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西へ

凜は、一部始終をじっと放り込まれた厨子の中で見ていた。

安芸と甲斐が奥の間へと入った後、必死に耳を澄ませていると、安芸が甲斐と言い争っているのが分かった。安芸が甲斐に言っていることを断片的に聞いていて、凜は、安芸がしっかりとした考えを崩していないことを知った。そして、それが側で見張りについている軍神達に気付かれないかと、ハラハラしていた。いくら安芸が気を戻していても、一人では出来ることが限られている。凜が見たところ、甲斐と安芸の力は拮抗していた。つまりは、軍神達が加わると、安芸は不利だということなのだ。

安芸に出て来るなと言われたのも、恐らく足手まといになると思ったからだろう。凜は、なので見張りの軍神に見つからないように、ただじっと、安芸を信じて待っていた。

すると、突然に奥の間から気のぶつかり合いが伝わって来て、凜はそれで安芸が戦っている事実を知った。見張りの軍神も、驚いたように奥の間へと駆け込んで行く…凜は、そこで思わず厨子から飛び出した。そして、必死に鷹の筆頭軍神の、佐紀を呼びに宮の中を駆けて行ったのだった。


「佐紀様!」凜は、叫んで筆頭軍神の控え室へと飛び込んだ。「佐紀様!どうか…曲者でございまするわ!」

佐紀は、立ち上がって凜を見た。

「曲者とは、もしや西の?」

凜は、佐紀がそれを知っている事実に驚きながらも、頷いた。

「はい!王が、お倒れになっておって…」

しかし、佐紀はまた、椅子へと座った。

「ならば、王から聞いておる。主は案じるでない。侍女が手を出せることではないからの。」

それでも凜は、佐紀をせっついた。

「でも!安芸様がたったお一人で戦っておられまするのに!」

佐紀は、机の上の書状へと視線を落としていたが、息をついて凜を見た。

「一人ではない。王が居られるであろう。凜、これは侍女が首を突っ込む問題ではない。主は何も知らぬのだ。我は、王から詳細のご説明を受けており、何が起こっておるのか知っておる。」

凜は、食い下がった。

「でも王は!お倒れになられて気を感じられませんでしたのに!」

佐紀は、面倒そうに凜を見ると、立ち上がった。

「では、参ろう。それで主の気が済むならの。だが、王はご無事ぞ。主はもう良い、部屋へ戻っておれ。」

凜は、それでも佐紀について歩きながら言った。

「お一人では危ないですわ。軍神が数人ついておりましたもの!」

佐紀は、もはやそちらを見ないで言った。

「だから大事無いと言うのに!侍女が口を出すでない。おこがましいぞ。」

凜は、ぐっと黙った。でも…本当に危ないのに!

佐紀に無視されながらも、後について箔翔の居間へと歩いていると、奥宮へ続く回廊の中央で、箔翔と安芸、それに甲斐と軍神達が歩いて来るのを見た。

「王!」

凜は、驚いた。確かに、死んでいらしたと思ったのに。

箔翔は、凜を見た。

「おお、凜か。佐紀を呼んだのか?」と、佐紀を見た。「佐紀、龍の宮へ行って参る。」

佐紀は、箔翔に膝をついた。

「は。全て終わったようでございまするね。」

箔翔は、頷いた。

「終わった。我は全て見た。なので、安芸を連れて龍の宮へ参らねばならぬ。」

凜は、まだ訳が分からないと困惑しているような安芸を気遣わしげに見た。

「安芸様…。」

安芸は、ハッとしたように、凜を見た。

「凜。とにかくは、我は龍の宮へ行って参る。もはや大事ないゆえ。安堵しておれば良い。」

凜は、戸惑いながらも頷いた。

「はい、安芸様。お帰りをお待ちしておりまする。」

そうして、先ほどの気の戦いが嘘のように普通にしている甲斐とその軍神達を共に、箔翔と安芸は飛び立って行ったのだった。


凜は、ひたすらに空を見上げて、復活した箔翔の結界の外をうかがっていた。日はもう西へ傾いて、辺りを真っ赤に染めて来ている。もしかしたら、今日中には戻られないのかもしれないと思いながらも、安芸のためにとこの一年余りずっと仕えていた客間で、窓から空を見上げて立っていた。

安芸は、どうなったのだろう。龍の宮で、何が起こっているのだろう。箔翔は、どうして死んだふりなどしていたのだろうか。そして、甲斐というあの神は何をしに来ていたのだろう。安芸は、無事でいるのだろうか…。

考えていると不安で、仕方がなかった。安芸は、凜が神世に来て、初めて愛した神だった。始めは粗野で乱暴な神だったが、それでも素直で芯はとても優しい神だった。今では落ち着いて王としての貫禄も出て、それでも時にいたずらっ子のような事も口にして、凜にはとても魅力的に見えたのだ。

凜が安芸を案ずるあまり涙ぐんでいると、空に二人の人影がさっと過ぎった。それが安芸と箔翔なのだと気を読んで知った凜は、待ちきれずに回廊へと飛び出した。

ご無事で戻られたのだわ…!

