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謝罪

維月は、維心が帰って来るのを、維心の対で待っていた。十六夜との約束通り、どうあっても維心と仲直りして、明日の対面に備えねばならない。何しろ、十六夜が聞いて来た輝章の話しというのが、どうしても神世を納得させるような内容ではなかった。

それというのも、輝章は普通の婚姻と同じように人の妻と愛し合い、そうして、普通に子をなしていたからだった。そこに、偶然出来た子、とか、妻が病だったから作った子、とか、そんな特殊な理由など欠片もなかった。

ただ、妻は全てを知っていた。出逢った時にはもう30代も後半で、どうしても自分が出産可能な間に、子供が欲しいというのが、相手の望みだったらしい。輝章はその危険性を何度も諭したが、年齢のボーダーが来るまでにという妻の心は変わらなかった。なので、どうせ数十年という早さで亡くなってしまう人の妻、たっての願いをかなえようと、自分が神世に帰れなくなるのを承知で、子をなしたのだということだった。

維月は、その妻の気持ちも分かった。自分の命を分けた子を、遺したかったのだろう。まして、愛する人の子なのだ。命を懸けて生むのは、どの世の女でも同じことだった。ただ、人が神の子を産むと、必ず死ぬだけで…。

月もかなり傾いて来た頃、やっと維心は戻って来た。しかし、ふらふらとおぼつかない足取りなので、蒼が支えてやっとといった感じて、歩いて来ていたのだ。

「まあ!どうしたの、こんなに飲まれるなんてことついぞないのに!」

蒼が、苦笑しながら維心を寝台へと運んで、言った。

「炎嘉様なんだよ。どちらが強いか比べるとかで、オレが宴の席に戻った時には二人で酒を注ぎ合っててさ。結局最後まで姿勢を崩さなかったのは維心様だった。炎嘉様は悔しそうに唸ったかと思うと、その場に大の字になってしまってね。志心様が部屋へ連れて行ってくれたけど。」と、維心を寝台へ寝かせて、言った。「母さんが戻ってて良かったよ。呼ばなきゃならないかと思ってたから。よろしくね。明日は、昼近くになってから、維心様に目通りをお頼みすることにするから。二日酔いで、機嫌が悪くなかったらいいけど。」

維月は、首を振った。

「維心様に限って、お酒が次の日にまで残ることはないわ。朝起きたら、普通になっていらっしゃるから。でも、謝ろうと思って待っていたのに…炎嘉様ったら、維心様とすぐに張り合おうとなさるのだから。こんな時に。」

