていて臥せっている。結蘭にかまけている暇は、今の公青には無かった。

しかし、あちらに世話を掛けているのは間違いないことだった。なので、公青は近日中に引き取るので、結蘭に準備をするように申して欲しいと返すように命じた。

しかし、近日中といって、奏の具合もあるので出来たら三月ほど待って欲しいのだが…と。


蒼は、その返事を見て歯軋りした。こっちは、それどころではないのに!

十六夜が、蒼に歩み寄って、言った。

「公青は何て言って来たんだ?」

蒼は、十六夜にそれを放って寄越しながら言った。

「奏が悪阻なんだよ。二人目が出来て。だから三月ほど待って欲しいってさ。」

十六夜は、さっとその書状を見てから、唸るように言った。

「事の重大さを分かってるのか。せっかく回復した結蘭が、また、今度は立ち直れねぇかもしれねぇってのによ。」

蒼は、肩肘を付きながら言った。

「分かってないと思う。言ってないからな。いっそのこと、言った方がいいんだろうか。」

十六夜は、何度も頷いた。

「言え言え!もう、なんだっていいから早く引き取ってもらわねぇと!維月が今日の昼帰って来るって連絡して来たんだ。もうそろそろだけどよ。ほんとは朝に迎えに行くつもりだったが、維心が駄々こねてよ。月から勝手に帰って来るからってさ。とにかく、維月が居る間にさっさと帰らせろ!」

蒼は、頷いて自分で筆を取った。内容が込み合っているので、とても臣下に書かせるわけには行かないからだ。

「じゃあ、すぐに書く。碧黎様のことは、公青だって良く知ってるから、どれだけ恋愛に向かないか分かってるはずだ。」

十六夜は、頷いて空を見た。そして、腰を浮かせた。

「あ、また!親父も庭へ出るのをやめてもらえねぇかな。結蘭は、間違いなく親父が庭へ出るのを待ってるんだからよ!」

十六夜は、急いで出て行く。蒼はそれを見送りながら、ため息をついて公青に向けて手紙を書いたのだった。


碧黎は、どうも十六夜が落ち着かないと機嫌を悪くしていた。何やら、見張られているような心地がする。だがしかし、あれが自分を見張っていて、行動をどうにか出来るはずなどないのだが、それでも気ままにしていたい碧黎には、面倒この上ないことだった。

維月が帰って来なければ、他の場所へ行って見回って来るのに。

碧黎は、そんなことを思いながら庭を軽く浮いて飛んでいた。

すると、背後から声がした。

「碧黎様。」

碧黎は、振り返った。あの、西の島の女が頭を下げている。碧黎は、その姿を見て龍の宮で何やら聞かれたのを思い出し、また眉を寄せた。この女と話していたのが何とかと、十六夜も維月も言うておったのではなかったか。

「何ぞ?」

碧黎は、足を地に着けず、浮いたまま言った。結蘭は、進み出て碧黎に寄って来た。

「大事なお話がありまするの。」

碧黎は、憮然として言った。

「我にとり大事なこととは、世に関わることのみ。」碧黎は、不機嫌なまま言った。「主がそのようなことを知っておるとは思わぬ。なので今は、気が向かぬ。去るが良い。」

碧黎は、ふいと横を向いて、また庭の中を浮いたまま進み始めた。碧黎が、時にこのように機嫌の悪いことがあることを、もう二年近く見て来た結蘭は知っていた。なので、追いながら言った。

「では、ご機嫌のよろしい時にお時間を。興味を持って頂けるかと思うておりまするから。」

碧黎は、ちらと振り返った。

「興味?」碧黎は、体ごとこちらを向いた。「我の興味を惹けるようなことだと、主は言うか?」

結蘭は、頷いた。

「はい。」

「親父!」

その瞬間、十六夜が上から飛んで来た。碧黎は、またかと十六夜を見上げた。

「何ぞ。なぜに主は昨日から我に付きまとうのだ。面倒なヤツよな。」

十六夜は、何と言ったものかと悩んだ。結蘭が、こちらを見上げている。するとその時、月に気配を感じて、十六夜は咄嗟に言った。

「維月が!」と、月を指した。「維月が来週じゃ遅いって今日帰って来るんだよ!」

碧黎は、それを聞いて月を見上げた。確かに月に気配がする…と思ったら、光の玉が物凄いスピードで降りて来た。人型になるのも間に合わないのではないかというほど高速だ。

「おお維月!…しかし、なぜに急いでおる。」

十六夜も、今まで見たことがないほど速く降りて来るのに、戸惑うように見た。まさか、慌てて落ちて来てるんじゃねぇだろうな。

《十六夜!お父様ー!止まらないかもー!》

その念の声が聴こえた途端、碧黎も十六夜も慌てて飛び上がった。何てこった、昔子供の頃同じようなことがあったが、落ちた先で維月は気を失っているし、回りの地は大穴が開くし、大変だったのに!

