反乱2
宮の到着口に輿がゆっくりと下ろされた。それを感じ取った奏が、公青の腕の中でびくっと身を震わせた。回りに、大勢の軍神の気がする…皆、殺気立っているのはその気が身に痛いほどだったので分かった。
公青は、奏の耳に囁いた。
「主と我を、気で繋ぐ。」と、手を軽く上げた。「奏、このようなことになって、すまぬ。案じずとも、主のことは我の結界で守る。気で我の体にくくりつけておるので、離れることはない。我は、臣下達の動向は知っておった…ただ、思うたようには動いてくれなかったがの。」
奏は、驚いたように公青を見上げた。
「え…ご存知であられたのですか。」
公青は、頷いた。
「我を王座から降ろすため。放逐されるかと思ったが、あやつらは我の力を想像以上に恐れておったらしい…殺そうと思うておるの。」
奏は、口を押さえた。だから、小さな屋敷で共に住むとおっしゃったの。
「そのような!ああ公青様…。」
見る見る涙ぐむ奏に、公青は微笑み掛けた。
「案じるでないというに。我はこれで王なのだぞ?あやつらなど、束になっても討てぬわ。さあ、我の後ろに居れ。」
だが、公青にもこれは厳しいとわかっていた。軍神達が、何の対策も立てていないはずはない。こちらには、奏という足枷がある。奏を傷つける訳にはいかないのだ。
輿の戸の布が、左右に開いた。
「お降りください、公青様。」
王、とは呼ばれなかった。公青は、それでも奏を後ろにして、ゆっくりと輿を降りた。
回りには、全軍が輿を取り巻いているのが見えた。軍神達が輿を中心に半球を描くようにびっしりと回りを囲んでいる。その様に、奏も息を飲んだ。上にも横にも、とにかくカプセルが掛かったように軍神でびっしりだたからだ。
相良が進み出て、言った。
「もう、お分かりでございましょう。我が一族の存続のため、公青様には王の座を降りて頂きまする。」
公青は、すぐに頷いた。
「そのつもりぞ。」と、相良の後ろに黙って立つ筆頭軍神である、隼を見た。「次代王か。」
隼は、ハッとしたように顔を上げた。相良が、頷いた。
「我が宮で公青様の次に気が強く、誰も太刀打ち出来ぬのは、この隼様だけ。臣下一同の、そして軍神一同の総意で決まり申した。」
公青は、満足げに頷いた。
「もっともな判断ぞ。」と、公青は自分の腕にある、金ではあるが、古く重厚な腕輪を外した。「我が父から受け継いだ、代々の王が身に着けて参った物。主に譲ろう。」
相良は、あまりにあっさりと公青が王座を退くと言ったので拍子抜けしたようだったが、それでもこの数の軍神に隙間なく囲まれてはさすがの公青も観念したのだろうと、何も言わなかった。そして、隼に頷きかけて、その腕輪を受け取るように促した。隼は、少し迷ったような表情をしたが、しかし意を決して進み出て、公青からその腕輪を受け取った。その時、公青の袖に何か小さな物が転がり落ちたように思ったが、公青は何も反応しなかった。
相良は、満足げ言った。
「では、もうあなた様には用はない。」相良は、隼を急かしてするすると後ろへ下がった。「生きておられてはあなたを立ててこの宮を制圧しようとする輩に何をされるか分からぬ。ここで、お命を戴きまする。」
公青は、構えて険しく眉を寄せた。
「我は王座に戻る気などない。主らがこうすることはわかっておった…ゆえに正妃にすると申したのであるから。だがしかし、主らは我を消したいほど恐れておるのだの。」
相良は、ぶるぶると震えた。確かにそうだった。この王の恐ろしさは、誰よりも知っている。一族を守り、この島を統率して来た王の血筋。何よりもと敬って来た王。
「あなた様が、我らを捨てる決意をされさえせねば!」相良は叫んで、続けた。「やれ!」
公青は、手を横へ伸ばすと次の瞬間にはその手に刀を握っていた。次々に飛んで来る軍神達の太刀を裁き、囲みの外へと向かおうと斬り捨てて走った。小脇に奏を抱え、万が一にも落とさぬようにと気で自分の体にくくりつけておいたことに安堵しながらも、何とか囲みを抜けようと一気に闘気を放ちつつ上へ右へ左へと、軍神達を翻弄した。
しかし、公青が移動する方向へとその大きな囲みはぴったり移動し、隙がなかった。どうも、外へ出してしまったら、公青を仕留めることは出来ないと、必死に編み出した戦術のようだった。
「…よう考えておるの。」
公青は独り言を呟いた。傍らの奏は、生け捕りにしようとしているらしく、軍神達も何とかして捕らえようとするが、公青の傍にぴったりとくっついている奏を、無傷で捕らえることは無理だった。
気が付くと、囲まれて戦ううちに庭へと出たようで、足場が芝になった。このまま、結界外まで出ることが出来れば…誰かが気取って、奏だけでも救い出してくれるやもしれぬ。
また、相良の声が遠く聴こえた。
「これ以上出てはならぬ!仙術を!早よう!」
回りの軍神が、囲みを大きくする。公青は、仙術と聞いて歯軋りした。防ぐ術が分からぬ…何の仙術が来るのだ!
