催し
結局は維明に遊ばれたような形で、立ち合いは終わった。箔翔はしかし、清々しいような表情で笑った。
「ああ、やはり主は最強の龍王の皇子よな。簡単には勝たせてくれぬ。しかしそれがまた、目指すものを我に与えて高揚させるわ。まだまだ我も成長出来るぞ。」
維明も、同じように笑った。
「それはそうよ。我はまだ父上に勝てた試しもないゆえ、まだまだ精進するつもりであるし、主にはもっと手応えある神になってもらわねばの。それにしても、僅かな間にようここまで。ここにはもう、主に敵う軍神は居るまい?どうやって技術を磨いたのだ。」
箔翔は、また笑った。
「気になるか?己でもいろいろと試してみたが、限りがあっての。会合の折りなどに、炎嘉殿に頼んでいくらか見てもろうたのだ。そこそこやれるかと思うたが、やはり主には敵わなんだ。」
維明は、やっと合点が行った。そうか、炎嘉ならば…。
「炎嘉殿ならば指南もかなり上手いゆえ、主のその上達ぶりも分かる。そうか…我も父上にまた立ち合うてもらえるよう頼まねばならぬの。最近は、軍神達の相手ばかりしておったから…。」
しかし、滅多に訓練場になど来ないのが、維心だった。なので、恐らく当分は無理だろうと維明は思っていた。箔翔は、苦笑した。
「主にはもう敵わぬと、炎嘉殿は言うておったぞ?それ以上腕前を上げてどうする。急ぐことはないではないか。今しばらくそのままで我を待て。父王などと鍛錬さたら、主がもっと最強に近付いてしまう。」
維明は、呆れたように微笑んだ。
「困ったやつよ。我とて一度ぐらい、父に勝ってみたいと思うもの。早よう追いついて参れ。」
すると、そこへ鷹の宮重臣筆頭の玖伊が来て、膝を付いた。
「王。ただ今月の宮より書状が参りました。」
蒼か。
維明が思っていると、箔翔は眉を上げた。
「なんとの。珍しい。あれは向こうから滅多に何某か言うて来ることはないのに。」
箔翔は玖伊に歩み寄ると、捧げ持つ厨子から書状を受け取り、中を確認した。そして、維明を見た。
「主は、行くのか?」
維明は、眉を寄せた。
「なんだって?」
箔翔は、書状を振った。
「だから、月の宮の月見の宴ぞ。ここ数十年は内々だけでしておったようだが、今年は外からも客を招いて行なうらしい。知らぬのか?」
維明は、首を振った。
「聞いておらぬな。恐らくそういうことなら、父上が母上をお連れになるゆえ、我は宮で父上の代行をせねばならぬのだ。なので、行くことはないであろうの。」
箔翔は、ふーっと息をついた。
「そうか…我も、どうするかの…。」
すると、玖伊が言った。
「王、行って来られた方が良いかと。他の宮とももっと交流をなさって、父王が箔翔様の代に托された開かれた宮を目指すべきではありませぬか?」
箔翔は、ちらと玖伊を見たが、手を振った。
「しばし考える。下がれ。」
玖伊は、まだ何か言いたそうだったが、頭を下げて出て行った。箔翔と並んで訓練場を出ながら、維明は不思議そうに訪ねた。
「なんぞ、暇なのではないのか。我が行かぬと、行けぬような事情でもあるのか。」
箔翔は、維明を見た。
「別に子供ではあるまいに、主が居らずともどこへでも行けるがの、此度は来賓の中に公青の名があるのだ。」
維明は、ハッとした。そういえば、公青はよく思いつきのように単身蒼に会いに行くのだという。最近では、そんなに簡単に来るので、蒼も気安くなって、公青のこともよく知ることになっているのだと言っていた。月見の宴に、公青を呼ばぬはずはないのだ。
「…主の妃のことか。」
箔翔は歩きながら面倒そうに頷いた。
「何某か言われるであろうの。あれの様子などを聞かれでもしたら、顔も見ておらぬのだし答えようもないわ。どうしたものかの…だが気晴らしはしたいしのう。」
維明は、横を歩きながら言った。
「ならば久しぶりに顔を見て参ったら良いではないか。さすれば話題にも困るまい。主が何と言おうと、あれは主の妃であろう。」
箔翔は少し睨むような目をして維明を見たが、ため息をついて頷いた。
「ま、考えておく。だが、行かぬかもの。」
維明は、首をかしげた。
「月の宮へ?それとも、妃の部屋か?」
箔翔は、背を向けた。
「両方ぞ。」
そうして、先に立って歩いて行く。
維明は、思ったより深刻だとその背を見て歩きながら思っていた。
