動向
そうして、公青と奏は、月の宮の宮が見える屋敷で、穏やかに暮らしていた。
時に維月が里帰りして来た時などは、二人に会いに十六夜と共に訪ねたりしていた。幸いにも結蘭も月の宮に預かったままだったので、あの騒動に巻き込まれることもなく、最近ではすっかり明るく心も回復してその屋敷へと訪ねていた。結蘭の方がいくらか年上だったのに、奏は兄の嫁なので、結蘭は奏をお姉様と呼んでいた。奏は、最初とても照れくさそうだったが、最近ではすっかり慣れて仲良く過ごしていた。
晃維も、一度和奏を連れて様子を見に来た。明維のところとは違い、この二人は仲が良いようだった。しかし和奏はもう、老いて来ていて、老いの止まっている晃維と並ぶと親子のようだと、最近はあまり共には出掛けぬようだ。なので、一度来たきりで、後は晃維がもっぱら様子を見に通っていた。
公青は、蒼の良いアドバイザーだった。今まで交流が無かったとはいえ、公青はあの島を統率していた力のある神の王だった。あちらでの扱いは、維心並みだったと聞いている。ただ、力はこちらで言うと炎嘉ぐらい、自分より大きな力の神というのは、維心が初めてだったと蒼は聞いていた。
そんな公青は、やはり王として大変に優秀だった。公青はたかが80の宮と言っていたが、自分の宮をやっと統率している蒼にとっては、維心と同じぐらい凄い王だと思っていた。
ただ、公青は未だに西の空を見て、じっと何かを考えている時がある。そんな時、蒼は、置いてきたたくさんのものを思っているのだろうと、邪魔はしなかった。
「…そうなんでも維心殿の聞いておってはならぬぞ、蒼。」公青は言った。「たくさんの宮を見ているとの、そんな細かいことにまで構っていられぬのだ。大雑把なところだけ決めて、後は勝手にやれと言うのが、維心殿の気持ちだろうと思うぞ。我がそうであったからの。」
蒼は、顔をしかめた。
「確かにそうなんだが、ここは維心様に建ててもらったって言っただろう?」蒼は、公青に訴えるように言った。「神世に来てこのかた、ずっと維心様にどうしたらいいのか聞いて来たんだ。維心様だって、何でも聞くが良いって言ってくれてたから。」
公青は、ため息をついた。
「それは最初の方ではないか?もう主は立派に君臨しておるのだ。別に、こちらの300以上の宮を統率しろと言われておるのではないのだから、少しは己でせよ。己の判断を信じるのだ、蒼。主は間違っておらぬ。」
蒼は、下を向いた。確かに、最近ではだいぶ良くなって来たかなと、自分でも思うが…。
「…分かった。やってみるけど、手伝ってくれよ。」
公青は、苦笑して頷いた。
「主は我を使う権利がある。何でも聞くが良い。だが、決めるのは己であるぞ、蒼。」
蒼は、頷いた。
この一年ほど、公青はずっと蒼の政務の手伝いをしてくれていた。それだけではなく、軍神達と立ち合ったりと、この一年ほどの間ずっとサポートしてくれていた。まるでこの宮に炎嘉が居た時のように、蒼は心強く思っていた。
「じゃあ、この催しは序列二位までの宮にする。どうせ夏が過ぎたらまた、月見の宴なんだしな。」
公青は、頷いた。
「ではそのように沙汰を。」
そうして、その日も暮れて行った。
義心が、膝を付いて維心に報告している。維心は、険しい顔で考え込んだ。
「…やはりな。思うたより早い。」
義心は、頷いた。
「は。神世はそういった世。王のおっしゃった通りでございました。」
維心は、頷いた。
「引き続き調べさせよ。こちらへ波及することは避けねばならぬ。」
義心は、頭を下げ直した。
「は!」
そして、そこを出て行った。すると、維月が入って来た。維心は、パッと表情を変えた。
「維月、早かったの。蒼からの遣いは何と?」
維月は、微笑んだ。
「はい。順調で今日明日ではないかと。晃維も和奏も、気を揉んでいるようでございますわ。」
維心は、自分の隣へと座る維月の肩を抱いた。
「初産であるものな。無理もない。」維心は、ため息をついた。「それにしても、前世とはいえ孫の出産。ついに曾孫が出来るか。」
維月はフフと笑った。
「まあ、実加の子が当に生まれておりますのに。今さらでございますわ、維心様。」
維心は、顔をしかめた。
「確かにそうだが、公にと言うことぞ。」と、微笑んだ。「安くあれば良いの。」
維月も、微笑み返した。
「はい。」
維心が維月に唇を寄せると、侍女の声が言った。
「炎嘉様のお越しでございまする。」
維心は、一瞬鋭い目をしたが、言った。
「通せ。」侍女の気配が去ると、維心は言った。「さあ、我は政務ぞ。主は維明…いや、維斗の様子でも見に行って参れ。」
