対立
玖伊が、膝をついて箔翔に報告している。箔翔は、居間の椅子に座って、憮然として聞いていた。
「…そのような訳で、明日にでも龍軍の軍神に付き添われて、安芸様はこちらへいらっしゃるとのことでございます。」
箔翔は、書状を受け取った時から、気に食わなかった。維心の所には翠明が行くという。そしてその他、軍神達2万も維心の元に管理されることになる。炎嘉に2万、志心に2万、月の宮など4万だ。それなのに、自分の所には安芸たった一人。つまりは、安芸ぐらいなら何とかできるだろうと言われたようなものなのだ。
箔翔は、ふんと鼻を鳴らした。
「王といっても、気を戻した所で佐紀ほどあるかないかの力ぞ。まして十六夜に力を抑えられて、気を使えぬような神。そんなものの一人ぐらい、来ても我が相手するほどでもない。」
それでも、玖伊は言った。
「確かに罪人であるからこそ、そのような沙汰が下ったのではありまするが、公青様は学びが足りぬゆえの過ちと、このように寛大なご判断をなさったのでございます。こちらでは、安芸様を真っ当な方向へ導く責がございまする。これは、大変に大きな責務でありまする。結果次第では、宮の臣下共々、公青様に滅しられてしまうのでございまするから。これは、たくさんの罪も無い命をも背負った事でございます。」
箔翔は、玖伊を睨んだ。
「ならば主が何なり導いてやれば良いではないか。我は未熟者であるからの。うまくやれるとも思わぬし。」
皮肉めいた言葉に、玖伊は下を向いた。
「王…しかしながら此度のこと、うまくやり遂げることは、王がしっかりとしたご判断と、王としての力をお持ちであると、他の王の方々に知らしめることになりましょう。ここでうまくやり遂げられねば、龍王様と比べられてますます他の宮との溝を開けてしまいまする。どうか、王ご自身がもっと前向きに安芸様に向かって頂けるよう、お願い申し上げまする。」
玖伊は、深々と頭を下げる。確かに、玖伊の言う通りだった。そんなことも出来ぬのかと、また維心に呆れた顔をされるのは、箔翔も嫌だった。だが、歳は同じぐらいだと聞く。なんでも短気で気性が荒く、あまり考えは深くないらしい。そんなヤツを、どうやって説き伏せると言うのだ。まず、相手が自分の話など聞く耳を持つまいに。
「…主の言うことは分かった。」箔翔は、ため息をついて言った。「とにかくは目通りはしようぞ。取り付く島もなければ、我は放って置くつもりぞ。本来ならとっくに滅しられている宮なのだ。我は同情などせぬ。」
箔翔はそう言い捨てると、さっさと奥へと引っ込んでしまった。
「王!」
玖伊は食い下がったが、箔翔は返事もせずに、出て来ることもなかった。玖伊は、前途多難だと頭を抱えたのだった。
公青は、翠明と安芸を、宮の横にある大訓練場へと連れて来させていた。その訓練場には、10万の軍神達も押し込められていて、大変な状態になっていた。しかし、軍神達にはもはや力も無く、一人一人、終わりを予感した表情で居た。
10万とは言って、実際に翠明と安芸の宮の軍神は、この中に3万ずつぐらいだった。他は二人の宮に殉じる小さな宮の、王達とその軍神、つまりは、たくさんの宮の軍神の集合体なのだ。
そんな軍神達が取り巻く前に、翠明と安芸が引っ立てられて来た。それを見た全ての軍神は、これからこの二人が、公青に罰しられるのを悟った。
当の二人もそれを悟っているらしく、今は安芸すらも、誰に引きずられることもなく、真っ直ぐに前を見て歩いて来る。ここまで来ればもはや、どう抗っても事態は変わらないからだ。
しんと静まり返った中、公青は、二人の前に出て言った。
「…覚悟は出来ておるの。」
翠明が、公青を真っ直ぐに見て、言った。
「とうの昔にの。長く拘留しよって。」
公青は、頷いた。そして、安芸を見た。
「主はどうか?」
安芸も、鋭い視線で公青を見返した。
「元より覚悟の上。我が宮が気がかりなだけぞ。」
公青は、また頷いた。そして、言った。
「まだ子供。戦がどんなものであるかも知らぬ。宮の事など、今思い返すのではないわ。常思うておらねばならぬ。己の行動一つで全てが決まるのだぞ、安芸。己の権力欲だけに踊らされて、一族を危険に晒すなど王として失格ぞ。」
安芸は、睨んではいるが、黙って聞いていた。それは、恐らく身に染みて分かっているのだろう。この長い拘留の間に、ただじっと考え込んでいたのは、知っていた。
公青は、息をついた。
「まあ、我は主らの父王も知っておるから。あれらは賢かったわ。主らのこと、重々頼むと言われておったのに、はねっかえりの主らを放って置いたことも事実。そこは我の責よな。」と、手を上げた。「で、沙汰であるが、月の宮の王を招いておっての。」
そこに居る全ての者にとって、意外なことだったらしい。軍神達は息を飲み、翠明と安芸は顔を上げた。
「月?主と立ち合うのではないのか。」
翠明が言うのに、公青は答えずに、後ろを振り返った。