凜は、嬉しくて今度はうれし涙を流しながら、必死に出迎えに走った。

すると、前から同じように足早に、甲冑姿の安芸がやって来た。

「安芸様…!」

凜が叫んで駆け寄ると、安芸も駆け寄って来た。

「凜!」と、自分の胸を指した。「気を戻された。我は、西へ帰ることを許されたのだ。全て、我を試すための芝居であったと公青から聞かされた。」

凜は、驚いて口を押さえた。では、箔翔が死んだふりをしていたのも、佐紀があのように言ったのも、全てそういうことだったのだ。

「まあ…では、私は何と早とちりをしてしもうたのでしょう。きっと、煩い女と佐紀様にも思われたに違いありませぬわ。これでは、ますます嫁の貰い手などありませぬわね…。」

凜は、恥ずかしくて赤くなって下を向いた。こんな女が、安芸を慕っていると迫るなんて、安芸もそれは困ったことだろう。

すると、安芸は凜の手を取って言った。

「良いではないか。主はそのままで良い。」凜が顔を上げると、安芸は言った。「凜。我は西の我が宮へと帰る。維心殿の勧めで、こちらの地の皇女を妃に娶るよう、公青に言われて受けて来たばかりぞ。」

凜は、それを聞いて強い衝撃を受けた。では、安芸様は婚姻を。どちらかの、皇女と…。

凜は、安芸から手を放すと、溢れて来る涙を見せまいと、安芸に背を向けた。

「…では、あまりお側に過ごしては変な噂が立ってしまいまするわ。身分も弁えず…申し訳ありませぬ。私は失礼を。」

凜が、急いでそこを離れようとすると、安芸が慌ててその凜の腕を掴んだ。

「何を言うておる。その皇女は、我が選べるのだ。まだ誰か決まってはおらぬ。」

凜は、それでも安芸から体をそむけて横を向いた。

「どちらにしろ、私がこれ以上安芸様にまとわり着くことは許されませぬ。お手をお放しくださいませ。」

安芸は、首を振った。

「何を言うておる。」と、それでも離れようともがく凜の両肩を、安芸はがっつり掴んで自分の方を向けた。「主ぞ!我は主を選ぶ。我の妃として、共に我が宮へ。」

凜は、それを聞いて呆然と安芸を見上げた。何を言っているの?

「そのような…私は、皇女ではありませぬ。」

安芸は、また首を振った。

「主は皇女ぞ。主の父を神世へ戻すのだ。第二皇子の娘である主は、紛れもなく皇女。西の地とこちらの地を結ぶ、重要な役目を持った皇女なのだ。主の父は、それで許される。凜、我が主でなくば娶らぬから。我が主を望むからぞ!」

「あ…。」

凜は、やっとそれを悟って涙を流したまま安芸を茫然と見上げた。私は皇女に戻るのか。そうして、安芸様の宮へ行き、父さんも許されて…。

安芸は、凜の両手を握り、じっとその目を見つめて言った。

「我は、主を望んでおる。何の保障もない我では、主にそれを告げることも出来なんだ。だが、今は違う。凜、我のために死ねると申したの。ならばその命、我にくれぬか。我と生涯を、西の地で。我と共に参れ。」

凜は、また大粒の涙をこぼした。安芸様も、私を望んでくれる…私は、安芸様と一緒に生きて行けるのだ!

「はい!」凜は、安芸の手を握り返しながら、頷いた。「はい、安芸様!元より安芸様と共であるなら、私はどこへでも参りまするわ。安芸様が王でなくとも、私は安芸様と共に生きて参りまする。」

安芸は、ホッとしたように頷くと、凜を抱きしめた。

「凜…主ほど我を思うてくれた女は居らぬ。我も、こんなに愛した女は居らぬ。生涯を共にしようぞ。」

凜は、何度も頷いた。

「はい、安芸様。はい…。」

安芸は、凜に唇を寄せた。凜は、それを黙って受けたのだった。

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