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龍王

箔翔は、この月の宮にある維心の対へと向かっていた。

自分でも驚いたが、昨日ちょっと庭で会った女のために、維心に話をするためだ。そんなことをする必要など本来ないし、箔翔はそこまで情深いわけではなかった。しかし、昨日は心につかえていたものが無くなったような感じがして、再出発の新しい気持ちでいた時だったので、自分と同じような生まれの女の言うことにも、耳を傾けようという気になったのだ。

そして、これまであまり疑問に思っていなかったことが、昨日の話で意識に上って来た…そういえば、なぜに父上は罰しられなかったのだ?

父は、維心や炎嘉の前で、確かに息子の母は人だと言った。そうやって公言したにも関わらず、それが表立って騒がれることもなく、普通に済んだ。父は、「維心が禁じておるのはわかっておったが」と言っていた。分かっていてやったことなのに、あれが何の咎めもなく済んでしまったのはなぜなのだろう。

今は鷹の王で、箔翔が維心から何某か言われることはあまりない。序列も同じ、最高位の宮として、龍の宮と鷹の宮は並んでいるのだ。それゆえなのか。

いろいろと考えながら歩いていると、維心の対の、居間の入り口へと到着していた。

「維心殿、箔翔でございます。」

声を掛けると、中から低い聞き慣れた声が答えた。

「入るが良い。」

箔翔が戸を開いて中へと入って行くと、龍の宮と同じように、維心は維月と並んで正面の大きな椅子に座ってこちらを見ていた。箔翔は、軽く頭を下げた。

「維心殿。お時間をお取りして申し訳ない。」

維心は、首を振った。

「良い。主とは久しいの。座るが良い。」

箔翔は頷いて、維心に向かい合う席へと座った。維心は、言った。

「宴の席では、何やら動きがあったようであるの。我は炎嘉と庭へ出ておったので、戻ってから志心に聞いたのであるが、妃を里へ帰したのか。」

維月が、少し驚いた顔をした。知らなかったようだ。箔翔は、頷いた。

「あの席には、公青殿も樹藤殿も居て、公青殿から決着をつけようとの事になり申して。あちらも、樹藤殿の娘を里へ帰すことになり、我も妃を公青殿に返すことになった。いろいろと胸のうちにわだかまっておったことが、あの席で全てすっきりとした状態です。」

維月は、袖で口元を押さえて、下を向いた。すっきりって…その、妃達はどんな心持ちだったのだろう。男同士で勝手に決めてしまって、どうして神世の男って先に当事者の女の気持ちを聞いたりしないのかしら…。確かに、実家の父や兄が、娘や妹を案じているのは分かるけど、それでも、離婚するのを決めるのは、当事者同士なのではないかしら。

それでも、維月は黙っていた。神世のことは、分かっていたからだ。これほどに男社会なのは、力社会だから。力を持つ女の軍神も、居ないわけではないのだ。男と同じように戦えれば、神世では同等の扱いを受けるのだ。人世とは、価値観が全く違う…。

維心は、維月の様子を感じ取っていたが、何も言わないので、自分も維月に何も言わなかった。そして、箔翔に言った。

「ならば良かったことよ。何事も、先を考えて行なうようにせよ。臣下の言うことを、そのまま受けておったら宮は良いようにされてしまうぞ。ま、今の主ならこの限りではないの。王らしゅうなった。」

箔翔は、少し顔を紅潮させた。滅多に褒めない維心が褒めたので、驚いたらしい。しかし維心は、先を続けた。

「して、わざわざに何用か?主が来たのは、こんな雑談をするためではあるまい。」

箔翔は、ハッと顔を上げて、頷いた。

「は。実は、かねてより疑問に思うておったことが。」維心が、眉を上げる。箔翔は、続けた。「我の、父のことです。我の母は人であり、なので我を生んで死んだと聞いております。それなのに、それを公言した父は、なぜに罰しられることがなかったのでありましょうか。」

