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神世へ戻る

維心は、兆加より報告を受けていた。そこには維月も居て、じっと黙ってそれを聞いている。兆加は、読み上げていた書状から目を上げた。

「…かような訳でございまして、安芸様に於かれましては知章様の行方知れずでいらした弟君、輝章様の皇女、凜様を娶りたいとのお申し出でございまする。こちらの皇女は、既に月の宮に受け入れられており、そちらで神世を学んでおったのだとか。ですが、どうやら凜様は、輝章様と人の女との間のお子であるらしくて…。」

兆加は、少し言いにくそうに言葉を濁した。

維心は、わざと眉を寄せた。

「また輝章も困った事をしてくれたもの。だが、それを安芸が望むと申すなら、致し方ないの。此度は不問に臥そうぞ。して、輿入れはいつになるのか。」

兆加は、ホッとしたように頷いた。

「はい、ひと月後に知章様の宮よりご出立になられる由。凜様は金髪のそれは美しいかたであられるとか。安芸様には、箔翔様の宮での行儀見習いの際にお目にしたのだと聞いておりまする。そのお美しさは安芸様にも、見過ごせなかったようでありまするな。実は侍女達の間では、安芸様があのように更生されたのは、凜様のためではないかとのもっぱらの噂でありまする。」

それには、維月が笑った。

「だとしたら大変に良い出逢いであったこと。凜殿も皇女でありながら日陰の身になるところであったのに、こうして公になることが出来て。」

維心は、維月に微笑み掛けた。

「ほんになあ。しかし宮からそのような大層な役目を担う皇女を出したのだ。知章には労いと、我からの祝いの品を贈ろうぞ。」

維月は頷いた。

「では、月の宮に縁でありまするし私からも。」

兆加は、笑って頭を下げた。

「は、早速にそのように手配を致します。では、御前失礼を。」

兆加がいそいそと出て行くのを見送って、維月は言った。

「まあそれにしても口さがないこと。もう、侍女達の間ではあのような噂が流れておりまするのね。鷹の宮でのことですのに…それに美しいだけで選んだと思うなんて、安芸様に失礼でございまするわ。」

少し不満そうな維月に、維心は笑った。

「まあそう怒るでない、維月。良いではないか、噂になるということは、それだけの事を成し遂げたということ。これで誰も輝章の事を咎めぬでも何も思わぬ。四方丸く収まったのだから。公青も、早々に奏と子を宮へ受け入れると聞いた。めでたい限りよな。」

維月は、表情を緩めた。

「はい、確かにその通りですわ。奏も公明も、これで幸せになりましょう。公明は最近話始めて、とても愛らしいのですわよ?また共に月の宮へ顔を見に参りませぬか?」

維心は頷いた。

「おお、それは良いの。主の里帰りに共について参るかの。」

それはそれでまた十六夜がうるさいないあとは思ったが、維月は微笑んで頷いたのだった。


輝章は、人世から呼び戻されて、凜と唯を連れて兄の知章と対面していた。それに先立って月の宮で治療を受けて、体調も戻っていた輝章は、神世にあった時と全く同じ姿で、そこに立っていた。知章も臣下達も、久しぶりに見るその姿に、皆涙ぐんでいた。

知章の前に進み出て、輝章は深々と頭を下げた。

「兄上。長らくご無沙汰をしておりました。また我がしでかしたことで、多くのご心労をお掛けしたこと、お詫び申し上げまする。」

知章は、首を振った。

「よう戻った。どれほどに主を案じておったことか。だがしかし、ままならぬのがこの世。此度の事で許されることになり、我も安堵しておる。龍王、龍王妃の双方からの労いと、祝いの品が山ほど参った。我が宮の心象も良うなり、臣下達も喜んでおるところぞ。」

輝章は、また深く頭を下げ直した。

「もったいないお言葉でございまする。」と、後ろでじっと待っている二人を振り返った。「我が娘達の、凜と唯でございます。」

知章は、頷いた。

「月の宮で顔は見ておる。此度嫁ぐことになったのは、そちらの金髪の娘か。」

輝章は、頷いた。

「はい。凜でございます。」

凜は、知章に頭を下げた。知章は、何度も頷いた。

「ようやったの、凜。主の功績で、主の父は許され、我が宮は評判を上げることとなった。安芸殿の宮からも結納の品が参っておる。当日は、あちらから迎えの輿が参るとのこと。並々ならぬ待遇であると、我が宮の侍女達も主をうらやんでおったぞ。」

凜は、ぽっと顔を赤らめた。

「あの…安芸様には大変に細やかにお気遣いを頂いて、私も感謝致しておりまする。」

それしか、言いようはなかった。何しろ、まさかここまで大騒ぎになって、ここまで皆に褒められ、羨まれるとは思わなかったのだ。自分は、ただ、安芸を愛して、それだけなのだ。それなのに、自分がこうなることを望んで安芸に近付いた、手柄のように言われる…。

