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会話

翠明は、龍の宮の王の居間で維心と向かい合いながら、維月という侍女の力を感じていた。

いつも希望を言って、維月が納得したら、すぐにそれは叶えられた。甲冑然り、刀然り、侍女の対応から維明の動きの何某かまで、全てが維月に言って、相手が納得したら、通った。龍の宮という厳しい世界の中で、あのような礼儀にはやや疎いが気が強い女が裏で動いているとは。

それというのも、龍王との面会など、普通すぐには叶えられないものだと、翠明はもう知っていたからだ。

それなのに、今さっき言って、すぐに龍王直々に居間へと呼ばれた。そして、その話を聞くことが出来たのだ。

維心は、最初思ったよりずっと理性的で広く世界を見渡した、大変に博識な頭の良い王だった。僅かな間話しただけであったが、その深さは翠明にはとても追いつけるものではないと思わせた。

維明には納得させられなかった翠明も、維心にはすぐに納得の行く答えをもらえた。維心は、相手に合わせて様々な視点から説明することまで長けていたからだ。

翠明が、恐れるのを通り越してもはや憧憬を感じながら維心を見ていると、維心は言った。

「しかし、僅かの間にようそこまで考えが及んでおることよ。我はまず、己の今までの考えを捨てるべきだと気付くのに半年は掛かろうかと踏んでおった。なので、それまでは主に声を掛けるつもりもなかった。それで維明に任せて放って置いたのよ。それが、ひと月ほどで気付いたようだの。維明からの報告で、我はそう見ておったが。」

翠明は、苦笑した。そうか、最初から対等には見てはもらえなかったか。確かにそうだろうな。

「ひとえに、維心殿が付けてくださった侍女のお陰であるな。あれが折に触れて我に適切な忠告をくれておったから、我も寄り道せずに真っ直ぐに正しい道を学べておるのだと思う。この奥宮と兼任だと申しておったが、あんな女は初めて見申した。」

維心は、片眉を上げた。

「侍女?」

付けたのは、普通の侍女であったはず。それに、この宮に兼任するような侍女は居ない。何しろ、侍女など余るほど居るのだ。

すると、翠明は驚いたような顔をして言った。

「そら、あの気の強い女ぞ。本日我があれに、維心殿と話をしたいと申したら、こうしてすぐに会ってくれたではないか。」

維心は、嫌な予感がした。

「…維月。」

翠明は、ぽんと手を叩いて笑って頷いた。

「そう、維月…」目の前の維心が、急に立ち上がった。翠明はびっくりして維心を見上げた。「維心殿?」

維心は、見るからに怒った様子で奥の扉へ大股に歩いて行った。翠明は、何事かとそれを見送る。

維心は、奥の間に飛び込んで、そこに維月が居ないのを見た。そして、更に奥の維月の部屋へと通じる戸が開いており、その先の、維月の部屋から出る戸が開いたままになっている先に、回廊を駆け抜けて行く維月の後ろ姿が見えた。

「こら維月!逃げても無駄ぞ!全く主は!!」

維心は、それを追いかけて宮の中を飛んで行った。

翠明は、居間でその声を聞きながら、何が起こっているのか全く分からなかった。


一方、箔翔の宮では、安芸が最近では毎夜、箔翔といろいろな宮の事を議論したり、決めたりしていた。安芸はもはや学ぶ事など無いのではないかというほど、幅広い事に通じて的確な判断をした。箔翔も、なるほどと思う事が多く、安芸が居ることで様々な気付きがあった。

そして考え方や知識だけではなく、あれほどに怒りっぽく直情的だった様が、嘘のように無くなって、落ち着いていた。やはり時にムッとした顔をすることはあったが、激しく怒り出すようなことはもう、無かった。そんな安芸に、玖居も誇らしげにさすがは我が王と箔翔を誉めそやすが、箔翔は別に何もしていなかったので、居心地が悪かった。

