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成長

箔翔は、この数ヶ月自分にぴったりくっついて、政務から軍務から話す言葉の一言一句を聞き逃さない勢いの安芸に、困っていた。安芸が納得出来ないことがあると、その時は黙っているのに後でしつこいほど理由を聞いて来る。そして、納得するまで相手をさせられた。そうして、変に悟ったような顔をしては、「そんな考え方もあるのか」と、言って考え込む。

確かに、安芸との議論は箔翔にも興味深かった。いちいちうるさいと思うこともあるが、それでも結構考えてびっくりするような方向から見ていることがある安芸に、感心することも一度や二度ではなかった。

訓練場でも、何度か安芸の相手をした。

安芸は全く気が使えないので、飛ぶことももちろん出来ない。なので、もっぱら地上で走り回って行なうのだが、見たことがない方向から来ることも、たびたびあった。あまり交流の無かった地の神の王なのだから、独自に育った剣技もあるのだろう。それがまた新鮮で、箔翔も面倒だったのが最近では楽しいと思う事もあった。

だが、あれは預かり物の罪人なのだ。

箔翔は、自分に言い聞かせていた。対等に接して、付け上がらせてはいけない。あれは、気性の荒い王であって、後先考えずに公青の宮を攻めた考えなしの王であって…。

だがしかし、最近の安芸は激昂することがついぞ無かった。暴れて手が付けられないと聞いていたのに、こちらでは落ち着いている。たまに腹が立ったのか赤い顔をしていることがあったが、それでもぐっと口をつぐんで、罵倒することなどなかった。

成長しているのか、と思うと、箔翔は急に安芸が羨ましくなった。自分こそが成長せねばならぬものを。

すると、侍女の声が言った。

「王。安芸様がお目通りをと。」

箔翔は、安芸のことを考えている最中だったので、見透かされたような気がして落ち着かなかった。しかし、言った。

「通せ。」

すると、居間の戸が開き、安芸が入って来た。また訓練場へ行っていたらしく、甲冑姿のままだった。

「箔翔。主が来ぬから、軍神達に相手をしてもらって来た。なぜに本日は来なんだのだ。」

箔翔は、顔をしかめた。

「謁見が入っておった。主も王なら分かるであろうが。したいことだけしておるわけには行かぬのだ。」

安芸は、ふーんと箔翔の前の椅子にどっかりと座った。

「我は、訓練場へ行きたければ行っておった。謁見など待たせるなり、日を改めるなり出来るから。」

箔翔は、呆れたように安芸を見た。

「それでは王の権威を振り回しておるだけではないか。宮が滞りなく回るように考えるのも王の役目ではないのか。したいことだけしておったら、政務が溜まってしまうわ。」

すると、安芸は肩をすくめた。

「ま、考えておく。しかし我が宮はここほど政務が多くないからの。下々の宮が我が宮へ陳情に来て、それを我が公青の宮へ陳情するという図式であって、我だけで聞いてやれることなどたかが知れておったから。謁見をして面倒を請け負うのも嫌で、自然足も遠のいておった。」

箔翔は、西の島ではここの王より権限がないのかもしれない、と思っていた。公青が全てを取り仕切っていて、維心ほど放任ではないのだ。維心はそれぞれの王の権威はそのままに、管理しているといった感じなのだが、あちらは支配しているといった感じのようだった。

「…聞いておると、そちらの様が段々に見えて来るような。こちらとは、また違うのだな。」

安芸は、大真面目に頷いた。

「その通りよ。我はこちらでいろいろ見ておって驚いた。宮の大小構わず皆王は王としてある程度優遇されるよの。あちらはあまり。公青が絶対の王で、我らは王でも公青が許さねばあまり大きなことは出来ぬのだ。龍王はあれほどの力を持っておるのに、内政にはあまり口出しせぬようだからの。我らの所では、宮の人事にまで許しが要ったぞ。」

箔翔は、仰天して安芸をまじまじと見つめた。人事にまで?

