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宴の月

まだ早い時間なので、日の光に庭は美しくよく見えた。吊殿は、庭に向かい、まるで舞台のように板の間がせりだしていて、回りには庭から流れている小川がそれに沿うように配置され、別世界のようだった。

こちら側から三段ほどの木の階段を登ってそこへ足を踏み入れた蒼は、案内されるままに奥の敷物の方へと歩いて座った。回りには既に酒の肴や酒が乗せられた台が置かれてある。隣に座った十六夜が言った。

「こんな場所で飲むのは初めてだ。オレはあんまりこういう場には来ないからなあ。」

蒼は笑った。

「オレは維心様が前世ここで統治されてた頃から何度も来たよ。母さんがここを好きなんだ。だから維心様は、内輪の集まりの時はよくここへ準備するように命じてたから。」

十六夜は、空を見上げた。

「確かになあ。維月がここを好きなのは、月がよく見えるからだろうよ。今は明るくて見えねぇけどな。」

十六夜は、少し得意そうだ。箔翔が、その向こう側から言った。

「月なのだから、月が見える場の方がいいのは当然だと我は思うがな。それにしても、龍の宮にはこんな場があちこちにあるの。我も、宮を少し変えて参ろうかと思うておる。父上の代で、広間などはほとんど使わなくなって物置のような状態であるし、こんな庭へ出た酒を飲む場もないゆえ。」

すると、炎嘉が蒼の隣で言った。

「ここは神世最古の宮であるから。昔からいろいろと退屈を紛らす場を考えて作っておるのだ。ここは維心が作らせたものであるが、あまりに良いから我も鳥の頃宮に同じような物を作らせた事がある。大広間では同じ風景が、ここでは庭の変化で違って見えよう?」

蒼は、頷いて庭を眺めた。特に龍の宮の、この南の庭はどこの宮の庭よりも美しいのだ。神世では娯楽が少ないため、庭や宮に凝ってそれを紛らわせようとする。時に人が自分を祀った社の前で舞いなどを奉じるのを楽しんで見たり、それぐらいしか楽しみがないのだ。

志心が微笑んで言った。

「我が宮の近くの集落は、未だ我を祀った社の前で、年に一度舞いやら演奏やら献上して参るのだ。我が宮の者達はそれを楽しみにしておって、毎年それを見るためにと、別宮をそれを臨む場に作らせての。つい二月ほど前に、皆で鑑賞したところぞ。」

炎嘉は、羨ましげに志心を見た。

「何ぞ、我も呼ばぬか志心。我らを祀っていた人は、時と共に居なくなってしもうて今では忘れられておるから、ついぞそんなものがないのだぞ。仕方がないゆえ、ここへ押しかけて見ておるのに。」

「志心の所と同じ頃のことぞ?」低い声が割り込んだ。「なぜか人は皆、秋頃神に奉じるようであるから。」

声の方を見ると、維心が維月の手を引いて、こちらへ歩いて来るところだった。維月は例によってかんざしが重そうで、ゆっくり歩いて来るが、いつもの公式よりもかなり少ない量のようで、とにかくは一人で歩けているようだ。公式の時は、侍女達が回りを囲んで持ち上げないと歩けないほど袿やかんざしが重いのだ。しかし、蒼はその維月よりも、維心の姿に目を奪われていた。いつもそれは魂が洗われるような美しい姿ではあるが、今日はいつもに増して、それは凛々しく目が覚めるようだった。

「維心。」炎嘉が、うんざりしたように言った。「また主は。なぜにこんな内輪の少人数の場へ、そのように盛大に装って参るのよ。己の姿の影響力を知らぬにもほどがある。本日の主役が霞んでしまうわ。少しは遠慮せぬか。」

維心は、ふんと鼻を鳴らすと、維月の手を放して肩を抱くと、座った。

「主だってそのように美しく装っておるではないか。維月が我を見劣りすると思うてはならぬからの。」

維月が、横から言った。

「ですからそのようなこと、絶対にありませぬと申しましたのに。普通にされておっても美しいのですから、皆が維心様に見とれて困ってしまいまする。ここへ来るまでとて、侍女達が呆けてしもうて大変であったではありませぬか。」

維心は、維月を見て首を振った。

「他は知らぬ。主が良いと思うなら良い。」

維月は、ため息をついた。十六夜が言った。

「相変わらずだなあ、維心。お前、維月がちょっとでも他の男を見たら不安なんだろう。心配しなくても、こいつは頑固だしお前の姿は完全にストライク・ゾーンど真ん中なんだから、大丈夫だって。」

維心が片眉を上げる。炎嘉が負けじと言う。

「だが、維月は我のことも見ておる時があるぞ。」

十六夜は、うーんと考え込むような顔をした。

「そりゃあこいつは、人の時から綺麗な男が好きだったからな。だが、オレが前世今生ずっと見て来て知ってるのは、髪の色も瞳の色も、暗めの方がいいみたいだぞ。お前の髪は金髪っぽい茶色だし、目だって赤っぽい茶色じゃないか。見た目だけってんなら、維月の好みからは外れるよなあ。」

