状況
「では…戦になるのですね。」
維月は、思いの外落ち着いた様子で言った。龍の宮の居間で、維心から事の次第を聞かされたのだ。維月の気性なら、取り乱して必死に止めると思っていた維心は、ホッとして言った。
「恐らくはの。この1年、我も炎嘉もあちらを調べさせておったのだが、残念な事にあちらは大人しくはしてくれぬらしい。」
維月は、頷いた。
「確かに公青様が、維心様のようにあちらを治めておられたのですから、こうなるのも道理でございましょう。こちらでも今維心様居らぬようになられたら、恐らく同じようなことになっておるのではありませんか。」
維心は、頷いた。
「まあ、我には維明が居るからの。あれの能力は、我に劣るとはいえ気の大きさは誰も敵うまい。将維や明維、晃維、亮維がサポートに回れば、維斗がまだ若くても問題はない。公青と我の違うところは、同じように世を治めておっても、子の多さが違う。前世、独り身でおった時とは訳が違うゆえ。」と、自分を見上げる維月の頬を撫でた。「主が前世今生と我の子をせっせと生んでくれておったからぞ。此度の戦も、なので恐らく早よう終わるであろう。こちらの、王としての気を持つ人数が違うゆえ。」
維月は、悲しげな顔をした。
「ですが、戦は避けられないのでございまするね。牽制のため、男子が多くて良かったと前世は申しておりましたのに。それも、此度は効力を発揮出来ぬのですわ。」
維心は、息をついた。
「炎嘉はあちらからこちらへ侵攻して来ると思うておるようであるが、我は入り口で止められると思うておる。樹籐の島で迎え撃ってこちらの力を見せ付けてやれば良いのだ。だが、あちらの内戦を止めることは出来ぬ。我ら龍が、あちらへ干渉せぬことはわかっておることであるから。しかし、世を乱すと申すなら話は別。こちらでも我に叛意がある王はまだ少なからず居るのだ。それらを変に刺激して、大戦になる可能性もないとは言えぬからな。」
維月は、下を向いた。
「このようなことになって…公青様は、ご存知であられるのでしょうか。」
維心は、維月の肩を抱いた。
「あれの性質を考えたら、知っておるであろうの。だが、もはや関係のない島のこと。公青には口出し出来ぬ。まして、あれを殺そうとした臣下の宮であるからな。助けようとは思わぬだろうよ。」
そこへ、十六夜の声が突然に振って来た。
《維月!奏が産気づいたぞ!!》
維月は、弾かれたように立ち上がった。
「まあ!」
維心は、またかと空を見て言った。
「挨拶ぐらいしてから話し掛けよ!驚くではないか。」
十六夜の声は、いらいらと答えた。
《ああ、おはようさん、維心。》と、続けた。《まだ生まれるまで時間があるようだから、お前もそっち片付けて月から帰って来い、維月。じゃあな。》
そうして、十六夜の気配は月になくなった。月の宮へ降りたようだ。
維心は、ため息をついて維月を見た。
「全く、いつなり突然に。して、主はどうする?まだ生まれぬだろう。我と共に参るか?十六夜は迎えに来ぬようだし、我が連れて参ろう。」
維月は、申し訳なさげに言った。
「よろしいのですか?政務はいかがなさいまするの?」
「維明にさせる。」維心は言って、維月の手を取った。「さ、参ろうぞ。曾孫に対面するのであるから、着物を少し変えねばな。部屋着ではどうかと思うぞ。」
維月は、微笑んで頷いた。
「はい。本当に、暗い気持ちが吹き飛んでしまいましたわ。」
二人は、着替えをするために奥の間へと戻って行った。
公青と蒼は、蒼の居間で座って向き合っていた。公青は、蒼に言った。
「主も気取っておるだろう。西の島は今、混乱状態にある。我が退位したゆえ、目だって強い力を持つ神が居らぬようになった…なので、実質あちらを抑えている宮は、今は無いのだ。」
蒼は、息を飲んだ。確かに、そうかもしれないと思い当たったからだ。
「じゃあ…隼は、あっちでうまくやれてないのか?」
公青は、首を振った。
