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維明は、自分の対の、居間の椅子へと甲冑のまま座ると、言った。

「して、何用か?このように急に来るのだから、火急の用であろう?」

蒼は、申し訳なさげに言った。

「維明様…ご存知ならば、お教え頂こうかと思いまして。」

維明は、苦笑して首を振った。

「おお、主はまた。以前のままで良いと申しておるではないか。皆の前なら普通に話すのに、二人になると変わらぬの。我は皇子の維明であって、前世の龍王の叔父の維明ではない。普通に接すれば良いのよ。」

蒼は、ため息を付いた。

「仕方がないのですよ。前世の記憶が戻られたのですから、気になって前の通りなど無理です。それよりも、箔翔のことなのですが。」

維明は、眉を寄せた。

「箔翔?最近は会っておらぬの。」

蒼は、頷いた。

「そうかもしれませんが、昨日公青が月の宮を訪ねて来て…オレも気になったので。」

公青と聞いて、維明は深く息をついた。

「ああ…妃のことか。」

蒼は、頷いた。

「何かご存知ですか?」

維明は、また息をついて、庭の方へと視線を移した。何を話そうか悩んでいるような様だ。蒼がじっと待っていると、維明は口を開いた。

「我が言うて良いものかどうか…だがしかし、公青が気に病むのも致し方ないの。」と、蒼の方を見た。「あれは、あの妃を知ろうとしたこともあったようであったが、如何せん人世にも行っていたほど難しい男であろう。父が無類の女嫌いであった事もあって普通の神とは違う。なので、普通の神の女では、あれは納得せぬのだな。結局、諦めておった。次の妃に期待するとか何とか言うて、失望したようなことを申してな。我も、しかし双方の気持ちが分かるし、何も言えなんだ。神世では、普通のことぞ。王の妃は、臣下が勝手に決めて参るもの。10人居って、その中に1人でも良いのが居たら良い方というのが、一般的な神の王の考え方ぞ。己が望んだ者だけ手に出来るほど、恵まれては居らぬのだ。ま、父上は別であるがな。」

蒼は、やはり、と失望した目を維明に向けた。

「やっぱりそうですか。オレもそうだろうと思ったし、公青だって分かっているようだったが、妹を案じて仕方がないようなのです。自分が決めた嫁ぎ先だから…せめて、子の一人でも産んでいたらその限りではないのですが。」

維明は、ふーっと長い息を付きながら、頷いた。

「さもあろうな。箔翔も、極端であるのだ。たった一人だけしか妃を置いておらぬのに、そこへ全く通わぬなど。普通は、実家の手前、いくらなんでもひと月に一度ぐらいは通うものなのに。もうどれぐらい通うておらぬのだ。」

蒼は、答えた。

「もう何年も。正確な年数は聞いておりませんが。」

維明は、額に手を当てた。

「困ったものよな。どうしたものか。して、公青はなんと?」

「どこが気に入らぬのか、聞きたいと。」蒼は、困ったように維明を見た。「ですが、その様子だと合わなかっただけのようですが。」

維明は、また視線を庭へと向けた。

「まあ、好みではない、というのが正直なところであろうな。箔翔ははっきりしておるゆえ、その気にならねば褥を共にしたりせぬのだ。我とて同じであるから、あれの気持ちは分かる。主、ではどうするのだ?公青に、正直に好みではないから、と申すのか?」

蒼は、首を振った。

「いいえ。そこまで言えないでしょう。合わないようだと話すことにします。箔翔は、普通の神の王とは違って、人世で学んでいたし、考え方が変わっているからだと。それでどうでしょうか。」

維明は、頷いた。

「それが良いであろうな。その妃が悪いわけではないのだ。お互いに想い合って、婚姻に至ったのなら良いが、このような不自然な婚姻はやめたほうが良いよな。我は常、そう思うておる。王や皇子や皇女が何だと申す。そのような地位を目当てに婚姻など決めるから、このようなことが起こるのではないのか。我が王になったら、そこの所の見直しが出来ぬか会合で申してみるがの。」