凜は、それに違和感を感じていた。

そんな凜の気持ちにも気付かず、知章は続けた。

「では、輝章。主が使っていた対がそのままになっておるゆえ、そこに娘の部屋も準備させてある。以前のようにそこを使うが良い。」

輝章は、頭を下げた。

「は、兄上。何から何まで、ありがとうございまする。」

凜と唯も、慌てて頭を下げた。知章も臣下達も、満面の笑みで頷いた。

「ここは主の宮でもあるのではないか。寛ぐが良いぞ。ではの。」

知章は、そこから歩いて出て行った。

凜と唯は、父について、初めて見る宮の、父の対へと歩いて行ったのだった。


鷹の宮や月の宮を見慣れた凜には簡素に見えたが、それでも美しい宮だった。そこの東側に位置する輝章の対は、思っていたより広く、美しい庭に面していた。自分の侍女だと5人ほどの女神達が、笑顔で対してくれる。一方、唯の侍女は二人ほどだった。

「唯には、二人しか居ないの?」

すると、凜の侍女は頷いた。

「急なことで、心利いた侍女が揃えられなかったのですわ。凜様には、我らも西へご同行しまするので、きちんとした数の侍女が付かねばならないと、王がこのように。侍女が揃えば、唯様にもお仕えする侍女が増えるかと。」

凜は、ハッとした。そういえば、唯は置いて行くことになる。自分達は、皇女に戻った…ここが、言わば家なのだ。父もここに居る。嫁に行くのに、妹までその家に連れて行くなど、普通はない。前までは、唯が働けなかったうえ、自分達は孤児扱いだったので、そうしなければと思っていただけだったのだ。

凜は、慌てて唯の部屋へと駆け込んだ。

「唯!私…あなたをここに一人置いて行くことになってしまう。月の宮なら知った神もたくさん居たけれど、ここには父さんしか居ないわ。慣れない宮なのに…。」

唯は、苦笑した。

「いいのよ。ここが私の家になるんだもの。父さんも助かったのだし、私も塞いでいられないわ。今まで、凜ばかりが頑張って来たじゃない。だから、これから私が頑張らないと。凜が頑張ったからこそ、安芸様に出会えたんでしょう。私も、頑張るわ。」

凜は、涙ぐんだ。

「唯…。」

すると、唯はそんな凜を見て、笑った。

「凜ったら、何があっても泣かなかったあなたが。私は大丈夫よ。父さん…いえ、お父様もあなたのお陰で助かったのですもの。私、これから皇女らしく侍女達に教えてもらうつもり。そして、どこかへ嫁げと言われたら、凜のように行くわ。宮のために。」

凜は、それを聞いて慌てて涙を拭うと、首を振った。

「唯、あなたには知っておいて欲しいの。私は、安芸様が王だからとか、権力をお持ちだとか、お父様を助けてもらえるからとか、そんな理由で嫁ぐのではないのよ。あちらにいらした時、安芸様はそれは取り付く島もないぐらい粗野で乱暴な神であらえたわ。それが、ああして民のために必死に学んで変わられた。私は、王としての力を戻していない安芸様を、とても愛していたの。結果として安芸様は許されて、私を娶ってくださることになったけれど…本当に望んでいるから行くのよ。だから、唯も同じように、自分の望む所へお嫁に行ってね。宮のためとか、そんなことではなくて。」

唯は、驚いた顔をした。

「え…でも、王もお父様も、凜は考えて安芸様に苦労して取り入ったのだろうとおっしゃっていたのに。」

凜は、首を振った。

「違うわ。安芸様は始めから、本当に心底私やお父様のことを案じてくれたの。とても素直で心根の優しいかたで…それで、惹かれてしまって。安芸様だって、ただの侍女の私に、よく話し掛けてくださったわ。そんな、打算なんて何もないの。先も見えなくて、安芸様が囚われの身であられた時は、私もとてもつらかったわ。」

唯は、目を丸くしてまじまじと凜を見つめた。凜が…安芸様を本当に想っているというの。

「…まさかと思っていたわ。だって、凜ったら男になんて興味ない風だったし…人の時からずっと。」

今度は、凜が苦笑した。

「確かにそうね。でも、きっと安芸様に出会うのが運命だったから、それ以外は自然つまらなくなっていたのかもしれないわ。今は、本当に早く安芸様にお会いしたい。ただ、それだけなの。」

唯は、そう言って微笑む凜を眩しげに見た。凜は、普段からとても美しいと思って見ていたが、今は輝くばかりに美しく見えたのだ。本当に、凜は安芸様と結婚するんだ。本当に、心の底から愛して…。

唯は、そんな凜がたまらなく羨ましかった。

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