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不安

公青は、月の宮を訪れていた。

月の宮へ侵攻してから、もうかなりの年数が経過した。白虎の王、志心から教えを受けて、今では公青もかなりこの神世がどのように動いているのか、それにどのような関係を築いているのかわかるようになった。なので、今では公青も立派にこちらの神世でも序列が付き、その力から本来なら月の宮と龍の宮と肩を並べてもおかしくはないのだが、それでも前科を持つということで、とりあえずは上から二つめ、月の宮ランクでいうところの、Aランクへと格付けされて、力を持っていた。

月の宮の王、蒼は、公青が待つ謁見の間へと入って来た。

「待たせてしまったな。今日は一般の謁見も多くて、すまないな。」

公青は、首を振った。

「良い。我が突然に来たのだからの。」

蒼は、公青の前の席へと座った。

「で、急にどうしたのだ、公青?最近では、鷹の宮を訪れる回数が多いのだと維明を通じて聞いておったが。」

公青は、眉を寄せた。今の話のどこに機嫌を損ねるところがあったのかと蒼はいぶかしんだが、何でもないように公青の言葉を待った。

「…それよ。」公青は、苦々しげに言った。「主、いくらか聞いておらぬか。鷹の、箔翔殿のことぞ。」

蒼は、両眉を上げた。

「箔翔のこと?…いや、特に何も。箔翔のことを聞きたいのなら、ここより龍の宮へ行った方がいいだろう。維明や、帝羽の方がよく知ってると思うがな。」

公青は、首を振った。

「あれらはダメだ。先に行って聞いて来たわ。だがしかし、あれらは友であり弟であろう。真実など教えてくれぬ。知っておっても、何も言うまいが。」

蒼は、首を傾げた。

「しかし…何か、不都合でも?」

公青は、急に声を荒げた。

「大ありぞ!」と、言ってしまったから、慌てて表情を抑えた。「その…箔翔には、我の妹である、結蘭が嫁いでおるのだ。婚約の取決めからかなりの年数待たされたが、それでも何とか鷹の宮へ入った時には心底ほっとしたもの。それが…あれからもう数十年は経つかというのに、一向に子が出来る気配もない。我としては、あれが早よう世継ぎを産んで、宮での地位を確かなものとするのを見たいと思うておったのに、案じるようになっての。結蘭に話を聞きに、再三鷹の宮へと通っておったのだ。最初は何も言わなかった結蘭も、やっと白状した…箔翔殿は、最初こそ足蹴く通っておったようだが、もう何年も全くあれに通うておらぬのだ。」

蒼は、顔をしかめた。つまりは、合わなかったのか。

宮同士の、政略結婚ではよく聞くことだった。だが、高い序列の宮の皇女には、王も気を遣って無理にでも通うものだという。王が渋っても、臣下が何度も勧めるので何十年も何もないなど、あるはずもなかった。

だが、箔翔は通っていないと。

「…夫婦のことは、オレにも全く。箔翔とは、宮の会合でしか会わないからな。その時も、維明のこととか帝羽のこととかしか話さないし、結蘭殿のことなど出たこともない。だから、オレには答えようがない。」

公青は、息を付いた。

「確かに、そんなものかもしれぬ。我とて気に入らぬ妃ならばあまり通わぬものだからの。しかし、結蘭は我が妹ながら大変に美しく、女神として非の打ちどころのない女ぞ。何が不満なのか、聞きたいと思うのに、結蘭は本人には聞いてくれるなと泣いて頼むので、箔翔殿を問い質すわけにもいかぬ。途方に暮れておるのだ。」

蒼は、ふーむと考えた。非の打ちどころのない女神。そう言えば、維心様もそんな風だった。女神はダメなのに、母さんのような変わった女にあれほどに夢中になっている。箔翔も、もしかしてそうなのだろうか。でも、そんな話はしたことがないしなあ…。

「…わかった。」蒼は、嫌嫌ながらも言った。「仕方がない。少し、オレから維明とかにそれとなく聞いておくよ。神の好みはそれぞれだし、それによってどうなるのかわからない。オレなんかは、女神らしい女神が好みだが、維心様は全く違うタイプが好みだったし。箔翔も、もしかしてそうなのかも。とにかく、今オレから主に話せることは何もないな。」

公青は、目に見えてがっかりしたようだったが、それでも、希望を持って頷いた。

「手間をかけるの。頼んだぞ。何しろ、我にとりたった一人の妹なのだ。あれが幸福になるためにと高い序列の神を選んだというのに、報われぬとなると責任を感じるのだ。もしかして、間違えたのかと。」

蒼は、苦笑した。公青は、とても妹思いなのだ。

「わかった。出来る限りのことはしてみる。また、書状でも遣わせるから。」

公青は、頷いて立ち上がった。

「頼んだぞ、蒼殿。主ぐらいにしか、こんなことは言えぬのだ。他は何を温い事を言うておるのだという顔で見る…確かに、神世で妃とはそんなものであるから。王に真に気に入られる女など、ほんの一握りなのだ。我だって、二人の妃にはこの数年面倒で通うておらぬしな。」