蒼は、月見の宴の準備に慌しい宮の中で、落ち着かない気持ちでいた。
財政問題が浮上してからこのかた、月の宴は内々でしか催して来なかった。だが、最近の月の宮ではずっと育てていた職人達が育ち、龍の宮ほどの規模ではないものの、大変に豊かになっていた。それなりの蓄えも出来た月の宮では、龍の宮に倣って大々的に行なう催しを、もっと増やした方がいいとということに、臣下達との会合で決まったのだ。
龍の宮では龍王が唯一姿を見せる七夕が外せないように、月の宮では月見の宴は外せない催しだった。なのでどうせならと、この宴で皆を招いて、主要な催しにして行こうということになったのだ。
ただ、最初から全ての宮にこの月の宮を解放してしまうと、大変なことになってしまう。なので、格が上の宮に絞って今回は始めることにした。それでも、準備の大変さは並ではなくて、龍の宮から応援を頼んでいる始末だった。
「別によう、十五夜なんて人が決めたことなんだから。」十六夜が、疲れた蒼の顔を見て言った。「いつでも良かったんじゃねぇのか。来月の満月の日にでもすりゃあよ。」
蒼は、ちらと十六夜を見た。
「でもさ、人が古来、神を祭って社の前で月をめでながら舞を披露したりしてたもんだから、神もそのつもりでその日は月を見て人の接待を受ける日って思っちゃっててさ。月を見るならその日ってのが、神世でも常識なんだからしょうがないじゃないか。それにここは人世からの架け橋なんだし、無視できないよ。」
十六夜は、肩をすくめた。
「なんやかんや言って、神と人って連動してることが多いよな。維心の宮の七夕にしたって、人がその日にあいつを祭った社の前で、酒やら何やら奉納して大騒ぎするから始まったんだと聞いてるぞ。」
蒼は、頷いた。
「そうだよ。神世の儀式とか習慣って、人から始まってるのが多いんだよ。神世は娯楽が少ないからね。人が舞を踊ったり歌ったり、そんなのを見るのを楽しみにしてる神達だってたくさん居るんだ。オレも人だった時は見えないから、自己満足だと思ってたんだけど、実際に神様達は見てたんだもんなあ。しかも、結構楽しみにして。」
「維心は違うぞ。」十六夜は、意地悪く言った。「あいつは七夕に迷惑してる。未だに見世物になるのが嫌だと言ってな。」
蒼は苦笑した。
「まあ、神にもいろいろ居るってことさ。人が大好きで世話ばっかりしてる神だって居るからね。」
それを聞いて、十六夜の表情が真面目になった。
「それで思い出した。この間の二人の娘はどうなった?」
蒼は、頷いた。
「知章殿の姪って言う子達だろう?問い合わせたよ。月見の宴には、知章殿も来るから、その時に対面したいと言われた。だが、あの二人はゆっくりしていられないと言ってるんだ。父親の輝章殿が病なのだそうだ。」
十六夜は、息を付いた。
「神世ってのはほんとにまどろっこしいな。その輝章って神は大丈夫なのか。病なら先に治してやらねぇと、確認しました、そうでした、でも手遅れ、なんてことになるんじゃねぇか。」
蒼は、苦笑しながら首を振った。
「オレもそれは思って、治癒の者達に聞いてみたんだが、気を消耗していく病ってのは、神世でもよくあるらしいんだが、発生してから命を落とすまで長い時間掛かるのが特徴なんだそうだ。聞いたところ輝章殿はまだ座って話が出来る段階であるし、数年は時間があると言ってたよ。来週宴で知章殿が確認してからでも、充分に間に合うんだってさ。」
十六夜は、それでも真面目な表情を崩さなかった。
「油断は禁物だぞ?だが、まあ分かった。」と、窓の方へ向かった。「ちょっとあの二人のことも見て来てやらねぇと。」
蒼は、苦笑したまま十六夜を見た。
「心配ないって、これまでだって何人も神世に戻して来たじゃないか。学校でも、真面目にやってると涼が言ってたよ。ここへ来てしまったからには、人世へ戻したら二度と受け入れるわけには行かないから、あの二人を帰すわけには行かないんだしね。もう、進むしかないんだよ。」
十六夜は、窓枠に手をついて振り返った。
「わかってるよ。だが、父親のためにこんな所まで来たあいつらを、助けてやりたいって思うだけだ。」
十六夜は、窓から飛んで行った。
蒼は、いつまで経っても変わらない十六夜の筋の通った優しさに、少しホッとしていた。