その日も、安芸は箔翔と明日の政務のいろいろを話して、帰って行っていた。箔翔は、恐らく凜がいろいろと助言して、そのためだろうと、凜を誇らしき思った。あのような女は他に居まい。また話したいもの…。

箔翔は、いつも仕事が終わると庭に出ていた凜を思い出し、ふらりと夜の庭へと足を踏み出した。


凜は、夜の庭を、もういつからになるだろう、最近ではずっとそうするように、安芸と共に歩いていた。安芸は、最初に会った時とは格段に変わった雰囲気になっていた。とても紳士的で、王の威厳に溢れ、押さえられて失ってしまっている気など関係なく、その様はやはり王だった。安芸は、決して自分に手を出そうとはしないが、それでも凜の肩を抱き、寄り添って歩いた。その落ち着いた様子には、始めに腕を乱暴に掴んだ粗野な雰囲気は、欠片も無かった。凜は、元より人として育ったので、気や地位などではなく、安芸自身を見ていた。そして、そのただの神としての安芸に、惹かれている自分に気付いていた。

安芸は、いつものように凜の肩を抱き、月を見上げて言った。

「…主の王は、いつ主を戻すのかの。」安芸は、伸びた黒髪の下の、黒いような、紺色にも見える瞳をじっと月に向けていた。「願わくば、我が戻るまではここに留めて欲しいもの。」

凜は、それを聞いて下を向いた。戻るまで…そう、後数ヵ月で安芸は戻ってしまう。西の島の…蒼すらあまり行かない地の王として。

「…それが喜ばしい事であるのに、戻られると聞くのはつらいですわ。」

安芸は、驚いたような顔をした。

「…凜?」

凜は、顔を上げた。言ってしまっては二度とこうして過ごせぬと、黙っていたがもう限界だった。

「安芸様には、何気なくこのように共に居てくださるのは分かっております。でも、私にとってはかけ換えのない時間なのですわ。安芸様を、お慕いしておりまする。」

安芸は、戸惑ったような顔をした。

「我はこのように気も使えぬ人のような様であるのに。何の力もない。罪人と言われておるのだぞ?」

凜は、激しく首を振った。

「それが何でありましょう。私は、地位や気の大小などではない、安芸様自身をお慕いしておるのですわ。そのお心を…想わずにはいられませんでした。」

安芸は、凜の肩から手を放し、黙って横を向いた。気を失っているとはいえ、王なのだ。侍女などに懸想されて、困っているのだろう。覚悟していた事だったが、凜は苦しくて下を向いた。

安芸は、しばらく黙ってから言った。

「…我は…生きられぬやもしれぬ。」安芸は、絞り出すように言った。「生きても気を失ったまま、無様に命だけを長らえるよう捨て置かれるのやもしれぬ。そんな我などに、懸想しても主は幸福にはなれるまい。父のことを案じておるのなら、我ではならぬ。仮に戻ったとして、我は公青か箔翔殿に主の身を頼むつもりでおった。さすれば、主は大きな宮の妃に収まり、跡取りを生む妃になりうる。父の罪も、それで許されるであろう。」

凛は、首を振った。

「父の身のことは、私も考えておりまする。未だ答えは出ませぬが、それでも我が王も月すら考えてくれておるのですわ。私の気持ちは…」

「答えは」安芸は、凛を見た。「出ておる。凛、主は罪などない大きな宮の王へと嫁ぎ、父を助け、己は何不自由なく暮らすのだ。我ではならぬ。最初に申しておったではないか…妹をも面倒を見れる男でなければと。我は、気すらない。これからも、戻るか分からぬ。妹どころか主さえ守り切ることは出来ぬ。この神世は、力社会なのだ。もっと力の強い男に嫁ぐが良い。」

安芸は、そう言い置くとくるりと踵を返し、その場を離れて行った。凛は、分かっていたが、溢れる涙をぬぐうのも忘れて、そこへ膝をついた。それでも、愛してしまったのだもの…。安芸様以外に嫁ぐことなど、出来ない。知る前ならばきっと、簡単にどこへでも嫁いだだろう。だが、今はもう無理なのだ。

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