蒼は、顔をしかめた。会合の席のことが、思い出されたからだ。

「しかし維明様…あの会合の雰囲気で、そのような話題は出しにくいかと思いますよ。それでなくとも、王が寄れば己の皇女や皇子達の婚姻の話しになるのですから。皆、どこの宮と懇意になれるかと、必死なのです。龍の宮のように、大きな宮ならそんな心配はないから、死活問題でもないかもですけど。」

維明は、手を振った。

「ああ、面倒な。宮の存続を懸けて嫁ぐなど、重いではないか。そんなものを己の娘に背負わせる、王の心持ちが分からぬわ。もう、良いわ。我には関係ないことであるし、これ以上何も言わぬ。主は主が良いと思うようにすれば良いであろう。」

蒼は、その維心そっくりな言いようを見て、驚いた。前世の維明は、もっと物静かで優しく穏やかだったのに。やはり、今生ではあの、皇子として育った維明と混ざった維明なのだ。

「では、そうします。では、維明様。」

蒼は立ち上がった。

「またの。」

維明は、言った。そうして、蒼を見送りながら、しばらく見に行っていなかった、箔翔のことも訪ねてやろうと思っていた。


数日後、維明は鷹の宮を訪ねた。

先触れを出すとあちらも構えて、こちらも供がなんだと大騒ぎになるのは分かっているので、わざと政務が落ち着く午後を狙って単身、鷹の宮に飛んだ。

蒼は、あれからすぐ公青の宮を訪ねて当たり障りなく例の事を話したらしい。もちろんのこと、箔翔はそんなこちらの動きなど知るよしもないので、維明もわざわざ話すつもりはなかった。

箔翔は、自分の結界に掛かった維明をすんなりたと通し、到着口で立って維明を待っていた。

「壮健か、箔翔。」維明は、そこへ降り立ちながら言った。「しばらくぶりぞ。政務が空いたので、どうしておるかと参ったのだ。」

箔翔は、少し拗ねるように言った。

「長らく顔も見ておらぬことよ。我からなかなかに出て参れないのだから、主が来ぬか、維明よ。」

維明は、苦笑した。

「我とて修業の身ぞ。父上の許しなく宮を出れぬのだ。話そうかと思うて参ったのだが、忙しいか?」

箔翔は、維明を促しながら踵を返した。

「主の宮ほど忙しゅうない。政務など午前中に終えたわ。参れ、居間へ。」

維明は頷いて、箔翔に従って奥へと進んだ。

鷹の宮は、変わらなかった。龍の宮より静かで、神の出入りも少ない。その中を歩いて、居間の椅子へと落ち着くと、箔翔はため息をついた。

「ほんに主が来てくれぬから、我は退屈でしようがなかったわ。時に領地の見回りぐらいは出来ても、臣下は我が宮を離れるのを嫌がる。月に一度の会合に出掛けるぐらいで、宮に籠められておるような状態ぞ。ほんに王になど、なるものではないな。」

相変わらずの箔翔に、維明は苦笑したまま言った。

「すまぬの。我とて毎日政務と訓練ばかりぞ。父上のやり方を覚えて、最近では代行をすることも多いのだ。しかし忘れておるのではないぞ?我とて忙しいのだ。だから、本日来たではないか。」

箔翔は、頷いて維明を見た。

「ああ、分かっておる。我こそすまぬな、来たら愚痴ばかりで、主も気が重いよの。」

維明は、首を振った。

「良い、それしか主も憂さを晴らす場が無いのであろうが。しかし、主も妃を迎えてもう数十年であろう?相性が悪いのかの、一向に子の話は聞かぬな。」

箔翔は、横を向いて手を振った。

「何だ主まで臣下のようなことを。あれは居らぬと思うておる。前に一度申したではないか。」

維明は、やはりそうかと眉を寄せた。

「…あれから、歩み寄ってはおらぬのか。美しい女だと聞いておるのに。」

箔翔は、首を振った。

「仕方があるまい。我は、生まれた時よりこの宮で過ごしておって、女と過ごしたのは人世に行った時が始め。そこで女というものがどんな反応するのか知って、その後神世に戻り、こちらの女を知った。臣下達に言われると、あれは神世の女の中でも嗜みも深く素晴らしいとのことであったが、我には何を考えておるのかよう分からぬ頼りない女、というようにしか見えぬのだ。美しいのが何だと申す。主が気に入ったなら、連れて帰るが良いぞ。」

