安芸の宮
当日は、大層な迎えが安芸の宮からやって来た。王である安芸は、身分柄迎えには来れないが、筆頭軍神、筆頭重臣がやって来て、玉座に座る知章、そして階段の下に立つ輝章、その横に居る凜に向けて頭を下げた。
「知章様、輝章様。我は安芸様の重臣筆頭の京と申しまする。我が王からの命により、凜様をお迎えに参りました。」
知章が、頷いて答えた。
「ご苦労であるの、京。」と、輝章を見た。「そちらが、弟の輝章。その隣りに居るのが、凜ぞ。」
京は、そちらに視線を向けると、頭を下げた。
「輝章様。我が王からは、凜様が王の御身と我が宮の存続のために、大変にご尽力頂いたのだと聞いておりまする。そのお陰で、我が王は真実を見つけることが出来、此度めでたく許されてご無事にお戻り頂けたのだと。我ら臣下一同、心より御礼申し上げますると共に、この婚姻により両宮の絆が深くなりますること、お喜び申し上げまする。」
輝章は、頷いた。
「凜でお役に立つのなら、我こそ喜ばしいことと思う。」と、凜に手を差し出した。そして凜がその手を取ったのを見てから、言った。「よろしく頼んだぞ。」
京は、再び頭を下げ直した。
「はい。では凜様、こちらへ。輿を準備してございます。」
凜は、頷いて緊張気味に父を見た。輝章は、頷いて歩き出した。
京が先導する中、輝章と凜が歩く後ろから、知章もそれについて歩いて来た。そして、その後ろへ臣下が続き、回廊の両脇には侍女侍従達が勢ぞろいして頭を下げている。凜は、あまりに仰々しい様に面食らっていた。こんなに大変なことなの…?
戸惑いながら歩いて行くと、宮の到着口に着いた。そこには、たくさんの軍神達と細工の細かい美しい輿、そしてその脇には、凜の侍女達五人が頭を下げて待っていた。唯も、そこで頭を下げて立って待っていた。
輝章が、足を止めた。
「では、我はここまで。」輝章は言った。「また、安芸殿に許された時は里帰りなどして参れば良い。月の宮の蒼殿も、主を案じて何かあれば月に申せと言っておいてやれと。主は皆に気遣われて、幸せものであるの。」
凜は、涙を浮かべた。蒼様まで、そのように。
「感謝致しておりまする。お父様にも、病など得ないように。お体をおいといくださいませ。」
輝章は、頷いた。
「我は大丈夫よ。」と、凜の手を放した。「唯も居るしの。案じるでない。」
凜は、唯を見た。
「唯…また、こちらへも顔を見に参ってね。待っておるわ。」
唯は、緊張気味に頭を下げた。凜が、向こうの臣下の方達に変に思われてはいけない。
「はい、お姉様。」
凜は、頷いて輿を振り返った。輿の前には、軍神達が膝を付いて頭を下げている。
その前を足を進めて輿の前に来た凜は、もう一度振り返って、父と妹の顔を見た。人として、一緒に生きて来た数十年。それが、一瞬にして頭の中を過ぎり、涙が出そうになった凜は、慌てて顔を伏せ、そして、輿へと乗り込んで行った。凜の侍女達が知章に頭を下げて、次々にその後を追って輿へと乗り込んで行く。
「ご出発!」
軍神の声が轟く。
輿は、知章の臣下達に見守られて、空へと舞い上がった。
そうして、凜は安芸の元へと飛び立ったのだった。
しばらくは沈んでいた凜も、安芸の元へと向かっているのだと自分を奮い立たせて、気を取り直そうとしていた。すると、それを案じていた侍女の一人が、輿から外を見て、何かに気付いたように言った。
「まあ凜様…このように遠くまで来たのは我も初めてのことでございまするけれど、何と海が広いことでしょうか。あの、あちらにある大きな陸地が、もしや西の島では?」
凜は、そう言われて同じように輿の外を見た。すると、そこには大きな山々が連なる、それは大きな陸地が見えて来た。島というから、もっと小さなものをイメージしていた凜は驚いた。もしかして、西の島というのは、人世で言う四国?