未だに維明を避けさせる維心に苦笑しながらも、維月は頷いて立ち上がった。
「はい、維心様。」
そうして、出て行った。入れ替わりに、炎嘉が珍しく険しい顔をして入って来た。
「維月が居らぬところを見ると、我の用件は分かっているようよ。」
維心は、頷いた。
「義心が報告して来たばかりよ。嘉楠は何と?」
炎嘉は、維心の前に座りながら言った。
「同じであろうな。分かっておったが、早い。このままでは戦国に逆戻りぞ。間違いなく調子に乗ってこっちにも来る。」
維心は、小さく息をついた。
「面倒な。我はあちらまで統率しとうない。公青が押さえておって、公青が我の傘下に入ることで、事は簡単であったのに。あちらの宮まで面倒見ておったら、我は500近くを一人で治めることになるのだぞ?やってられぬわ。」
炎嘉はしかし、まだ険しい顔のままだった。
「…そもそも、公青があちらを出た時点でわかっておったことではないか。仮にこちらで主が失脚したならどうよ。主に押さえられておった王達は、今度は己が世を治めようと我先にと動き出して、戦が始まる。あちらの島には、公青ほどの気を持ち、能力を持つ王は居なかった。他は皆、似たり寄ったりであったからだ。それが、公青が失脚し、たかが筆頭軍神が王座に就いたとなれば、攻め込もうと考えるだろう。当然の成り行きよ。一年前、主が一番にそれを見張れと命じたのではないのか。」
維心は、渋々ながら頷いた。
「その通りよ。しかし、いくら思っておった通りとはいえ、早い。80の宮が幾つかに分かれて戦になるだろうとは思っておったが、あっさり四つに分かれおった。普通もっと牽制し合って同盟が結ばれるのは時間が掛かるものであるのに。なぜにあれらは、あれほど迅速に相手を信じて同盟など結べたのだ?」
炎嘉は、難しい顔をして、腕を組んだ。
「…あの島の内情は、我らとて預かり知らぬ場であったからの。公青があちらを抑えておったであろう。詳しく知りたいなら、公青に聞くよりないの。」
維心は、額に手を置いた。
「表立って動くのは良うない。あくまで内戦で済んでおるのなら、放って置くつもりでおった。主がこちらへまで出て参ると申すから、疑問を口にしただけよ。」
炎嘉は、ずいと維心に寄った。
「天下を獲りたいと、神の王なら誰もが望むのではないのか?あちらを抑えたなら、次はこちらと。」
維心が、あからさまに嫌な顔をした。
「何を言うておる、そんな良いものではないわ。あっちこっち反乱分子を抑え続けて世話をして、こんな地位の何が面白いと申す。」
炎嘉は、身を反らした。
「それは主であるからそう思うのだ。我とて天下など面倒だと思う。だが、下々の神には好き勝手出来る理想の地位であるらしいぞ?」
維心は、ぐったりと横を向いた。
「もう良い。あやつらの浅はかさは知っておる。しようのない、では気が進まぬが、戦の準備をするよりないの。維月に何と言い訳して出るかの…炎嘉の宮へ納涼の宴とか言うか。すると、一夜で片付けて来なければバレるしのう。さすがに大戦になるしそれは無理かもしれぬなあ。」
炎嘉は、呆れたように維心を見た。維心は大真面目なようで、じっと考えている。炎嘉は言った。
「あのな、維月に隠して戦をして来るなど無理ぞ。何を真面目に考えておる。あちらには軍神が全部の宮を合わせたら200万は居るのだぞ。皆殺しにするわけには行かぬから、いろいろ策を練ったりしておったら途方もなく時が掛かるわ。だいたい、我らが言わずとも十六夜が言うだろう。維月は月なのだからの。己で月から見ておるやもしれぬのに。偽って、それがバレた時の方がよっぽど恐ろしかろうが。」
維心は、それを聞いて身震いした。後から知って、維月がまた激怒した時のことを思ったのだ。
「…言うよりないの。本格的に、また戦国に戻るか。」
炎嘉は頷いた。
「一時の事ぞ。前世何千年も続いた戦国を思えば、何でもない時間よ。」
維心は、頷きながらも、あんな時代を繰り返したくないと思っていた。今は、太平で何も案じることはない。そんな世だからこそ、維月と安心して暮らしていられる。それが脅かされるのだけは、避けねばならぬ。
「では、軍に命じてその心積もりはしておこうぞ。炎嘉、そちらも頼む。我は志心と箔翔にも密かに使いをやっておく。」
炎嘉は頷いて、立ち上がった。
「…懐かしいの、維心。」
維心は、こんな時なのに、ふっと悲しげに笑った。
「そうだの。こうして、世を平定したの。」
そして、月は昇り始めた。