「維月!父の所へ!」

碧黎が叫んで手を差し出す。しかしやっと人型になって来た維月は答えた。

《え、え、お父様、助けて!》

碧黎は、舌打ちした。コントロールが利かないのか。

「待っておれ!」と、両手を開いて空気を掴むようにした。「主には傷ひとつ付けぬ!」

途端に、地から大きな気が湧き上がって宙へと舞った。まるで、地が持ち上がったように十六夜にも結蘭にも見えた。そして、維月の体を包むようにすると、驚くほどの弾力で受け止めた。

ぽよんとその気に跳ね返されて浮き上がった維月は、碧黎を見て手を伸ばした。

「お父様!」

碧黎は、維月に向かって気を放ち、掴んで自分の腕の中へと引き込んだ。

「おお維月…!いつなり我をハラハラさせおって…」と、維月を抱きしめて、頬に触れた。「どこも何もないか?子供の頃のことが過ぎったわ。そのように慌てずとも良いのに…父に言えば迎えに参ったぞ。」

維月は、碧黎に頬を摺り寄せた。

「お父様…月からお姿が見えたので、慌てて足を滑らせてしまいましたの。長くお話をしておりませぬし、本日は楽しみにしておりましたもの…。」

碧黎は、そんな維月がかわいくて仕方がないという風に、嬉しそうに笑うと頷いた。

「おお愛いヤツよ。我も待っておった。主が居らぬと退屈でならぬ。」と、十六夜を見た。「十六夜?どうした、今日は何も言わぬの。いつなり維月とこうしておったら煩いのに。」

十六夜は、ふてくされたように横を向いた。

「仕方がねぇよ。維月が今回は親父と過ごしたいって言うからさ。オレは夜話すからいい。」

碧黎は、意外な、という顔をしたが、嬉しそうに笑った。

「物分りがいいのが解せぬが、まあ良い。」と、維月を腕に楽しげに言った。「さあ、では参ろうか。主は何を見たい?どこなり申せ。連れて参ろう。」

維月は、嬉しげに手を叩いた。

「まあまるで子供の頃のよう。ではお父様、どちらかの温泉へ参りとうございまするわ。出来るだけ高い所にあるものが良いですわ。」

碧黎は、微笑んで維月を抱き上げた。

「参ろう。良い場がある。きっと気に入るぞ。」と、十六夜を見た。「ではの、十六夜。出かけて来る。」

十六夜は、仕方なく頷いた。結蘭が、控えめだがしっかりした声で言った。

「碧黎様…近くお話のお時間は取ってくださいまするでしょうか。」

碧黎は、飛び立とうとしていたが、ちらと結蘭を見た。明らかに忘れていたようだ。

「話?何の話であったか。」

十六夜が、必死に維月に目配せした。維月は、碧黎の顔をぐいとこちらへ向けた。

「お父様?私が一番とおっしゃいましたわね?」

碧黎は、慌てて頷いた。

「主が一番ぞ。二番も三番もない。」と、飛び上がった。「ではの、十六夜よ、西の島の女よ。我は忙しい。」

そうして、二人は飛び立って行った。

十六夜が複雑な気持ちでそれを見送っていると、結蘭が言った。

「十六夜様…碧黎様は、維月様を甘やかせ過ぎであられるのでは…。普通の父娘ではありませぬわ。」

十六夜は、頷いた。

「そりゃそうだ。オレ達は月の眷族だからな。親父は、はなっから女は維月かお袋しか無いわけで、今は維月にゾッコンさ。他は名前すら覚えてないってよ。」

結蘭は、ハッとした。そう言えば、碧黎様は自分の名を呼んだことがない。今も、西の島の女と言っていなかった…?

結蘭が、その事実に茫然としているのを横目に見ながら、十六夜は宮へと戻って行った。こうやって小出しにして、諦めるように持って行けたら…。

その間に、蒼の遣いは公青の宮へと再び飛んでいた。

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