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公青の宮

奏は、公明を抱いて、公青と共に西の宮へと帰って来た。一新されて、相良から代替わりしていた今の筆頭重臣である相留(そうる)は、確かにその目で、それが王の子であり、龍ではないのを見た。

「おお…何としたこと。まさかこのような事になるとは、思いませなんだ。」

相留は、涙ぐんで言った。もう、龍に支配されるのだとばかり思っていた…だが、そうではないのだ。ここに、間違いのない王の血筋の神の赤子が居る。

公青は、頷いた。

「我とて驚いたのだ。しかし、奏は龍とは言うて月の血が強く混ざっていての。時にこうして、月が龍を押さえて、他の血を生み出すらしい。運が良かったの。」

相留は、何度も頷いた。

「父がどれ程に喜びますことか。そしてどれ程に己の愚かさを嘆くことか。」

公青は、苦笑した。

「確かにの。我ももう少し待てば良かったかと思うたものよ。先に奏が子を生んでおったなら、ここまで大事にはならずに済んだのにとの。」

すると、奏が言った。

「まあ、公青様…どうなるか分からなかったと、祖父も申しておりましたものを。運が良かったと、今おっしゃった通りでございます。次は龍やもと。」

公青は、笑って頷いた。

「分かっておるよ。まあ、もう公明が居るから。次からはもうどちらでも良いのだ。」

相留は微笑みながら、涙を拭って言った。

「では、乳母を揃えてございますゆえ。皇子には、お部屋でお世話を。王と王妃様には、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。」

若い、奏と同じくらいの歳の乳母が、三人頭を下げた。公青は、言った。

「さ、では乳母に公明を。」

奏は、ためらった。

「え…ですが、乳母が三人でございまするか?」

公青は、眉を上げた。

「皇子だからの。あちらでは違うか。」

奏は、頷いた。

「はい。龍王妃様でさえ、乳母一人に後は大勢の侍女達、そして母でお世話を。」

公青は、ふむ、と乳母達を見た。

「こちらでは赤子の時に侍女は付けぬ。その代わりに乳母が三人なのだ。そうか…では、今から乳母の他に何人か皇子の侍女を付けておくか。主もその方が安心であろう?」

奏は、ホッとしたように表情を緩めた。

「はい。」

公青は、相留を見た。

「では、乳母の他にとりあえず10人ほど皇子付きの侍女を選別せよ。三人では、こやつらも荷が重かろうしの。世継ぎの皇子なのだから。」

相留は、深々と頭を下げた。

「はは!それでは早速に選別を。」

奏はホッとして、進み出た乳母の一人によく眠っている公明を手渡した。乳母は大事そうに恭しく抱き取ると、頭を下げて他の二人と共に出て行く。奏は、初めて公明から離れるので、寂しそうな顔をした。

「慣れねばの。」公青は、奏の肩を抱いた。「皇子の部屋へ参れば、いつなり会える。王族はこうして育つものぞ。主には王妃の責務もあるのだ。」

奏は、公青を見上げて、弱々しく微笑んだ。

「はい…分かっておりまするわ。今までが近すぎて、少し寂しかっただけですの。」

公青は、頷いた。

「ならばその憂さを晴らしてやろうぞ。」と、奏に頬を擦り寄せた。「主が来るのを待ちかねておった…。」

奏は、頬を赤らめた。

「まあ…公青様…。」

そうして、奏も奥宮へと落ち着いたのだった。


一方、月の宮に残り、未だ落ち着いていないと思われているのは、結蘭だった。

公青が奏を迎えに来た時、一緒に宮へ帰ろうと公青にも奏にも言われたのだが、結蘭はここに残ることを選んだ。

公青は、戦後の処理などもあるうえ、宮の臣下達が刷新された今、今までのように頻繁にはこちらに来ることは出来ないと結蘭を説得しようとしたが、結蘭は首を縦に振らなかった。しかし、公青にしてみれば、半ば無理やりに押し付けたような形で蒼に結蘭を月の宮へ置いてもらっていたので、良いとは言わなかった。それを見かねた蒼が、居るだけなら全く構わないと結蘭を庇ったので、ここへ残ることが出来たのだ。

結蘭は、ここの空気がとても好きだった。気が驚くほどに清涼で、自分の中の醜いもの思いや、悲しい心も、全てを洗い流してくれるようだった。

現に、ここへ来て二年近く、結蘭はとても気持ちが安定して穏やかだった。月には癒しの力もあるのだと聞いていた通り、月がとても近いここでは、結蘭は幸福しか感じなかったのだ。