すると、後ろの戸が開き、黒髪に鳶色の瞳の、背の高い男が歩いて来た。その男の気は、穏やかで心地よいとさえ思うものだったが、それでもその気の大きさは皆が警戒するのに十分なものだった。
「月の宮の王、蒼ぞ。」と、蒼を見た。「蒼。わざわざすまぬの。」
蒼は、頷いた。
「まあ良いわ。早よう奏を引き取ってもらわねばならぬし、これを終結させたいしの。で、これが翠明と、安芸か。」
公青は、頷いた。
「こっちの茶髪が翠明、黒髪が安芸。軍神達は観覧席に押し込んである分が全てそうぞ。では、頼んだぞ。」
蒼が頷いて手を上げると、翠明が慌てたように言った。
「約したではないか!なぜに己で罰しずに他人任せにするのだ!」
蒼が、眉を上げて公青を見る。公青は、翠明を見て言った。
「我では無理であるから、他の宮の王に頼むのだ。主らは、我の言うことは聞かぬではないか。ならば、己で経験して学ぶよりないからの。」
翠明は、叫んだ。
「どういうことだ!」
すると、空から声がした。
《面倒なやつだな、全く。オレだってお前達なんか放って置きたいが、公青が頼むから仕方なく引き受けるんじゃねぇか。ちょっと黙ってろ。》
翠明と安芸が、突然に聴こえたその声に仰天して身を退くと、蒼が空を見上げて言った。
「陽の月の十六夜だ。皆見ているからな。」と、空に向かって続けた。「十六夜、じゃあ直接頼むよ。一度にやってしまった方が良さそうだ。」
十六夜の声は、面倒そうに言った。
《少しは手伝え。軍神は引き受ける。》
蒼は、一度は降ろした手をまた上げた。
「分かったよ。」
すると、空から眩しい光が一気に降りて来た。突然のことに顔を庇ってうずくまるが、体に何かがのしかかったようで、ずっしりと重い。一瞬のちに目を開いた時には、その光はもう、消えていた。
「…終わったか?」
公青が言うと、蒼は頷いた。
「ああ。では後は十六夜が監視するからな。また呼んでくれ。」
公青は、頷いた。
「すまぬの。」
翠明と安芸は、重い体を持ち上げるように立ち上がった。
「どういうことだ?!何をした!」
安芸が、公青に食って掛かる。公青は、ちらと安芸を見た。
「分からぬか?主は今、ただの人よ。気は使えぬ。月は神の気を奪ってしまうことが出来るのだ。我も一度やられたことがあっての。滅多なことでこのようなことはせぬが、此度は引き受けてくれたのだ。」
二人は、一斉に己の手を見た。気が立ち上らない。念も聴こえぬ…何も、この身ひとつしか、ない。
「なぜにこのようなことを!簡単に消すためか!」
翠明の叫びに、公青は呆れたように首を振った。
「消すならあのまま気をひと放ちすれば済むことよ。我にはその力ある。主は知っておろうが。」
翠明は、ぐっと黙った。安芸が横から叫んだ。
「どうするつもりだ!人などに落として、命だけを長く、無様に生きよということか!」
それを聞いた翠明が、顔色を変えた。まさか…長期に渡って嬲り殺すつもりで?
「それも良いかのう。」公青は言った。しかし、それにも首を振った。「主らのことは父王に頼まれておると言うたであろうが。殺すなら、我の手で直接送ってやるわ。宮ごと全てな。あちらで父王に、己の一族を滅亡させた申し開きをするのだの。だが、それは後の事ぞ。」
翠明は、戸惑うように公青を見上げた。
「ならば…いったい、どうするつもりぞ。」
いくらか落ち着いて来たようだ。公青は、姿勢を正して二人を睨み付けた。
「では、沙汰を申し渡す。」二人は、自ずと背筋を伸ばした。公青は、続けた。「我が宮へ侵攻して参って捕らえられた全ての王と軍神は、月に気を奪われたまま東の地へ赴き、そちらで己がどれほどに愚かであったのか学んで来ることを命じる。期間は、一年。然る後に再びこちらへ戻り、その考えが改まっておらぬのなら処刑し、宮ごと滅する。改まっておるのなら、再び王座へ戻り、軍神達は元の宮へ戻ることを許す。」
翠明と安芸は、呆然と公青を見た。どういうことだ…無かったことになると?
「気は…気も戻されて?」
公青は、肩の力を抜いた。
「当然であろうが。王であるしな。」だが、次の瞬間、その視線は鋭くなった。「二度は無いがの。次は悲鳴を上げる暇もないほど迅速に、女子供に至るまで全て根絶やしにしてくれようぞ。」
翠明と安芸は、黙った。しかし、その視線に未だ変わることのない自分への反発心を見た公青は、ふんと踵を返した。
「我は甘いからの。だが、あちらはそうではないぞ。この我が簡単には認められなんだ世界。主らも、まあ良い体験になるだろうて。精々頑張るが良いわ。」
すると、それに伴って龍軍の軍神達が、わらわらと降りて来た。気の拘束も解けている二人は、慌てて避けようとしたが、飛ぶことも出来なくなっている自分に気付き、その場で数メートル移動しただけだった。簡単に運ばれる己を感じながら、どこへ連れて行かれるのかも分からぬままに、翠明と安芸は、生まれた時から過ごした西の島を後にした。
遠く、自分の宮が見えるような気がしたが、今の自分にはそんなものは気取ることすら出来なかった。