「それは、王が己の宮の筆頭重臣やら筆頭軍神やらを決められぬのか。」

安芸は、首をかしげた。

「いや、一応我が決めるが、最終公青の良いという許可がなければならなんだ。まあ、否と言われたことはないが、それでも良い気はせぬわな。」

箔翔は、それではいけないと思うのに、安芸や翠明の気持ちがなんとなく分かった。王でありながら、王でないような。解放されたいと、常思うかもしれない。

「…複雑な心持ちぞ。」

箔翔が言うと、安芸は少し目を丸くしたが、笑った。

「複雑とな?主、己でも隙があれば侵攻したとか思うたのではないのか。」

箔翔は、慌てて首を振った。

「ないわ!主と同じにするでないわ!」

安芸は、はっはっと豪快に笑った。

「まあ良いわ。では、我は戻る。」と、立ち上がって袖の所に出来た穴を見て、スッと表情を曇らせた。立ち合いで相手の刀が当たったような切れ方だ。「…これのせいでまたアレがうるそう申すかと思うと、戻るのも気が重かったのだが、今ので少し気が晴れたし。」

箔翔は、戸口へと歩き出す安芸に言った。

「アレ?アレとは何だ。」

安芸が、恨めしそうに箔翔を見た。

「アレぞ。主が付けたのではないのか、あんな変わった女を侍女に。それとも、我にはあんな感じでなければ務まらぬとか、そんな感じに思うたのか?」

箔翔は、あ、と思い出した。凜か。

「主、凜が気に入らぬのか。」

安芸は、ふんと横を向いた。

「気に入らぬも何も、罪人が付けられた侍女の文句など言えぬ。だがあえて言うと、妃にはしとうない性質ぞ。」

箔翔は、苦笑した。確かに普通の神はそう考えるやもの。

「あれは長く人世に居ったから。最近までは人だと思うて暮らしておった。大目に見てやるが良い。当たるでないぞ?」

安芸は、ぶんぶんと首を振った。

「当たるだと?そんなことをしたら、どのようなことを言われるか分かったもんではないわ!何でもかんでもさくさくと我の心に刺さるようなことを言いおって。いちいち正論であるから、我は言い返せぬのだからの!」

今度は箔翔が、声を立てて笑った。

「案じておったが主にはあれぐらいがいいらしい。主のような王にも、怖いものぐらいないとの。」

安芸は、ふんと横を向いて歩き出した。

「うるさいわ。戻る。」

そうして、安芸は不機嫌に出て行った。箔翔は、凜が安芸を案外上手く扱っているのだと、安堵したのだった。


箔翔が笑っていたのに腹を立てていた安芸だったが、部屋に帰り着く頃には、凛の顔がちらついて、少し元気が無くなっていた。しかし、これではならぬと思いきって戸を開くと、その気配を察した凛が、通用口から入って来て頭を下げた。

「おかえりなさいませ。お着替えを?」

安芸は、緊張気味に頷いた。

「ああ。」

凛は、いつものように甲冑の紐を解いて、脱がしに掛かる。穴にいつ気付くかと安芸が緊張したままじっと立っていると、凜は、ふと言った。

「あら?ここに…。」

安芸は、びくっとした。やはり見つかったか。

「その、避けたのだが。本日は、佐紀という筆頭軍神が相手であって、あやつは我と立ち合って追い詰められて、思わず気を使いおって。それで…」

安芸が必死に言い訳していると、凜は言った。

「お怪我は?」

安芸はぶんぶんと首を振った。

「無い。我が怪我など。」

凜は、頷いた。

「左様でございまするか。ならば良かったこと。」

そう言うと、さっさとその着物を置くと、新しい部屋着の着物を安芸に着せ掛けた。安芸は、拍子抜けして思わず凜を見た。いつもと、様子が違う。

「凜?どうしたのだ、常なら…」

そこで、安芸は止まった。凜が、目を真っ赤にしていたからだ。

「何があった。」安芸は、凜の肩を掴んで言った。「何を泣いておるのだ。」

凜は、ハッとして下を向いた。

「申し訳ありませぬ。何も…」

安芸は、険しい顔をして首を振った。

「そんなはずはあるまい。伊達にこのひと月主に世話されて来た訳ではないぞ。申せ。」

凜は、堪え切れぬように涙をこぼした。

「言うてもどうにもならぬことでございます。私事でありまするから。」

安芸は、また首を振った。

「良いから申せ。言うだけでも楽になると、主が言うて我には何でも聞くのではないのか。さあ。」

凜は、迷っていたようだったが、堰を切ったように言った。

「父が」凜は、安芸を見上げてどんどんと涙を溢れさせた。「父の容態が悪うなったと。先ほど月の十六夜が知らせて参りましたの。」

安芸は、凜の父が気を消耗する病に罹っているのだと言っていたのを思い出した。発症したのが一年ほど前だとすると、確かに早ければそろそろ症状が悪くなって来てもおかしくはない…。

