力の差
公青は、じっと目を光らせてこちらを見ている。翠明は、歯を食いしばってその目を見返した。とても抗えないのは、公青の気でも同じだった。しかし、ここでひれ伏す訳には行かなかった…ずっと公青に反抗して来た、意地だった。そしてなぜか、公青を見てどこかホッとしている自分に驚いた…龍王が、あまりに強大過ぎたからだと翠明は自分に言い聞かせた。
「我がこんな事態を予想しておらぬとでも思うたか、翠明。」公青が、口を開いた。「何のために東の地へ出て参ったと思う?」
翠明は、上を見た。龍王と、そして、大きな白虎、そして、去ったはずのもう一体の龍に、金色の鷹が集まって来ている。もはや回りの軍神達は、膝をついたまま立ち上がることも出来なかった。その気の圧力だけで、身を押さえ付けられて立ち上がる事が物理的に出来なかったのだ。
翠明は、何とか踏みとどまって言った。
「最後は、主と立ち合って散る事を望む。」
公青は、頷いた。
「月に聞いておる。」と、天上を指した。「主と龍王の会話を聞いておったようだ。」
翠明は、月を見上げた。月…そうか、月まで公青についておるのか。
「ならば、」翠明は、刀を抜いた。「ここで。軍神は我に従っただけ。我が責任を取れば、宮は残るか。」
公青は、無表情に答えた。
「どうであろうの。少なからず我が軍神達も散らされておるゆえ。」と、手を上げた。「とにかくは、連行しようぞ。」
翠明は、突然に気に拘束され、腕から刀が落ちて宙へと事も無げに持ち上げられた。
「な…!戦うのではないのか!このような屈辱…!」
「王!」
軍神達が口々に叫ぶが、上空の龍王達の気の圧力で立ち上がれない。公青は、涼しい顔で言った。
「我が宮へ侵攻した敗者が何を言う。贅沢言うでないわ。」
維心が、それを上空から見ていて言った。
《して、他はどうするのだ?結界内にはあちらも合わせて今20万ほどの敵軍神が居る。討つのなら手伝おうぞ。》
公青は、維心を見上げた。
「ここまでの援助、感謝する、維心殿。だがしかし、ここからは我の仕事。」
炎嘉が隣りから言った。
《だが、まだ逃げた軍神が戻って参る可能性があるぞ?我らが居るからおとなしいがの。》
公青は、頷いた。
「確かにの。だが、南東の甲斐が、まだ残っておるのに気付いておるか。」
それには、志心が答えた。
《おお、確かに静かよな。あやつはどうすると?》
公青は言った。
「我が軍を支援すると言うて来た。あやつはもともと穏健派で慎重派なのだが、翠明の次に小さな宮の王の信頼が厚くての。我が居らぬようになって、回りの宮が動くのを察して、慌てて己につく宮を掻き集めたのだと書いてあった。何しろ、自分の宮を守らねばならぬだろう。小さな宮も同じ思いであるのだ。できれば戦などしたくはない。平和に暮らしておるのだから、わざわざ波風立てたくないやつらが、ここには結構多いのだ。」
維心は、呆れたような声音で言った。
《闘神であるのになあ。それが平和ボケというものであるが、しかし良いのではないか?主も始めから、甲斐が動くとは見ておらなんだであろう。》
公青はまた頷いた。
「あやつは幼い頃から知っておるからの。父王について我が宮へ来ておったが、何も知らぬ歳であるから我にようなついておったのだ。そこから、今は王となって君臨しておるわけであって、あやつは来ぬだろうと思うておった。しかし、神世は分からぬから。一応警戒はしておったというわけだ。」と、南西の方を見た。「…話しておったら、甲斐が到着した。結界内の処理は、あれに任せる。すまぬが、それが済むまで見守ってやってくれぬか。」
維心と炎嘉、それに志心と箔翔はそちらを振り返った。まだ若い王を先頭に、恐らくは80万ほどの兵が綺麗に並んで飛んで来るのが見える。そして、その若い王は、上空の龍や鷹や白虎に驚いてびくびくしながらも、公青の前へと進み出て、頭を下げた。
