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揺れ動き

翠明は、侍女が呼びに来て維心の居間へと急いでいた。

これまでとは違い、気を使えるので体が軽い。なので、いつもより早く居間へとたどり着いた。

居間の中では、龍王がいつもの位置に座って険しい顔をしていた。翠明が入って来るのを見ると、顔を上げて翠明を見た。

「やはり気が戻っておるようだの。いつもより来るのが速かった。」

翠明は、頷いた。

「そういう主は、気を全く感じぬ…失っておるのか。」

維心は、頷いた。

「昨夜も、同じように。こうなると我も、これまでの主と同じよ。何も感じず、気を気取ることも出来ぬ。なのでここで座っておるしか出来ぬでな。結界だけは、月の宮と同じように地が張ってくれておるから、何とか維持しておるが、心もとないよの。」

翠明は、空を見た。確かに、気取りにくい波動の力の結界が張られているのを感じる。しかし、あれぐらいの力なら、自分でも破れそうだった。翠明は、焦燥感に駆られて言った。

「もっと強い結界は張れぬのか。地であろう。あれでは、我ぐらいの力でも簡単に破ってしまおうぞ。」

維心は、首を振った。

「無理は言えぬ。月の宮の方を守らねばならぬのに、こちらも鷹の宮も、それに白虎の宮まで張ってくれておるのだからの。あちこち分散して結界を張る負担は、我も知っておる。それよりも、主が気を保っておって我は安堵したぞ。とにかくは、あの結界を破って誰かが侵攻して参るようなことがあっても、主が居るゆえ何とかなるの。」

翠明は、険しい顔で言った。

「そのような呑気なことを!維明もダメなのか?維斗は?」

維心は、苦笑して首を振った。

「だから申したではないか。龍族は皆力を失うのだ。あれらも、我と同じ状態ぞ。あれらが残っておるのなら、わざわざ主に無理は言わぬ。」

翠明は、心の中で叫んでいた。ならば、本当に我しか居らぬのか!我に…維心と皇子達を殺させようとするはずぞ…!

「龍王たるものが!我にだけ頼っておってはならぬ!他に方法を考えぬか!悪賢い輩が主を狙って参るぞ!」

維心は、驚いたような顔をした。

「翠明?」

翠明は、くるりと背を向けるとつかつかとそこを出て行った。なぜにこのようなことになる…!このまま、一年を過ごして西へ帰り、公青の審査を受けるのではなかったのか。このようなことは、我は望んでおらぬ。こうなるのなら、一年前であったらよかったのに。我が、全てを知る前にこうなっていたのなら、これほど悩まずとも済んだであろうに!

翠明は、驚くほど誰の気も感じない宮の中を、自分の部屋へと向かって足早に歩いた。なぜに皆、これほどに落ち着いておるのだ。来た当初は、この落ち着きを龍王に守られているゆえのことだと思っていた。だが、今この瞬間には、そんなものがないのだ。それなのに、どうしてそんなに落ち着いていられるのだ。他の宮から来た罪人の王に守られて、それで満足なのか。なぜに皆、それほどに我を信用するのだ。広く世を統べている維心とは思えない。あれほどに我を信じ切ってしもうて。罪人だと言っておったのではなかったのか。

翠明は、警戒されて篭められてでも居たほうが、まだましだと思った。自分には、他の三人の王を売ることも出来ない。しかし、龍王を殺してしまうことも出来ない。間に挟まれて、これほどに悩むことになろうとは…!

自室へとたどり着いた翠明は、椅子へと倒れ込んで、苦悩した。安芸はどうしているのか。既に箔翔を殺す算段をしているのか。あちらには皇子も居らず、それで鷹の王族の血筋は絶たれる。安芸は、早くから変わって来ているのだと聞いた。つまりは、あの安芸が箔翔に取り入ったのが早かったということか。自分には維月が居たので今の心境に至ることが出来たが、安芸には居なかったはずだ。あの粗野で考えなしの安芸が、そんなにすんなりと他の王の考えを聞くとは思えなかった。なので、箔翔を騙すことを考えたとしか、思えない。

この状況を嬉々として受け入れているだろう安芸に、何を言っても無駄だろうことは翠明にも分かった。だが、定佳も穏やかに頼みの綱だった甲斐すら反乱を企てている今、翠明には、安芸しか居なかった。

《安芸。》翠明は、念を飛ばした。《安芸、聴こえるか?》


安芸は、翠明と同じように、自室でじっと座って考えている最中だった。箔翔は、自分を信じ切っている。甲斐の言うように殺すのは、確かに簡単なことだろう。だが、そんなことをしても意味がないことを、安芸はもう知っていた。神を殺し、領地を広げ、そうしてまた他へ侵攻して領地を広げる。それに、何の意味があるのだろうか。そうして獲った領地を、全てきっちりと見て平和に治めることが出来るのかどうか、考えたことが果たして甲斐や定佳にはあるのだろうか。