維明は、慌てて首を振った。

「我とて見目だけで女を選んだりせぬわ。合わぬと言うのなら、仕様が無いがの。しかし、実家の方はどうなのだ。公青は西のかなり力のある神なのだぞ?あれが知るところになって、面倒なことになったら何とする。いくら気に入らぬでも、一度娶ったら月に一度は通うのが道理であろうが。」

箔翔は、険しい顔をして、一瞬維明を睨んだ。維明は、ひるむことなくその目をじっと見返した。すると、箔翔は力を抜いてうなだれるように下を向いた。

「…分かっておる。王として、我は間違っておるよな。だが、人世でそういった関係というものを学んだ我には、この不自然な間柄を前向きに見ることが出来ぬのだ。宮と宮の関係のために通うなど、不毛ではないか?その気にもならぬわ。」

維明は、深いため息をついた。

「それは、我とて同じ。なので気持ちは分かるつもりでおるよ。王となるとそうは行かぬのは分かるが、ならば妃は迎えねばよかったのに。鷹は力を持つ種族。主の父のことを考えても、そうすることは出来たであろう。」

箔翔は、視線を上げた。

「確かにその通りよ。我も、あれをここへ迎えてみて分かった。なので、あれから全く妃を迎えておらぬだろう?あれからだとて、山ほどの縁談が来ておったにも関わらずな。うるさい臣下達に流されて受けてしもうたこと、間違いであったと思うたからぞ。あの時は、王座に就いたばかりでそんなことに思いが至る暇もなかったからな。だがしかし、妃として遇しておることで、あれには報いておると思うておる。」

維明は、それを聞いて息をついた。確かに、神世ではそう考える。父の維心でさえ、そうだろう。だが、幼い頃より維月に育てられた記憶のある維明は、女のことを考えてしまう。そのような扱いは、するべきではないと思ってしまうのだ。

「…複雑よな。主の気持ちも分かるし、主の妃の気持ちも分かる。難しいことよ。」

箔翔は、庭へと視線を移した。

「主の気持ちは分かるぞ。あの母に育てられたからであろう。我とて、人世に居たゆえ、このようなことが許されるとは思うておらぬ。だが、我とて生きておるのだ。心もないのに、通うなど出来ぬ。相手は、心があると勘違いするやもしれぬだろうし、そうではないと知った時の方が、心の重さは強いだろう。」

維明は、少し考えたが、頷いた。

「主にも主の考えがあるということよな。我も、もう何も言うまい。」と、表情を変えた。「ところで、帝羽には最近会うたか?あれの立ち合い、良うなっておるであろうが。主はどうか?」

箔翔は、ニッと笑った。

「ふふん。帝羽には、最近に勝ったぞ?あれは、主に稽古を付けてもらうのだと悔しそうに帰って参ったが、あれからどうか?」

維明は、驚いたように箔翔を見た。

「なんと。主、今は訓練場に立つのか。」

箔翔は恨めしげに維明を見ながら頷いた。

「退屈だからぞ。本来地道な訓練など嫌いであるが、そうも言っておられぬしな。」

維明は、感心して箔翔を見ていた。帝羽に勝てるということは、それなりの腕だということだ。しかしここには、龍の宮ほど手流れの軍神は居ない。なので腕を上げるには己の中でいろいろと編み出さねばならぬのだが、箔翔はそれをしたということだ。

「血は争えぬということか。」維明は、同じようにニッと笑って立ち上がった。「お手並み拝見しようぞ。我に勝てたら褒めてやろうぞ。」

箔翔は、不敵に笑うと立ち上がった。

「逃げ帰ることになるやもしれぬぞ?」そして、嬉々として歩き出した。「参ろう。このように心躍るのは、幾年ぶりか。主に勝てるかもしれぬのだからの。」

維明は、箔翔と並んで歩きながら、笑った。

「我に勝とうという心意気だけは汲んでやろうの。手加減は要らぬということか?」

箔翔は、少しムッとしたように維明を見た。

「おーおー、そんなことを言うておれるのも、今のうちぞ。さ、早よう参るぞ!」

維明は笑いながら、そんな箔翔と共に鷹の宮の訓練場へと向かったのだった。


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