「…なぜに月は、それを見ておるのに主の父を治療しようとはせぬのだ。知らせるだけなど。」

凜は、安芸を見た。

「私は半神であると申しましたでしょう。父が神なら、母が人。なので父を治療することが出来ぬのです。」

安芸は、訳が分からず戸惑った目で凜を見た。

「なぜに?」

凜は、ハッとした。もしかして、あちらは公青様の統治下だから、こちらとは違うのでは。

「あの、龍王様は、男神が人の女を娶ることを禁じておりまする。人は、神の子を生めば死ぬので。なので、父はこちらの世では罪人なのです。父は最初から死ぬつもりで私達をこちらへ戻したのですが、私はどうにかして治してもらえぬものかと…でも、無理でした。龍王様に逆らった神を戻しては、その属する宮までお咎めを受ける。なので、どうにも出来ぬままこうして…。皆、何か策はないかと、龍王様でさえ考えてくださったものを。無罪放免などしたら、神世に示しがつかず、乱れる元になるのでございます。」

安芸は、それを聞いて愕然とした。確かに、龍王の統治はそうだ。王の権利は残しているが、龍王に逆らうことは死を意味すると知らしめて統治している。非情の王だといわれているのも、この太平を守るためなのだ。例外など作ってしまったら、それは法ではなくなってしまう…。

安芸は、こちらで箔翔について学び、もうそれを知っていたのだ。

「宮までと。主の父は、いったい何者ぞ。王か?」

凜は、首を振った。

「王は、父の兄。父は、第二皇子でございまする。」

ならば、凜は皇女なのだ。

安芸は、その理不尽さに腹が立った。世が世なら、凜は何不自由なく宮で暮らしていただろう。それが、父の罪を背負い、こうして孤児として侍女などに身を落とし、他の宮に行儀見習いなどしに来て、罪人の世話などさせられているのだ。妹のことまで、その肩に背負って…。

「…すまぬ。」安芸は、自分まで涙ぐんで、凜を見つめた。「今の我には何の力もない。気も奪われた、ただの罪人ぞ。主の物思いすら、どうすることも…。」

凜は、安芸の目にみるみる溜まる涙を見て、安芸が本当に素直で直情的なのだと知った。安芸は、短気なだけではない。素直なのだ。そして、とても優しい心も持っている。たかが侍女のために、こうして悲しむことまで出来る王だなんて。

「安芸様…」凜は、安芸の涙に触れた。「良いのですわ。覚悟しておったことなのです。それなのに、このように取り乱してご心配をお掛けしてしまって。本当に、私ったら柄にもないことですわね。申し訳ございませぬ。」

安芸は、微笑む凜の頬の涙を、自分の着物の袖で拭った。

「案ずるでない。」安芸は、何かを覚悟したような顔をした。「我が手立てを考える。元より我は、こちらの神ではない。主の父には、どうしても我が気を取り戻すまで待ってもらわねば。」

凜は、驚いた顔をした。

「え…どうなさるおつもりですか?」

安芸は、じっと凜を見た。

「西では、主の父は罪人ではない。我は公青に言うて今、我の審査をさせる。そうして一刻も早く気を取り戻し、主の父を我が宮へ。症状が末期にまで至っておらねば、我が宮でも治療は出来る。」

凜は、慌てて首を振った。

「そのようなご迷惑はお掛け出来ませぬ。安芸様、せっかくにゆっくりと学ばれておる最中でございまするのに!まだご無理ですわ、公青様がご納得するのがどのようなことなのか、分かっておりませぬのに!」

安芸は、首を振った。

「良い。大丈夫ぞ。主には恩がある。我は恩知らずではないからの。」と、踵を返した。「箔翔に会うて来る。あれに言わねば、公青に連絡出来ぬからの。」

凜は、必死に止めた。

「安芸様!なりませぬ!」

しかし、安芸はそこを飛び出して行った。


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