維月は、確かに、と顔を上げて維心を見上げた。確かにそうだ。王の我がままはしょっちゅうなので、またそんなことをして箔炎様ったら、みたいな気持ちでいたが、維心も同じように呆れた様子であっただけで、罰などということは炎嘉の口からも出なかった。それどころか、跡取りが出来て良かったようなことすら…。

維心は、維月の視線も感じて落ちつかなかったが、息をついた。そう来たか。

「…主に言うて良いものか。箔炎とは、友での。あやつも大概長い生であって、先に死んで転生した我らとは違い、ずっと生きていた。それがどれほど辛いか、我らには分かっておるつもりぞ。そんな箔炎であるから、早よう責務を全うして一度黄泉へと向かわせてやりたいと我も炎嘉も思うておった。その責務とは、箔炎の後継を遺すことだろうと、我ら皆思っておった。鷹族を衰退させぬためにの。だからもう、何でも良いから子を、という雰囲気で、主を人の女に産ませたと聞いても、そうか、ぐらいにしか思わなかったのだな。人の女一人と鷹族全ての未来。それを天秤に架けると、我ら王は、鷹族を取る。当然のようにな。その結果ぞ。その、生まれ出た子が世にどのような影響を与えるかで、親のことは決まる。つまりは、そういうものだと思うてくれたら良いわ。」

箔翔は、維心をじっと見た。

「つまりは、父が母に産ませた我が、鷹族を背負う神であったから、父は沙汰を免れたと?」

維心は、頷いた。

「その通りよ。そこらの神が、気まぐれに人の女を娶って子をなすのとは、訳が違うのだ。そんなことを許しておったら、神の男は何をするか分かるまい?いくら人の女とは言うて、そこらの神の子を産むために死するなどあってはならぬのだ。もちろん、箔炎は悪い。べつに人でなくとも、神の女に産ませておっても、あれの後継に出来たのであるからな。しかしの、主は作ろうと思うて出来た子ではなかった。気がついたら、勝手に生んでいて、主が残ったのだ。我もどう言うたらいいのか分からぬが、とにかくは主ゆえに、箔炎は罪を問われず済んだということぞ。あくまで、世にとってどれだけの影響力を持つ子であるかによるの。」

箔翔は、じっと考え込む顔をした。維月も、考えていた。ということは、輝章が生ませた女の双子、凛と唯ではきっと維心のこの考えの範囲には入らないだろう。あの二人は、誰の後継でもなく、世を動かすような女神達ではない。何しろ輝章は第二皇子で、知章の宮の後継問題にも関係がない。知章には、既に二人の皇子が居るからだ。

箔翔が黙っているので、維心は言った。

「しかし、なぜに急にそのようなことを。気になっておったのなら、今までいくらでも機会があろう。主は我が宮に修行に来ておったのだからの。今になって何を思うた。」

箔翔は、言うかどうか迷ったが、維心には何も隠せないし誤魔化せないのを知っていたので、口を開いた。

「…実は、昨夜南を散策しておる時に、凛と申す半神の神の会いました。その時、その女も我と同じように母が人だと聞き、父が罰しられるのをそれは案じておった。その時、思うたのです。そういえば、なぜに我が父は罰しられることがなかったのかと。」

維月は、驚いて箔翔を見た。では、箔翔は凛に会ったのか。でも、それはまだ維心様に公式には言っていないのに…。

しかし、維心は深いため息をついた。

「まあ、それは維月から非公式にいくらか我の耳に入っておる。それから義心に調べさせたゆえ、ほとんどのことは知っておるが、何も言うて来ぬので、見て見ぬふりをしておる状態。」

義心に調べさせてたの?!