「公青様。ご指示を。」
公青は、ふっと笑ってその男を見た。
「よう来たの、甲斐。では結界内にまだ20万残っておる敵兵を捕らえよ。我が宮に繋ぐ。それから安芸がまだどこかに潜んでおるはず。探し出して宮へ連れて参れ。上空で、龍王を始めとする東の地の王達が見守ってくれるゆえ。案ずるでない。」
甲斐は、まだためらっているようだったが、頭を下げた。
「は!仰せの通りに。」
甲斐は、兵の所へと戻って行って、指示を出している。公青は、ぐっと気で掴んだままの翠明を見た。
「主も利口に動くべきであったの、翠明。我が不在で機だと思うたようであるが、死んでおらぬのだから、戻るのは想像出来たであろう?愚かよな…己の一族、これで失うやもの。」
翠明は、キッと公青を睨んだ。
「追放された王ではないか!」
公青は、しかし冷静に怒る様子もなく頷いた。
「そうよの。己が望んだからの。だがしかし、我は王座から降りることは出来ぬのだなあ。解放されたいと思うた己が愚かであった。主のことを言うておられぬな。」
そうして、軍神達に頷きかけて、宮の方へと翠明を引きずったまま飛んで行く。
「王!」
軍神達が叫ぶが、その前にはすぐに甲斐の軍神達が囲んで、気で拘束して一束にして持ち上げる。
「は、放せ!」
こんな屈辱的なことを。
軍神達はもがいたが、それでも、敗者への扱いにしては良い方だった。本来なら、生きている時点で皆消されてしまうのだ。
20万の兵は、そのうちの半数である10万ほどは既に命が無く、残り10万ほどを捕らえ、公青の宮の訓練場とその外へとつながれたのだった。
《複雑な気分。》それを、月から十六夜と共に見ていた維月は言った。《戦なのだから、勝者と敗者が出るのは当然でしょう。確かに翠明も、安芸も自分から侵攻して来て捕らえられたのだし、仕方がないと思うわ。でも、命が奪われるのは、私も複雑な気持ちよ。》
十六夜が答えた。
《お前の言う通りだ。だが、翠明と安芸が侵略に成功していたなら、公青の宮の軍神も臣下も、皆死んでた。女子供もだ。戦は残酷だ。翠明と安芸が捕まったことで、罪もない女子供の犠牲が出なかったんだから、良かったじゃねぇか。あいつらは自分の権力欲のために来たんだから、オレはかわいそうだとは思わねぇことにした。》
維月は、ため息をついた。
《そうね。とにかくは維心様も脅して逃がしてくださったし、大量殺戮にはならなかったものね。》
すると、珍しく蒼の声が割り込んだ。
《後は公青の仕事だろ?これから大変だぞ。宮の内も外も罰したり正したりしなきゃならないんだから。しばらくは、奏を迎えに来れないだろうなあ。子供が生まれたばっかりなのに。》
十六夜が、笑って答えた。
《ああ。だがだからこそ頑張れると思うぞ?奏と子供のために、平和な落ち着いた宮に早く戻そうと思うだろうからな。ま、あいつならやるよ。》
蒼のため息が聞こえた。
《十六夜…まだ始まったばかりだぞ?しっかり見守っててくれよな。》
十六夜は、頷いたようだった。
《そこは大丈夫だ。オレはまだ、相良だって信じちゃいねぇよ。公青を殺そうとしたんだからな。いくら一族を守るためとはいえ。よく見てなきゃ、どさくさに紛れて何をするか分かったもんじゃねぇ。》
維月が、呆れたように言った。
《大丈夫よ、維心様達を見たんだもの。これっぽっちも殺そうなんて、思ってないと思うわ。今度のことで、公青様の存在意義を嫌というほど思い知ったでしょう。一族を思うなら、尚更公青様を殺そうなんて思っていないと思うわ。》
十六夜の声が、気遣わしげに言った。
《だといいがな。》
そうして、静かになりつつある西の島を、維月と十六夜、それに蒼はじっと月から見守っていたのだった。




