戦場
翠明は、じっと待っていた。あちらがこちらと対峙したくないのは、安岐に一気に攻め込まれて劣勢の中央の様子を見ても、まだ出ないことから分かる。間違いなく、定佳はこちらを警戒している。こちらの隙をついて、一瞬で仕留められる瞬間を狙って、そうしてあちらを落として一気にこちらへ向かおうとしているのだ。
もはや翠明は、部屋着などではなかった。領地の結界が消えた後、急いで着替えて軍神達に待機命令を出した。一箇所に集めては気取られるので、分散して皆、固唾を飲んで翠明の命を待っている。
そこへ、軍神が転がるように駆け込んで来た。
「定佳様の軍、一気に中央へ向かいました!」
翠明は、待っていたとばかりに立ち上がった。
「出るぞ!中央へ!ついて参れ!」
翠明は、宮を飛び出した。
そうして、近くの宮からの配下合わせて15万の軍神達が、一斉に翠明について飛び立った。
隼は、軍神からの報告を受けていた。
「定佳様の軍、8万!ただ今宮東側結界に到達して総攻撃を掛けて来ており、ただ今我が軍がそちらへ軍神を1万回して迎え撃っておりまする!」
隼は、頷いた。
「残り一万五千は西へ。翠明が来る!」
軍神は、ためらうような顔をした。
「は、は!」
そうして、また出て行った。隼は、立ち上がった。
「王、出られまするか?」
相良が言う。隼は、頷いた。
「翠明には、我しか太刀打ち出来まい。宮の結界が揺らぎ出したなら、主らは女子供と地下へ。もしかして逃れられるやもしれぬ。」
相良は、首を振った。
「この宮が落ちるのであれば、我も共に。しかし、女子供はそちらへ行かせましょう。」
隼は、頷いた。そして、そこを出て行った。
相良は、空を見上げた。結界は攻撃を受けてあちこちがチカチカと瞬くように光っている。このままでは・・・太玄は、月の宮まで行きつけなかったか。それとも、公青様はもう、我らの命も民の命も、どうでも良いとお考えか。こんな我の命など、大したことがないのは分かっている。だが、どうあっても、この宮は守り抜きたい・・・!
翠明は、叫んだ。
「五万は定佳の方へ、残りはここでこの結界を一気に破る!」
軍は、二手に分かれた。命じられた方角へと、五万の兵が向かって行く。翠明は、その結界に向かった。
「破るぞ、隼!戦場での技術には負けても、気の大きさは互角!勝てぬとは思うておらぬわ!」
翠明は叫ぶと、その結界に向けて気を放った。激しく光輝く…すると、結界内から中央の軍神達が出て来て、攻撃を始めた。
「邪魔ぞ!」
翠明は、気を放つのを邪魔されて腹を立てながら、刀を振った。そこいらの軍神など、我の敵ではないわ。
粗方片付け、また結界に向かおうとすると、また軍神が刀を振り上げて掛かって来るのが見えた。
「邪魔だと申すに・・・」
翠明が軽くあしらおうとしたその時、思いもかけないほど重い太刀が刀に当たり、咄嗟に気を篭めてそれを受けた。驚いた翠明は、相手を見た。
すると、そこには何度か見たこの宮の筆頭軍神だった、隼が浮いていた。
「…ふん。」翠明は、冷や汗を流しながら刀を構えた。「出て来たか。己が討たれては宮の結界も一瞬で消え去る危険を冒してまで。」
隼は、回りに広がる阿鼻叫喚を見回した。
「我は宮などで篭っておるのは好かぬからの。」と、刀を振り上げた。「ここが一番性に合っておるわ!」
翠明は、必死に応戦した。しかし、常の時とは違い、隼の動きはぎこちなかった。恐らく、宮を守ろうと強い結界を張っているからだろうと思われた。
「…甘いわ!」翠明は刀を振るった。「真の王でもない主に、宮を守る結界を維持しながら戦うことなど出来ぬ!」
「ぐ…!」
確かにそうだった。隼は、今まで公青が息をするかのように自然に、あの強い結界を維持しているのを当然のように思っていた。しかし、自分がそれをしてみると、その負担は計り知れなかった。大きな気を持っていなければ、あっちこっちに気を分断して更に戦うのに気を使うなど、出来なかった。王は皆、これをいとも簡単にしているのだ…この、目の前の翠明も然り。
隼は、力任せにその刀を押し返した。そうして、言った。
「我は王ではない。王の器ではない。我は軍神ぞ。王になどなれぬわ!」
翠明の気が、一気に膨らんだ。
「これで終いぞ!一気にかたをつけてやるわ!」