維月は、余計なことを言って、と顔をしかめる。炎嘉が、がばと維月を見た。

「維月、そうなのか?!主、我は好みではないのか。」

維月は、困った。好みかどうかと言われたら、華やかな炎嘉の美しさも好きだ。だが、選べと言われたら維心のようなどこか影のある美しさが好きだった。

「あの…炎嘉様のお姿も、大変に美しいし、私は好きですわ。」

炎嘉が、ほっとしたような顔をした。

「そうよの。姿だけと言うたら、十六夜だって髪は青銀で目は金色であるしの。」

十六夜は、それでも続けた。

「オレはいい。姿がない時からお互い想い合ってたんだもんな。ただ維月は、いつなり影のあるような男を見ていたよな。だからって付き合うとかなかったが、知り合って取り合えず茶を飲んだりしてたのは、真っ黒の髪で背が高くて体格のいい、ちょっと女に不器用そうな影のある寡黙な男ばっかりだった。」と、維心を見た。「だが、皆人だったから、維心ほど綺麗な顔してたのは居なかった。オレは維心を見た時、維月の好みのど真ん中だと思ったもんだ。」

維月は、十六夜に手を振った。

「もう、やめて十六夜。昔のことでしょう?こんな場で言うことじゃないから!また、今度にでも。」

蒼は、十六夜の話を聞いて苦笑していた。確かに、維月はそうだったからだ。だが、自分の何もかも知っている十六夜に、つらつらといろんなことを明かされてしまってはたまらないだろう。

十六夜が維月の気持ちに気付いて口をつぐんだ。しかし、維心は真剣な顔で言った。

「我は維月の好みであるか。」

維月は、t困ってちらちらと炎嘉や他の神を見ながら、小声で言った。

「はい。ずっと申しておりまするのに。」

維心は、ぱあっと表情を明るくすると、傍目も気にせず維月を抱きしめた。

「維月!我も主しか惹かれぬぞ!」

十六夜が呆れたようにため息をつく。炎嘉が、憤然として言った。

「こら維心!我の前でそのようにベタベタするでない!好みだからと言って何ぞ!こら、聞いておるのか!」

するとそこで、兆加の声が高らかに告げた。

「晃維様、公青様、奏様、重臣相良殿、お越しでございます。」

炎嘉が黙って、居住まいを正した。維心も、維月から腕を放して手を取るだけに戻した。晃維が、先に立って吊殿の上へと足を進める。公青は、その後ろを奏の手を取って歩いて来た。そして、その二人の後ろから、相良がとても結納後の臣下とは思えぬような、険しい表情で下を向き気味でついて来ていた。

晃維が、維心の前に来て頭を下げた。

「無事に済みましてございます。」

維心は、頷いた。

「主も肩の荷が下りたの。座るが良い。」

晃維は、維月の隣りに座った。公青が、維心に会釈した。

「この度はこちらの宮を使わせて頂いて感謝しておる。」

維心は、頷いた。

「龍の王族の結納であるゆえ。こちらで受けるのが筋かと思うた。」と、奏を見た。「主も、突然のことで驚いたやもだが、公青は礼を尽くしてくれた。このうえは、幸福にの。何かあれば、我からも力添えしようぞ。何なり申せ。」

奏は、深く頭を下げた。

「はい。ありがとうございまする。」

そうして、公青は奏と共に維心の前へと座った。相良が、その後ろに隠れるように座る。炎嘉が、言った。

「それにしても、主は軍神は供に連れておらぬか?本日は重臣の顔しか見ぬの。」

公青は、頷いた。

「本日は必要ないかと思うた。輿を運ぶ軍神だけぞ。」

志心が、横から言った。

「まあ、ここまで敵など居らぬわな。公青の宮からなら、我の領地の上を飛べば、すぐに龍の領地へ入れるし。」

蒼は、奏に微笑みかけた。

「それにしても、奏が幸福そうで良かった。宮から居なくなった時は大変に心配したが、顔色もいいし。」

公青が、軽く蒼に会釈した。

「すまぬの。主らが油断するのを待っておったのだ。突然に連れ参って、悪かったと思うておる。」

あくまで、自分が略奪したのだと貫き通す公青に、維月は黙って見ながら感心していた。月の宮での宴では、とても嫁ぎたいなどと思えるような王ではなかった。それなのに、奏のことはこれほどに…やはり、心があるのとないのとでは、これほどに扱いが違うのだ。

維心が言った。

「主は目が高いの。晃維は我の前世の息子の中でも、気質が維月に近く穏やかな龍だった。妃は蒼の娘で、おっとりとした娘。その娘の奏は、気立ての良い娘ぞ。龍というても、月の割合が多いのではないかと思われる。お互いに幸福になれれば良いの。」

公青は、奏と視線を合わせて微笑み合った。

「既に幸福ぞ。」と、奏の手を握り直した。「維心殿の気持ちが、今分かる。維月殿をそこまで思う気持ちが、我にはようわからなんだのだが。これさえ居れば、他は要らぬ。ほんにこんな心持ちがあるとは。」

奏が、恥ずかしそうに赤くなって下を向いた。晃維が、それを見て微笑んだ。

「安心した。たった一人の娘であるから。早よう落ち着けば良いな。」

ほのぼのとした空気が場を支配して、炎嘉ですらうっすらと微笑んでいる。

しかし、相良はただそんな様子を、じっと険しい顔を崩さずに見つめていた。蒼と十六夜は、気遣わしげに視線を合わせて、ふっと密かに息をついた。

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