ドラゴンと月
美加は、治癒の部屋の一室で、ベッドに横になって赤子の入っている包みを抱き、ヴァシリーとその顔を覗き込んでいた。ヴァルラムと十六夜と維月は、固唾を飲んで碧黎がじっとその赤子を見つめているのを見ていた。すると、碧黎が、言った。
「…確かに、ドラゴンよな。しかし、龍が微かに残っておるような。月が強いゆえ、龍が押されておるような格好になっておったところへ、ドラゴンの強い遺伝子が入ったので、こやつはドラゴンなのだ。要は、月が抑えた龍を、ドラゴンが凌駕した状態ぞ。面白いの。いろいろ混じると、こうなるのか。」
十六夜と維月は、顔を見合わせた。
「では、美加は完全な龍ではないのですか?」
碧黎は、首をかしげた。
「いや、美加は龍ぞ。だが、帝羽が鷹を身の内に持つように、身のうちに月を多く持っておったのであるな。まあ、遺伝子の具合でどうなるかなど、分からぬのだ。此度はこうなっただけで、次は龍かも知れぬ。」
美加は、愛おしげに子を撫でた。
「どちらでも良いのですわ。でも、我はドラゴンであってよかったと思うておりまする。」と、ヴァシリーと微笑み合った。「やはり、ここはドラゴンの城。その方が、生きやすいのです。」
ヴァシリーは、生まれたばかりの息子の頬に指で触れた。
「我も。どちらでも良いと思うておったが、こうしてドラゴンであったからには、王にもなれるような軍神にしてやらねば。」
ヴァルラムが、苦笑して言った。
「まだ己が王ではないのに。主も気が早いことよ。して、名は決めたのか?」
ヴァシリーは、うなずいた。
「ミハイル。」と、美加を見た。「これほどに苦労して生んだのだ。ミカの頭文字を与えることにした。」
維月が、それを聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「まあ。美加はでも、とても早かった方よ?本来、もっと時間が掛かるわ。でも、美加が本当に大事にされてるようで、私も安心したわ。とても幸せなのね。」
美加は、維月に微笑みかけた。
「はい、お祖母様。このような幸福は、思いもしませんでしたわ。まさか、軍神として、共に戦うことまで出来るとは思ってもいませんでしたから。」
維月は、涙ぐんだ。
「良かったこと。何も言わぬけれど、明維もとても案じておってよ。知らせておくわね。」
それを聞いた美加は、驚いたように目を丸くしたが、見る見る目を潤ませた。お父様…。
ヴァシリーが、そんな美加の肩を抱いて、言った。
「父上には、ご挨拶も出来ず。我は、いつかお許しが出れば、ミカが今はこうして大変に良い神として生きておることを、お話したいと思うておりまする。」
維月は、うなずいた。
「いろいろと対面があって。でも、またそのように申しておくわね。」
ヴァルラムが、背後から言った。
「さあ、ではそろそろ我らは出なければ。美加を休ませねばならぬ。乳母は?」
ヴァシリーは、背後を指した。
「そこに。」
そこには、一人の若い女神が、気の大きな神達を見て、入って来れずに隠れるように立っていた。ヴァルラムは、言った。
「乳母か。美加を休ませてやるが良い。ミハイルの部屋も、準備されておろう。そちらへ。」
乳母は、回りを気にしながらも、すすすと進み出て頭を下げた。
「はい、王よ。」
ヴァルラムは、それを見てから、足を戸へ向けた。
「参ろう。これから忙しくなるのだ、ここで休ませねばの。」
そうして、皆はそこから追い出されて、維月はミハイルを抱けなかったと文句を言いながら、十六夜と共に月へと帰ったのだった。
「ほう、ドラゴンとな。」維心は、維月から事の次第を聞いて、龍の宮の居間で言った。「やはり、月の命が重なると、我ら龍の血も形無しよな。龍が生んで違う種族が出て参るなど、前世今生合わせて初めて聞くわ。」
維月も、維心に肩を抱かれながら、頷いた。
「はい。私もそのように。明維は、何も申しませんでしたが、ホッとしたようでしたわ。やはり、父親なのですわね。」
維心は、頷いた。
「そのようよ。あのような事さえ無ければ、今も親子であったのにな。まあ、美加は幸福なようではないか。良かった事よ。」
維月は、微笑んだ。
「はい。夫のヴァシリーと共に、軍神として仕えておるようですわ。本当に…このように幸福な事は、想像もしておりませなんだ。」
維心は、ふと思いついたように言った。
「…そういえば、蒼は?あれより何も言うて来ぬの。公青のことは、うまく収まったのであろうか。」
維月は、それには表情を曇らせた。