「いいや。あやつは馬鹿ではない。政務は滞りないであろう。だが、内政のことではないのだ。我が宮の四方には、力のある王が一人ずつ居って、それらが回りの王達を己につけて、治めておるような状態であってな。我はその四人を抑え、結果的にあの島全てを治めておったのだ。我の言うことには、細かいどの宮も逆らわなんだ。だが、今は違う。」と、息をついた。「隼の力は、四人のうち最も力を持つ王、翠明と同じぐらいなのだ。」
蒼は、公青に身を乗り出した。
「じゃあ、おとなしく言うことを聞かなくなってるんじゃ。」
公青は、頷いた。
「そうだ。それだけなら問題はないのだが、おそらく翠明ほか三人の王は、己が天下を獲ろうと画策しておるだろう。そうなることはわかっておった…だが、そうならぬ可能性もあった。島が一つではなく我が宮とあわせて五分割されるだけならの。各々で好きに政務を行なって、それで済むならと。しかし、そうはならぬようぞ。」
蒼は、暗い顔をした。
「…戦だな。」
公青は、頷いた。
「恐らく、中央に位置する西の宮を、他の宮は押さえようと必死だろう。後に他の三人の宮も制圧すれば、あの島は己の天下となる。何しろ我が宮は、あの島の統治の象徴とされていた。高い山の上、四方を睨む形に建てられておって、どの宮の王も何より入りたい宮であろうからの。」
蒼は、あの大きく美しい宮を思い出した。確かに、ずっと見上げていただろう自分達を統治する王の宮に、手が届くとなれば王達はすぐに動くだろう。蒼は、公青を真剣な目で見つめた。
「どうするんだ?隼や軍神達は勝てそうなのか?」
公青は、視線を下へと向けて、小さく首を振った。
「いいや。恐らく落とされる。数が違うのだ。短慮な安岐が討って出て来て、次に定佳、そうして消耗して来たのを見て、真打の翠明が来る。その時の隼と西の宮の軍では、勝てぬ。先ほど見ておって、既に安岐が軍神を一箇所に終結させておるのが分かった。我は翠明の妹をあちらへの牽制に妃に置いておったが、隼に代わって返しておろう。始まるの。」
蒼は、愕然とした。あの通っていないと言っていた残り一人の妃か。戦が始まる…もう、今すぐにでも。
「い、維心様に…、」
公青は、苦笑して首を振った。
「そら、また主は維心殿に頼るであろう。」と、息をついた。「維心殿なら知っておるであろう。我が退位させられたのを知った時から、ちらほらと西に龍の気配があった。調べさせておるのだろうと思うぞ。」
蒼は、維心はずっと前からこうなるかもと知っていたのだと、自分が何も考えずに呑気にしていたのが恥ずかしかった。同じ王なのに、えらい違いだ。
「…オレは、なんか騒がしいと思っていただけだった。公青が居なくなったから、混乱してるだけなんだと。」
公青は、薄っすら微笑んだ。
「全て見えておる月でも、何を見ようと思うて見ないと役に立たぬのだぞ。まずは先に何が起こるかいくつか予想し、それを思うて観察することだ。主は無敵であるのになあ。ま、人であった主がこうして神の王をやっておるのだ。少しずつ学べばよいではないか。」
すると、そこへ侍女が駆け込んで来た。
「王!公青様は、こちらに?!」
凜だ。蒼は顔をしかめた。
「なんだ、凜。不躾だと言われるぞ。いきなり入って来て騒ぎおって。」
凜は、そう言われて慌てて背筋を伸ばして、頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。王、あの、公青様にご連絡が。」
公青が、苦笑しながら頷いた。
「何ぞ。」
凜は、早口に言った。
「奏様が、ご出産の兆しでございます。ただ今治癒の対へとお移りになられました。」
公青は、絶句して思わず立ち上がった。蒼も、椅子から飛び上がるように立った。
「なんだ、出産の知らせか!それならそうと、なぜに早よう言わぬ!」
凜は、困ったように下を向いた。王が、騒ぐなと言ったから…。
「我は行く。」公青は、足早に戸口へと向かった。「本日は政務は無理ぞ、蒼。己でせよ。」
蒼が頷くのを待たず、公青は少し浮いたかと思うと、そのまま物凄いスピードで治癒の対へと飛んだ。我の初めての子…奏と、我の子がついに、生まれるのだ。