隼も、すぐに気を集中させた。だが、結界にも気を取られている自分の気では、それを受けきれないのは分かっていた。
「さらばだ、隼!」
翠明から、大きな気弾がまっすぐに飛んで来る。隼は、盾の気を前に構えて衝撃に備えた。
その気弾は、隼を捉え、盾を打ち崩して隼に直撃した。隼はその勢いで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「う…。」
結界だけは。
隼は、必死に意識を保とうと起き上がろうともがいた。結界が揺らいでいるのが見える。翠明が、その上に浮いて、隼を見下ろした。
「留めを刺してやろうぞ。これから、ここは我が宮ぞ!」
気弾が飛んで来る。
隼は、宮を守れなかったと身動き出来ない状態のままで、目を閉じた。
揺らいでいた結界が、突然にしっかりと大きく宮と領地を包み込んだ。驚いた翠明は、自分の気弾が事も無げに途中で打ち落とされたのを見た。
「誰が…?!」
「我よ。」上空から、見下ろすようにしていたのは、見慣れない青銀の甲冑を着た男だった。「ようやってくれたのう、翠明。我に主を討たせる口実を作ってくれたか。」
突然に復活した結界に、皆が右往左往している。領地の結界が復活したため、軍はすっぽりとその結界の中へ入ってしまっている状態なのだ。
「こ、公青!主は、もうここには…、」
公青は、ふんと手を上げた。
「公青様であろうが。」公青は翠明に向かって気を放った。「我が領地の中で何をしておる。」
翠明は、必死にそれを避けた。とても敵わない力…それゆえ、これまで言うがままにされていたのに!
公青は、笑いながら気を大量に降らせた。軍神達が、領地の結界から降り注ぐそれを、必死に形相で避けている。一つでも当たったら、ひとたまりもないことを知っているからだ。
パニック状態になった軍神達は、ひたすらに外へ出ようとまるで蟻が這い回るかのように、結界に沿ってうろうろと飛び回っている。それは、東の空でも然りだった。どうやらこれは、領地全体に降り注いでいるらしい。
「そら、避けねば。数だけ揃えても我が結界の中、無様なものよのう。」
公青は、自分の力を知らしめるかのように、嬲るように気の雨を降らせ続けた。翠明は、必死に地面をそれを避けて転がりながら思った…こんな気に、敵うはずなどない。何度そう思って遥か中央を見上げて来たことか…。
それを上空で見ていた炎嘉が、言った。
「おーおー大騒ぎではないか。」と、笑いながら維心を見た。「ちょっと行って来るか?公青ばかり良い格好をしよってからに。合わせて20万ちょっとか?少ないの、もっと連れて来ておるかと期待したのに。」
維心は、呆れたように炎嘉を見た。
「留守の間に宮を他の王に取られては元もこもないだろうが。残しておる方が多いだろう。」と、ちらと西を見た。「援軍よ。」
見ると、たくさんの軍神達が一目散に公青の結界を目指し、必死に破ろうとしている。中に己の王が居るとなれば、必死にもなるだろう。
「うーん、合わせて100万ぐらいか?翠明だけでなく定佳の援軍、安芸の援軍が結界を叩き割ろうと必死よ。」
箔翔は、これほどの数の軍神を一度に見るのは初めてだった。結界に群がり、本当に蟻のようだ。
「いくら公青でも、この数の攻撃は長く留めていられぬだろう。どうする?維心。」
志心が言うのに、維心はしばし黙った。そして、言った。
「…待て。公青が、宮の王に返り咲いてからぞ。」
炎嘉は、頷いた。
「親戚の宮だからか?」
維心は、頷いた。
「何もなく介入は良うない。後が面倒よ。公青が王に返り咲いた宮ならば、我には助ける義務がある。」
炎嘉は、笑いながら顎を撫でた。
「まあ、龍の王族を正妃にしておる王の宮であるものな。待ってやろうぞ。しかしそこまでもつか?」
維心は、頷いた。
「もつ。公青は愚かではない。援軍を見て考えているであろうよ。それに」と、フフンと笑って炎嘉を見た。「維月にここは守ってくれと頼まれておるからの。我は約したことは違えぬから。」
炎嘉が呆れて言った。
「また維月か。いい加減にせよ!全く何でも維月を中心に考えおってからに!」
またぎゃあぎゃあと言い合っている。
志心と箔翔は、うんざりして足元の戦況を眺め続けたのだった。