蒼は、困ったように微笑んだ。

「気持ちは分かるがな。臣下が決めて参った妃であろう?」

出て行く公青と並んで歩きながら、蒼が言うと、公青は何度も頷いた。

「そうよ。まああの地は島国であるから。大きいとは言え、それでも女は限られておるわな。その中で美しいからとか何とか言って連れて参ったのだが、我はそれほどでもないと思うておった。そんな中、こちらと交流が始まって、龍の宮へ行って驚いたわ。侍女でさえ、驚くほどに美しかったのだからの。引っ込んでおったことを、あれほど後悔したことはない。」

蒼は、回廊を歩きながら、公青が真面目な顔で言うのに笑ってしまった。

「ああ失礼。主があまりに真面目に言うから。だが、それなら誰か娶れば良いではないか。もう序列も高いのだ。いくらでも娶れるだろうが。」

公青は、顔をしかめた。

「龍はならぬ。龍しか産まぬではないか。よっぽど入れ込んだならこの限りではないが、我が子なのだからの。龍が我が皇子となって、後を継ぐとなるとややこしい。主に娘は?」

蒼は、ため息をついた。

「もう数百年早ければな。残っておる皇女は皆、適齢期を過ぎてしもうた。もう子は産めぬ。」公青が驚いた顔をしたので、蒼は続けた。「なんだ、知らなかったか?オレはこうして姿を変えないが、妃達はもう700歳を越えて老いた姿になっておる。亡くなった妃も居る。なので娘は既に400歳から500歳。とても主になど言えないな。」

公青は、驚いて立ち止まった。

「そうか、月は不死だと…老いぬのだな。だがそれならば、主に結蘭を娶ってもらえばよかったの。さすれば大事にされたろうに。」

蒼は、苦笑して首を振った。

「今居る妃に心労を掛けたくないのだ。あれらを見送ってから、考えたいと思っている。なので、打診されておっても断っただろうと思うぞ。」

公青は、また歩き出した。

「そうか…それはまた、主は我慢強い男よな。ま、我とて妃がおるのに通っておらぬのだから、変わらぬかの。」

すると、下の出発口へと繋がる大きなホールへと出た。向こうに、一人の女神を見つけた公青は、びっくりして立ち止まった。すると、蒼がそれを見て公青の視線の先を追い、そちらへ呼びかけた。

(かなで)!」

すると、その女神はこちらを向いた。そして、こちらへ急いでやって来て、頭を下げた。

「お祖父様。お客様でいらっしゃいまするか?」

蒼は、頷いた。

「西の大きな島を統べている王、公青ぞ。」と、公青を見た。「公青、これはオレの娘の和奏と、維心様の前世の皇子、晃維との間の娘、奏。」

奏が、深々と頭を下げた。

「公青様。初めてお目に掛かりまする。奏でございます。」

公青は、しばらく呆然と見ていたが、慌てて返礼した。

「そうか、蒼殿の孫にあたられるか。」

蒼は、頷いて言った。

「ずっと、西の砦で育ったので、嫁の貰い手もなくなると晃維が案じてな。行儀見習いにと、こちらに滞在しているのだ。最近では、かなり慣れて参ったのだが。」

公青は、まだまじまじと奏を見ていたが、頷いた。

「慣れておらぬなど。立派に、王族の女神ではないか。」

奏は、頬を染めた。

「ありがとうございまする。ですが、とても緊張してしまって。いつも、月の宮ではあまり礼儀には厳しくないからと、大目に見てもらっておりますので…お客様には、失礼があるのではと案じてしまって。」

その素直な様子に、公青は驚いた。女神は、あまり思ったことを口にしないからだ。

蒼は、奏を見て言った。

「こら。思ったことを、何でも口にしてはならぬと言うておるのに。困ったものよな。」

そう言いながらも、蒼は奏が可愛くて仕方がないのが口調から分かった。奏は、それこそ恥ずかしそうに下を向いた。

「も、申し訳ありませぬ。」

しかし、公青は首を振った。

「良い。我は気にはせぬ。素直な方が、いくらか分かりやすくて良いぞ。」

蒼は、その言葉をどこかで聞いた気がした…確か、維心が維月に言う言葉と同じだ。分かりやすい。

あまりにまじまじと公青が自分を見るので、奏は恥ずかしがって更に下を向いて真っ赤になっている。蒼は、気の毒になって言った。

「では、公青。維明に事を聞いておくゆえな。」

公青は、ハッとしたように蒼を見た

「維明殿に?…ああ、そうだったな。頼んだ、蒼殿。」

公青は、奏にも会釈すると、そこを出て行った。

蒼は、公青の様子に、真剣に頼みに来ただろうから聞いてやろうと思ったのに、そうでもないのだろうか、といぶかしんだのだった。

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