結蘭が、いつものように与えられている客間で座って庭を眺めていると、庭をすっと二人の影が横切った。結蘭は、思わず身を乗り出した…この気配は…。


十六夜は、低空をゆっくり飛びながら碧黎に話していた。

「そんな訳で、親父にもいろいろ助けてもらったが、何とか西も落ち着いたみたいだ。」

碧黎は、頷いて庭の草の上に降りた。

「神世のことは、神が何とかするとはいえ、あそこまでごたごたとして参ったら面倒であるし。我も手を貸そうぞ。最近は退屈であるなと思うておったところ。まあ楽しめたわ。」

十六夜は、苦笑して碧黎の前に下りて、手を腰に当てた。

「親父にとってはその程度なんだろうが、あれで数人の神の運命が決まったんだぞ?」

碧黎は、苦笑した。

「分かっておるわ。だがあまり興味もないことよ。」と、話題を変えた。「して、維月は?そろそろ落ち着いたし里帰りも良いのではないのか。維心はまだ駄々をこねておるか。」

十六夜は、肩で息をついた。

「なんだまたかよ。維月のことは、来週連れて帰るつもりだ。もう西の軍神も居ないし、親父がうるさいと維心に言ったら、渋々頷いてたよ。だが親父、お袋は?いつまで経っても維月維月って、お袋はまだ寝てるのか。」

碧黎は、どうでもいいかのように手を振った。

「ああ、あやつはぐっすりよ。箔炎が居らぬようになって、しばらく起きるつもりはないのではないのか。今は我は、維月の方が興味があるし、側に居て心地よいのだ。早よう連れて参れ。」

十六夜が反論しようと口を開き掛けると、視界の隅に頭を下げる姿が入った。驚いてそちらを見ると、そこには結蘭が立っていて、二人に頭を下げていた。

「なんだ、結蘭?」

碧黎が、自分の背後のことだったので、振り返った。

「おお、主か。」

十六夜は、驚いたような顔をした。

「え、親父、結蘭と面識あるのか?」

碧黎は、頷いた。

「時々に庭で見かける。」

結蘭が、嬉しそうに顔を上げた。

「はい。碧黎様には、最初にこちらへ来て、沈んでおった我に些細なことと元気付けてくださって。その折より、お見掛けする度にお話を。」

碧黎は、少し驚いたように結蘭を見た。

「あれで元気づいたと申すか?我は事実を述べただけであったがの。」

結蘭は、微笑んだ。

「その事実を、なかなかに認識出来なかった我でありましたから。」

十六夜は、じっと二人を見て、ためらった。碧黎はいつもと変わらないが、結蘭は、どう見ても自分達がここに居るのを知っていて来たように思う。思えば、この庭は客間からとても近かった。

「ふーん…。ま、オレには関係ないことだがな。」十六夜は言うと、浮き上がった。「じゃあな、親父。蒼の顔色でも見て来るよ。」

碧黎は、その背に慌てて言った。

「こら、十六夜!維月を迎えに行くのを忘れるでないぞ!」

十六夜は、呆れたような表情で振り返った。

「だから来週だっての。忘れねぇよ!」

十六夜が飛び去るのを眺めている碧黎の横に、結蘭はそっと寄った。

「維月様がお戻りになるのですか?」

碧黎は、頷いた。

「来週にの。早よう参れと再三言うておるのに。」

結蘭は、笑った。

「愛娘であられるのですものね。」

しかし碧黎は、大真面目な顔で言った。

「まあ、世間的にはそうよな。」

結蘭は、え、と言う顔をした。

「御娘ではないのですか?」

碧黎は、眉を寄せた。

「いや、何と言えば良いものかの。まあ、主らには娘というのが一番分かりやすいであろうし、それで良い。」

結蘭は、地と月にしか分からない何かがあるのかしら、と気になった。

「お教え頂きとうございまするわ。」

碧黎は、息をついた。

「説明すると長ごうなる。我らは神とは違うからの。」

結蘭は、それでも食い下がった。

「あの…碧黎様さえよろしければ、時はありまするわ。我にも、地や月を理解出来まするでしょう。」

碧黎は考えるような顔をしたが、頷いた。

「ならば、話すか。ついて参るが良い。」

そうして碧黎は、庭をぶらぶらと歩きながら、結蘭に地や月の命のことについて話して聞かせたのだった。

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