維月がびっくりして維心を見ると、維心は苦笑して維月を見た。

「いずれ我に何某か言うて来るだろうと踏んで、先に考えておこうと思うたゆえのこと。だが残念なことに、輝章を罰せずに済むような理由は何も見つからなかった。同じ命であっても、主とは違うのだ、箔翔よ。あれらは、世を背負うような神ではない。」

維月は、あまり興味もないような維心に、何も考えておらずに、当日気分で決めるのだろうと思っていたことを悔やんだ。維心は、いつでもいろいろなことを考えている。些細なことでも、多方面から見て判断を下している。前世から見て分かっていたはずなのに、維心のことを甘く見ていた。

「…維心様。実は、この後蒼が、知章殿や凛、唯を連れ、十六夜と共にそのことについてお話に参る予定でありまするの。ですが…もう、決まっておることでございますのね。」

維心は、悲しげに維月を見ると、その頬に触れた。

「分かっておる。そうだろうと思うておったからの。我とて、救える道はないかと考えたのだ。だが、無いの。十六夜が調べて参った事実というのも、我は義心から聞いて知っておる。感情的なことはさておき、いくら女が求めたからと、子をなすのは間違いであった。我が禁じておる。そうしたいのなら、輝章は我に問うべきだった。そして、否と言われたならば、諦めるべきだった。禁止しておることをするのを許す前例を作ると、それは禁止ではなくなるのだ。維月、人の女があちらこちらで神の男にかどわかされて望まぬ子を産んで死ぬのを許すのか?神世はの、タガが外れると何をするか分からぬ輩がまだ居るのだ。輝章を特別扱いするわけには行かぬ。ゆえ、我は本日、知章の宮のためにも、輝章が神世に戻ることを許すつもりはない。戻るならば、我に逆らった罰を受けねばならぬ。そして神世では龍王の我に逆らうことは、重罪とされている。知章の宮も、同じ罪に下る。」

箔翔は、それを聞いて、その通りだと思った。あの女神が神世に大きな貢献をするようには見えない。つまりは、輝章の罪は消えない…罪は罪として残るのだ。これを罰せずにおくと、他の神達へ示しがつかない。神世が乱れる…こんな、些細なことで。

箔翔は、怖いと思った。自分の感情で判断しているように見える龍王は、先々まで見通して、その場で怒るべきだと思うと怒り、無視するべきだと思ったら無視をする。そうやって、時に油断させ、時に恐れさせて、神世全体を押さえて動かしているのだ。

維月が、どうすることも出来ないのかと、じっと黙っていると、箔翔が言った。

「ならば、ここは蒼殿にも言うて維心殿に目通りするのは避けねばならぬ。」箔翔の言葉に、維月が驚いて顔を上げた。「正式に会ってその話をしてしまえば、事はこの状況のまま決しねばならなくなる。せっかくに維心殿が見て見ぬふりをしてくれておるのに、面倒なことになる。」

維月は、ハッとして維心を見た。維心は、薄っすら微笑んで頷いた。

「よう分かっておることよ。やはり王らしゅうなったの、箔翔よ。」と、維月を見た。「行くが良い。蒼に話し、ここへ来るのを延期させよ。そうして居る間に、輝章が死に、あれの罪は無くなる。知章は知らぬで通る…これぐらいの罪ならばの。二人の娘は、孤児としてここで世話せよ。さすれば、事が大きくならずに済む。我に報告させてはならぬ。」

維月は、不本意だったが頷いた。とにかくは、時間を稼がねば。輝章のことも、もしかして打開策が見つかる可能性がある。どちらにしても、今維心様が知ったことになるのは、良いことにはならない…。

「では、すぐに参ります。」維月は、立ち上がった。そして、箔翔を見た。「ようここへ参ってくれたこと、箔翔殿。手遅れになるところでありました。」

箔翔は、ためらいがちに、頷いた。

「は。どちらにしても、我も勉強になり申した。」

そうして、維月は急いで蒼の元へと走った。

維心と箔翔は、それを見送ったのだった。

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