数人の軍神が、前に出て何かを唱えている。公青は奏を庇い、その術が飛んで来ると同時に近くの軍神の影へと飛び込んだ。
「ぐ…っ!」
公青の代わりにその術に当たった軍神は、見る間に気が放出され、抜け殻のように干からびた状態で目の前に転がった。
「きゃ…!」
「見るでない!」
公青は、奏を抱きしめてその視界からそれを外した。これに当たると、気を放出させられて死に至るのか。
しかし、驚いている暇は無かった。その仙術は次々に飛んで来る。回りの軍神達は、ますます囲みを広げてそれが当たらないように必死だった。公青も、奏を腕に仙術の雨の中を、何とか囲みを抜けようと広がった軍神と軍神の間を通ろうと飛んだ。
「公青様!」
奏の声が叫ぶ。
それは、一瞬だった。
公青が開いた囲みの隙間から出ようとそちらへ飛んだのを、待っていたかのように仙術が襲い、公青は咄嗟に奏を庇ってもろに背にその仙術を受けたのだ。
「う…っ!」
公青は、自分の気が一気に頭の方へ集中するのを感じた。だが、どうしても奏だけは逃がさねばならない。頭の方へと流れる気を、必死に掻き集めて、飛ぼうとした。
しかし、公青に術が当たったと見ると術が止み、軍神達の囲みが狭まって、再び隙間は埋まってしまっていた。何かが小さく砕けるような音がしたが、公青にはそれが何か確認している余裕がなかった。
もはや、これまでか…!
公青が思った時、目の前の軍神達が、まとめて一瞬にして消え去った。
「公青様!こちらへ!」
公青は、目を凝らした。誰だ?見たことがない。赤い甲冑…?
だが、公青はそちらへ向けて奏をしっかりと抱いて飛んだ。
「誰だ?!軍神!追え!なぜに公青様に術が利いておらぬ!」
公青の耳に、そんな相良の声が遠く聴こえたが、もはや宮は遠ざかっていた。
公青の両脇には、赤い甲冑を来た金髪の鳥と、獣のような気を放つ浅黒い肌の頑強な神が、がっつりと自分を掴んで飛んでいるのが見えた。
「主らは…?!」
相手は、答えた。
「我は嘉楠。こちらは猛。素性はここでは知らせられぬので、こうして赤い甲冑を着ており申す。我が王の命にて、お二人を保護し月の宮へとお連れ致す。」と、ちらを後ろを見た。「追手は我が。猛、白虎軍と合流せよ。すぐそこぞ!」
「は!」
猛は、公青をがっしりと掴むと、離してたまるかとでもいうような形相で物凄い速さで飛んだ。公青が振り返ると、嘉楠が追って来た軍神達を事も無げに散らしている。
そうして、公青と奏は、猛に引きずられるようにして、結界外、つまりは領地の外へと出たのだった。




