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身代わり

維心が炎嘉の居る客間へと向かっていると、どうも炎嘉の気が外宮にあるように思い、そちらへ進路を替えた。すると、まだ明けたばかりにも関わらず、炎嘉がそこで軍神達と飛び立つ準備をしていた。

帰ってしまっては、話が出来ぬ!

維心は、焦ってほとんど駆け足のような感じで炎嘉に歩み寄った。

「炎嘉!話があるのだ!」

炎嘉は振り返って、間近に必死の形相の維心が居るのを見て思わずのけ反った。

「な、何ぞ!近い!」

維心は、それでもずいと炎嘉に寄った。

「帰る前に、話がある!」

炎嘉は、その様子に呆然としていたが、フッと息をついて、軍神達を振り返った。

「ちょっと庭に出て来る。主らはゆっくり準備すれば良いわ。」そうして、維心を見た。「歩こうぞ、維心。」

維心は、ホッとした顔になって、炎嘉と共に側に見える、南の庭へと歩き出した。


しばらく歩くと、先を行く炎嘉が、振り返った。

「して?我の足を止めてまで話したい事とは何ぞ。」

維心は、下を向いた。維月はああ言ったが、自分は言ってはならないことを言った。前世今生と、何かあれば助けてくれた友なのに。謝っても、罵倒されるだけなのではないか。

維心が下を向いたまま、何やら迷っているのを見た炎嘉は、じっと待っていたが、いつまで経っても迷ったままの維心に、根負けして言った。

「…昨夜のことか?」

維心は、顔を上げた。なぜに分かる。やはり、炎嘉はあれを心にわだかまっておったか。

「我は、己にも出来ぬことを、主にあのように申して…。」

語尾は消えた。炎嘉は、先を待ったが、維心はまた下を向いている。どうやら、本人は必死であるらしい。長い付き合いなので、この友の行動は手に取るように分かった。きっと、謝りたいのだろうが、生きて来た中で、謝ったことなど数えるほどしかない維心が、その言葉を知っているのか疑問だった。

炎嘉は、ため息をついて横を向いた。

「別に、もう良いわ。主はほんに全く変わらぬの。少しは成長するように頑張らぬか。どうせ、我に謝りたいのであろうが。」

維心は、また顔を上げた。

「なぜに分かる。」

炎嘉は、またため息をついた。

「何年の付き合いだと思うておるのだ。あのな維心。我であるから良いが、他のヤツには主の気持ちなど分からぬぞ。謝りたいのなら、一言『すまぬ』と言えば良い。」

維心は、素直に頷いた。

「すまぬ。」

炎嘉は、頷いた。

「それでよい。ま、我も大人げなかったわ。確かに主の言う通りなのだ。維月は主の正妃。いろいろあって取り決めで年に二度は我の元へ参るが、主にしては不本意であろうし、維月も困っておるだろう。だがの、我とて側に居たい時もある。今生は妃も居らぬし、持て余すのだ。しかし、己で決めたことであるから。黙って耐えるよりないのよ。」

維心は、それを聞いてまた下を向いた。それが自分だったら、気が狂いそうだっただろう。維月が我を選んでいなかったなら、同じ想いに身を焦がして…。

ずっしりと落ち込んだ気を発する維心を見て、炎嘉は苦笑した。素直過ぎて、怒る気にもならぬ。

「こら維心。」炎嘉は、維心の肩に手を置いた。「何を暗くなっておるのだ。もう良いから。年に二度があるではないか。主はその時我慢するのであろうが。そのように落ち込むでない。我らは友であろう?わかっておるよ、お互いに甘えもあるゆえ、時に乱暴な言葉も吐くのだ。我はもう気にしておらぬから。」