意地でどうにか出来るほど、皆の上に立つのは簡単なことではない。龍王がそれを成し遂げたのは、全てを凌駕するあの強大な気と、強い精神力、そして全てを見極める目と知識があったからだ。安芸がそれを知ってから、まずは今持つ己の領地のことが気になって仕方がなかった。あれをきっちり治めることが出来ていたとは、今の自分には思えない。帰って、民の現状を報告させ、改善して行くことしか、考えていなかったのだ。

それをどうやって甲斐と定佳に分からせれば良いのかと、安芸は必死に考えていた。翠明には、後で話せば良い。とにかくは自由である甲斐と定佳に、何とか納得させる方法は…。

すると、突然に声がした。

《安芸。安芸、聴こえるか?》

安芸は、久しぶりに聞く声に、思わず立ち上がった。

《翠明か?主、そちらで無事にやっておるか。》

翠明の声は、なぜか切迫していた。

《我は何不自由なくやっておる。それよりも、主は甲斐から連絡があったか。》

安芸は、やはりそのことかと、相手に見えないのに頷いた。

《そういう主は、定佳からか。実はそのことで我も話があるのだ。主には後で良いかと思うておったが、こういう機に申しておく。》

翠明の声は、少し戸惑うように変化した。

《…やはり、主は鷹の王を殺すか。》

安芸は、翠明の声が力ないのを感じて、驚いた。

《主は、もしや維心殿を殺さぬつもりか?》

翠明は、しばらく黙った。その沈黙に、安芸は久しぶりにイライラした。時間がないのだ。翠明だけでも説得せねば、次の変動に間に合わぬ。

だが、急かして反感をかってもと思い、安芸はじっと待った。すると、翠明が思い切ったように言った。

《安芸。我はここへ来て、いろいろと学んだ。》翠明の声は、落ち着いていた。《主にしたら、信じられぬことかもしれぬ。だが、我は龍王も皇子も殺したくはない。そんなことをしても、無意味であることをもう知っておるからだ。》

安芸は、絶句した。翠明が言っているとは、信じられなかったからだ。

《主…》安芸は、やっと念を飛ばした。《もしや、王とはどうするべきなのか悟ったのか。》

翠明の声は、頷いていた。

《そうだ。我は愚かであった。他の宮へ侵攻して、どうなるというのか。領地を広げても、それをきっちり統治するだけの能力が、我にはない。己の領地すら、統治できておるのか疑問ぞ。そもそも前回地が具合を悪くした時も、結局は公青の結界の影に隠れて助けてもらって皆を守るしか、なす術がなかった。そんな我らが、いくら運良く王を弑することに成功しても、その後を収めることなど出来ぬ。そんなことは、誰の幸福にもならぬ。王ならば民の命を幸福にせねばならぬ。今の我には、我が領地の民すらそう出来ておらぬように思う。》

安芸は、それを呆然と聞いていた。では、翠明は本当に悟ったのだ。自分と同じ…恐らく考え方の違いを知り、それを自分の考え方と照らし合わせて、自然と考えが変わって行った…。翠明も、恐らくそうなのだ。

安芸が黙ったので、翠明の声は、必死な色を帯びた。

《安芸、理解出来ぬのは分かる。だが、真実なのだ。分かってくれぬか…我は、主らを殺させたくない。だが、龍王を殺すことも出来ぬ。どうすれば良いのか、分からぬのだ。》

安芸は、翠明も変わっていた衝撃から立ち直ると、言った。

《主もか、翠明。》翠明の気が、ためらったように波打った。安芸は続けた。《我も、そのように。我はどうやって定佳と甲斐を納得させ、行動させぬようにするかと考えあぐねておった。ならば翠明、共に定佳と甲斐を説得しようぞ。急がねば、甲斐は我が動かぬとなるとこちらへ軍を差し向けると言った。ということは、恐らく龍も同じように危ないであろう。》

翠明は、それを聞いて眉を寄せた。ならば、本当に危ない…せめて、自分の軍神達をこちらへ呼び寄せる事が出来たなら。

《…主はどうするのだ。説得する自信はあるのか。》

安芸は、翠明に見えないのを承知で首を振った。

《無理だ。ここへ来てすぐの己を考えてみよ。聞く耳など持たぬ。あれらの考えをどうにかするには、我らと同じように己で悟らねばならぬ。翠明…主は、どこまで龍王に信用がある。》

翠明は、首をかしげた。

《…恐らくは、この宮の守りを任せられるほどには。》

安芸はまた、頷いた。

《ならば龍王に申せ。全てを話して協力させるのだ。何としても、事態を収めねばならぬ。あやつらに、公青を殺る前に、こちらを手伝えと言うのだ。我の策を話す。》

安芸は、翠明に今思い付いた自分の策を話して聞かせた。翠明は、安芸を信じるしかないと思った。そうして世を、太平に保たねば。それが王としての、自分の使命なのだ。

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