「それが…何も聞いてはおりませんが、どうやら奏まで具合を悪くしておるようで、蒼もそちらが気になって、公青様どころではない様子。兆加に聞きましたところ、もはや公青様の臣下達は新しい妃の事は言わぬのだと言う事ですし、あちらは収まったのではないでしょうか。宮のごたごたと言うて、その事以外は見当も付きませぬ。」
維心は眉を寄せたが、しばらく考えて、頷いた。
「ならば良い。あれが妃を押し付けられるぐらいで引きこもるようなヤツではないように思うが、それしかないと申すならの。余所の宮の事まで、我も案じておる暇はないし。」
維月は、維心を見上げた。
「維心様は、たくさんの案件を抱えておられるのですものね。」と、維心の首に腕を回して唇を寄せた。「それでも、そうやっていろいろなことを頭の隅に置いておいてくださる、お心の大きさに私はとても惹かれまする。」
維心は、意外だったので驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに維月の腰に手を回して維月の唇を受けた。そして、言った。
「主は、我が主を惹きつけようと思うておる時にはつれないくせに、こうして何でもない時に寄って参るの。難しい妃ぞ。」
維月は、ふふと笑った。
「あら?何でもないなんて…今は気が進みませぬか?」
維心は、クックと笑うと、首を振った。
「主の誘いを断れぬと、常申しておるではないか。しかし、今は主が常言う、昼間であるぞ?それでも、我を乞うか?」
維月は、維心の頬に頬を摺り寄せた。
「昨夜は別々であったのですから。でも、維心様がそのようにおっしゃるのなら、夜まで待ちまするわ。」
維心は、維月を抱き上げながら、笑った。
「我は待てぬの。主からそのように誘うことなど、滅多にないのであるからな。」
そうして、維心は維月を抱いて、奥の間へと歩いて行った。
蒼は、十六夜から美加が無事に出産したことを聞かされていた。奏のことで頭を悩ませていてそれどころではなかったが、しかしあの美加が、改心して遂に母になったのだと思うと、感無量だった。
「維月も安心していたが、ヴァシリーはほんとに美加を大事にしてるよ。治癒のドラゴン達に部屋から追い出されても、廊下でずっと生まれるのを待ってたんだぞ?あいつら、今ではお互いの背を預けあって戦う軍神らしいから、出産だって一緒に戦いたかったんだろうなあ。」
蒼は、息をついた。
「美加の気性だったら、軍神ってのが一番合ってたんだろうね。それにしても、幸せになれそうになかった美加がそんなに幸福そうで、幸せになりそうだった奏が悩んでるなんて、困ったことだな。」
十六夜が、驚いたように蒼を見た。
「なんだって?奏は、まだ悩んでるのか。あいつは、いったい何を寝込むほど悩んでるんだよ。」
蒼は、ため息をついた。
「言えればいいんだけど、言ってどうにかなるわけでもないしね。」と、頭を抱えた。「本当にもう、龍ってのは厄介なんだから。」
十六夜は、椅子に座ってそっくり返った。
「オレも同意見だが、月の命だって馬鹿に出来ねぇんだぞ?」十六夜は、ふふんと得意げに笑った。「月の命ってのは、重なると龍の血を抑えるらしい。だから、維月と蒼の血が二代に渡って混ざった美加は、龍なのにドラゴンを生んだんだぞ?すげぇだろう。ま、親父に言わせれば、次は龍かもしれないってことだが、とにかくは今回はドラゴンだったわけで、そういうこともあるってことだ。龍は、月が混じれば絶対じゃねぇのさ。」
蒼が、頭を抱えたまま固まっていたが、急に十六夜に飛びついた。
「え、なんだって!?美加の子は、ドラゴンだったのか!」
十六夜は、びっくりして身を退きながら蒼を見た。
「な、何だよ急に。言わなかったか?ドラゴンだったんだよ。それで、維月と不思議だからって親父を呼んで、わざわざ見てもらったんだ。それで、どうなってるのか知ったんだがな。」
蒼は、まだ十六夜を掴んだままだった。
「それで、どれぐらいの確立でそうなるって?!」
十六夜は、両手を前に出して、蒼を押さえながら答えた。
「知らねぇっての!ドラゴンは強い遺伝子を持ってるからかもしれねぇし、オレだってそういうことはよくわからねぇんだよ!親父に聞け、親父に!」
蒼は、十六夜を放した。奏…和奏と、晃維の娘。和奏は自分と桂の娘、晃維は維月と維心の息子。条件は、美加と同じだ。もしかして…もしかするのか。
十六夜は、じっと黙って何かを考えている蒼に、恐る恐る話しかけた。
「蒼…?」
蒼は、突然に立ち上がって天井を見上げた。十六夜は、びくっとしてそれを見上げた。
「碧黎様!お聞きしたいことがあるんです!」
十六夜は、ただただ呆然と蒼を見上げて座っていたのだった。