維心は、顔を上げた。

「すまぬ、炎嘉。」維心の気は、悲しげだった。「我も、維月を愛しておるのだ。手放す気にはなれぬ。」

炎嘉は、苦笑しながら頷いた。

「わかったと言うに。」と、維心をがっつりと抱きしめて背を叩いた。「よしよし、主は素直よな。主の気持ちは分かったゆえ、案ずるな。」

維心は、びっくりして固まった。炎嘉は、維心を放すと笑った。

「何ぞ?別に主に懸想したのではないわ。我は男には興味はないゆえ。少し子を持つ親の心地になったから、こうしたまでよ。それとも、主が我に目覚めたか?」と、維心の全身をとっくりと舐めるように見た。「…まあ主ならば、それだけ美しいのだし相手をしてやっても良いが。」

維心は、慌てて後ろへ飛び退ると、ぶんぶんと何度も首を振った。

「ない!そんなことは絶対にない!女でも、維月以外は出来ぬのに!」

炎嘉は、声を立てて笑った。

「本気にするでない、冗談ぞ。主は面白いの!」と、歩き出した。「ではな、維心。公青のことも、まだ中途半端なままではないか。主にはまだまだ仕事が残っておる。蒼から報告があれば、我にも知らせよ。もう、戻る。」

そうして、炎嘉は出発口へと歩いて行った。

維心は、まだびっくりした余韻のままだったが、炎嘉が手を振りながら飛び立って行くのを見て、少しホッとしたのだった。


蒼は、玲がじっとその砕けた玉を調べる様子を見ていた。公青も、早朝から奏は屋敷に残して、蒼の居間へと訪ねていた。何か仕事はというのがその理由だったが、それは口実で、その実は公青が、昨夜のあの状態から自分の元居た宮が、どんな様子なのか知りたいのだと蒼にはわかっていた。

ずっと目を閉じていた玲が、翳している手を下ろして、目を開けた。

「…身代わりの術でございます。」玲は、そう言って蒼を見た。「己の気を篭めた玉を作り、それに身代わりになるための術を掛けてあります。見えますでしょうか?砕けた玉の中心に、名がありますでしょう。」

蒼と公青は、じっと目を凝らした。小さな玉の中心部分には、「公」と「青」が見える。それが、真ん中で真っ二つになっていた。

「『公青』?」

玲は、頷いた。

「誰かが、公青様を守るための玉を作ったのです。これを持っておれば、術に掛けられてもこの玉が代わりに吸収し、術を受ける。この玉を構成していた気が吸い上げられ、その急激な勢いで真っ二つに割れたものかと。二度受けておったら、助からなかったでしょうが。」

公青は、黙ってその玉の破片を指でつまみ上げ、手の平に乗せた。そして、じっとそれを見つめていたが、言った。

「微かに残っておる…隼の気が。」

蒼は、驚いて公青を見た。隼…筆頭軍神だった、今は王座に据えられたと聞いている、隼が?

「では、隼が主を助けようとしたと?」

公青は、頷いてそれをテーブルの上へと戻した。

「あれは、気が進まぬようであった。今残っておる軍神の中で、最も気が強かったゆえ、担ぎ上げられたのであろうの。あれは忠臣で、常我の命に従って、違えることなどなかった。臣下達が我を消そうと仙術を使うのを知って、密かにあのような玉を作って我に持たせておったのだ。あれは最後まで…我を助けようとしておったのだの。勝手なことで我を通そうとした、我を。」

公青は、言葉を詰まらせた。そして、そのままじっと黙った。玲が、遠慮したかのように立ち上がった。

「では、我はこれで。この玉には脅威を感じませぬ。もう効力も失った身代わりの玉。どうぞ、ご処分くださいませ。」

蒼は、座ったままで頷いた。

「ご苦労だった。」

玲は、頭を下げて出て行った。公青が、顔を上げて、言った。

「蒼よ、これは公表しないでもらいたい。西の島の宮に知られたら、隼の立場が悪うなるであろう。あやつらは隼すら殺そうとするやもしれぬから。」

蒼は、頷いた。

「そのつもりだよ。維心様には知らせなければならないけど…漏らさないようにする。」

公青は、頷いて窓の外へと視線をやった。恐らくは、もう戻れない宮のことを考えているのだろう。公青は、本当にこれでよかったのだろうか。奏を娶って、そうして違う宮で使われて生きて行くなんて。あんなに大きな宮の、王だった公青が…。

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