「まあ…では、大きなはずだわ。公青様は、あの地を統治されておる王であられるのね。そして、安芸様はそこの北東の地を治めていらっしゃるはず…。」
凜が、人の世に居た頃の知識をフル動員させて地形を読んでいると、輿の高度が下がって来た。
「宮が見えて参りました。」
外を飛ぶ軍神の声が聴こえる。凜に知らせているようだ。凜は、その北東では一番大きいといわれている宮を、身を乗り出して見た。
それは、人の都市を見下ろすような小高い山の上に、その山に沿うように横に長く建てられた、白い石造りの美しい宮だった。龍の宮や月の宮のような高い建物はなく、鷹の宮のように平屋に近い形で、所々二階建てや三階建てになっているのが見えた。
「まあ…!知章様の宮よりも大きいこと…。」
侍女達が、ため息をつく。確かに、そうだった。安芸は、確かにこちらで力のある神の一人だったのだ。
輿はするすると高度を下げると、宮の端にある到着口へと降りて行った。
安芸は、もうずっと朝から空を見上げて待っていた。
凜と、ひと月も会っていないのだ。あれから、どれほどにこの日を待ちわびていたことか。
凜のことは、宮へ帰ってすぐに臣下に話した。凜が半神であるのを聞いた時、臣下達は眉を寄せたが、自分がそれゆえにこうして咎めなくこちらへ戻れたのだと説得して、妃に迎えることに同意させた。
臣下にしてみれば、攻め滅ぼされて根絶やしにされるぐらいなら、半神の妃を迎えることを認める方が余程良かったのだ。
それでも、半神に対する風当たりがきついことは、安芸は知っていた。侍女などとして生きているには全く問題はないが、妃となると話は別なのだ。跡継ぎを産む可能性のある妃は、人の血など混ざっていてはと、臣下は皆反対するのが常識だった。
それでも…と、安芸は思った。凜ならば、ここで認められてやって行くことが出来るだろう。あれほどに優秀な女なのだ。
安芸が、そう思いながら空を見上げ続けていると、やっと先頭の軍神が見えて来た。安芸は、思わず足を踏み出した。
「来たか…!」
輿は、しずしずと安芸の前に滑り降りた。安芸は、待ちかねてその前へと駆け寄った。
「凜?」
安芸は、手を差し出した。すると、中から美しい手がすっと伸びて来て、その手を取った。
「安芸様。お久しゅうございます。」
安芸は、輿から降り立った凜を見て、目を見張った。安芸が最後に凜を見たのは、まだ箔翔の宮に居た時の侍女の装いのままの姿の時だった。それが、今は美しく着飾らせられ、息を飲むもど美しかったのだ。
「おお…やはり主は皇女であるの。」安芸は、満足げに凜の肩を抱いた。「あの折はここまで気品があるとは思えなかったのに。よう参った…待ちかねたぞ。」
凜は、安芸の顔を見て、ホッとして微笑んだ。
「はい、安芸様。私も、大変に待ち遠しく思うておりました。上空から見て、何と美しい宮かと侍女達と話しておりましたの。」
安芸は、凜の手を引いて歩き出しながら笑った。
「気に入ったか?良かったことよ。案内しようの。主の部屋も全て準備させてある。侍女はこちらの宮から10人準備しておるから、連れて参って侍女と合わせて不足はないか。」
凜は、驚いて安芸を見上げた。
「え、10人も?侍女が15人になってしまいまするわ。私一人にそんなに…あの、何でも大抵は己で出来まするので。」
安芸は、眉を上げた。
「それは主なら何でもできるであろうが、妃の侍女であるから。それぐらい普通であるぞ。龍王妃など25人も専属の侍女が常居るのだと聞いておるし。つまりは休みを考えても、それ以上は侍女を持っておるということぞ。」
凜は、口を押さえた。月の宮では専属が少なかったし、侍女はどこへでも行ってそこの業務を果たしていた。鷹の宮では妃が居なかった。いまいち普通の宮の状況が分からないのだ。
「まあ…。ですが、もしも無駄でありましたなら、他の場所へ振り分けて頂きましてもよろしいですから。私は、本当に己でいくらか出来まするので。」
それを聞いて、安芸は苦笑した。後について歩きながら、京もそれを聞いていたが、目を丸くしている。
安芸は、ため息をついて言った。
「主らしいの。ならば、着物やかんざしなどを作らせようか。侍女を減らすのなら、それぐらいはの。」
凜は、息をついた。
「安芸様…あちらへ、山ほど着物を送ってくださいましたのに。」と、じっと安芸を見上げた。「申し上げておかねばなりませぬ。」
安芸は、びくっとした。あちらで、着物を破ったり汚したりして凜に叱られたのを、思い出したのだ。
凜は、そんな様子には気付かず、立ち止まって言った。
「世の侍女や侍従達が、私のことを何と噂しておるのか知っておりまする。安芸様と婚姻をと策して、取り入ったように思われておるようですわ。ですが、私は安芸様が王であるからと、こちらへ嫁いだのではありませぬ。」
安芸は、ハラハラしながらも、頷いた。
「知っておる。主は我がまだ気もなく囚われの身である時から、我を支えて想うていてくれたよの。」
凜は、頷いた。
「はい。ですので、贅沢をしたいのではありませぬわ。必要な時に必要な分だけで良いのです。もう充分にしていただいておりまするし、今は安芸様のお役に立つようにお仕えしてお返ししたいと思うておるだけですの。私のことは、そのようにお気遣い頂かなくとも良いのです。」
京は、それを聞いて何とはっきりと物を言う女かと驚いていた。これならば、王を助けたと王から聞いていたが、あながち嘘でもないだろう。凜を娶りたいあまり、出まかせを言われておるのかと思っていたが。
安芸は京の気持ちにも気付かず、言った。
「凜、だがせっかくに王の妃になったというに。主は贅沢は良いというのか。」
凜は、何度も頷いた。
「はい。今は大変な時でありましょう。安芸様がご政務をなさる中で、他にお考えにならねばならぬことがあるかと思いまするから。私は、それをお助けして参りたいのですわ。それだけです。」
安芸は、また息をつくと、凜の肩を抱いて、歩き出した。
「 まあ、主の気性は知っておる。贅沢など興味はないわな。しかし我の妃であるのだし、見苦しくない程度には着飾るが良いぞ。」
凜は、頷いた。
「はい、安芸様。これよりは何なりと、お申し付けくださいませ。誠心誠意尽くして参りたいと思いまするわ。」
安芸は、微笑んだ。
「側に居るだけで良い。そして時に、我の相談相手になってもらえればの。鷹の宮に居た時と同じぞ。主なら我を、助けてくれる。」
凜は、頭を下げた。
「はい、安芸様。」
そうして、凜は安芸と共に奥宮へと入ったのだった。