蒼は、苦笑した。

「仕方がないよ、知らないんだから。とにかく、母さんにかかってるし、頑張ってね。じゃあ、オレは帰るから。」

維月は、頷いた。

「ありがとう。あなたも、ゆっくり休んで。」

蒼は、笑って出て行った。維月は、維心の袿を脱がしに掛かった。

維心は大きいので、着物一つを脱がすのにも手間が掛かった。起きていてくれたらいいが、今は完全に寝台に身を預けている。維月は必死に維心の腕を袖から抜こうと格闘した。

「維心様?お手をこちらへ、これを抜いたら着物が脱げまするから。」

維心は、うーんと唸るとあちらを向いた。腕が自由になり、維月はやっと着物を維心から引き剥がした。

枕元に水をスタンバイして、少し汗をかいてる額をタオルで拭い、その額にそっと口付けた。すると、維心の腕が、維月の腕をがしっと掴んだ。

「きゃ!!」

びっくりした維月が声を上げると、維心は薄っすらと目を開いた。

「維月…我は…」

維月は、慌てて維心の髪を撫でた。

「無理はなさないで。今宵はゆっくりなさってくださいませ。さ、もうお休みに。」

しかし、維心は腕を放さなかった。それどころか、引っ張って維月を自分の方へと引き寄せた。

「すまぬ。我は…きちんと謝ろうと思うたのだ。なのに…炎嘉と、飲み過ぎてしもうて…。」

維月は、謝ろうと思ってくれていたのだと、少し胸を打たれた。私が悪いのに…。

「良いのですわ。私の方が、許して頂かねばなりませぬ。申し訳ありませぬ…紛らわしいことを申した、私が悪かったのですわ。」

維心は、涙ぐんだ。維月はびっくりしたが、完全に酔っているんだとその時悟った。

「維月…維月、主はそう申してくれるのか。我を、こんな風でも想うてくれるのだな。」

維月は、微笑んで維心の頬に口付けた。

「はい。どんな維心様も愛しておりまするもの。だから案じずに、今夜はお休みくださいませ。」

維心は、途端に維月を抱き寄せて、首を振った。

「酒などで我は主と過ごせぬようにはならぬ。維月…」

維月は、物凄く酒の臭いがする維心に、いったいどれだけ飲んだらこうなるのだろうと思いながらも、言った。

「維心様、とってもお酒のにおいが致しまするし、本日はやめておいた方が良いかと思いまするわ!」

維月が焦って言うのに、維心は維月の上に移って首を振った。

「酒臭い我は否と申すか…?主はどんな我も愛しておるのではないのか。」

維月は困った。別に自分は構わないが、歩いてここへ戻っても来れなかったのに、そんなことだけは出来るってどうだろう。

「お体が心配なだけですわ!歩くこともままならなんだのに…。」

維心は、ふふんと不敵に笑った。

「別にこれは歩かずとも出来るからの。案じるでない、我はそんな腑抜けではないからの。」

腑抜けなんて思わないのにぃ~!

維月は思ったが、そのまま維心に抱かれて夜を過ごした。

しかし尋常ではない酒のにおいで、維月まで酔って気分が悪くなったのだった。


次の日の朝、維心はすっきりと目が覚めた。

隣りで維月が眠っている…維心は、昨夜維月が自分に謝っていたことを思い出した。維月も、我と仲直りしようと思うてくれたのだ。我が悪かったのに…。

そう思っていると、維月が目を覚ました。維心は嬉しくて、維月を見て微笑んだ。

「維月?目覚めたか。」

しかし、維月は維心の顔を見るなり、う、と口を押さえて横を向いた。維心はびっくりして維月を抱き寄せた。

「どうした、具合が悪いか?!それとも、子が出来たか?!」

前世今生と維心と維月には9人も子供が居る。なので、維心はこんな維月の症状は見慣れていた。しかし維月は、首を振った。

「つわりではありませぬ。あの…維心様のお酒の臭いがそれは凄かったので、昨夜から酔うたように具合が悪うなってしまって。今は維心様はお元気でお酒も抜けていらして臭いませぬが、私の中にまだ残っておるようで…。」

維心は、確かに飲んでいないはずの維月から、酒の臭いがするのを感じて驚いた。維月にこれほど移るとは…だが、確かにそうなってもおかしくないかもしれない。酒の勢いも手伝って、昨夜は押さえが利かなかったし…。

「すまぬ。我が悪かった。主は飲まぬのに、このような思いをさせてしもうて。」と、手を翳した。「すぐに我の気で洗い流そうぞ。直に抜ける。」

維月は、ホッとして頷いた。

「申し訳ありませぬ。」

じっとそれを受けている維月に、維心は微笑んだ。

「主のせいではないのに。謝る事はない。」と、維月を抱き締めた。「我こそ…昨日は有りもしない事で主をあのように責めてすまぬ。いつなり不安になってしもうて…主を望む神は多いゆえ。」

維月は、微笑んで維心の頬に触れた。

「維心様…ずっと愛しておりまするのに。」

維心は、微笑み返した。

「わかっておる。時々に忘れてしまうだけぞ。」と、唇を寄せた。「愛している…。」

そうして、二人が口付け合っていると、侍女の声がした。

「龍王様。王が、本日昼前にお目通り頂きたい者が居るとのことでございます。」

維心は、唇を離した。

「分かったと伝えよ。」

そして再び維月に口づけると、侍女が答えた。

「はい。それから鷹王様がお目通りをとおっしゃっておられまするが。」

維心は、眉を寄せてまた維月から唇を離した。

「蒼の後ではならぬのか。」

すると維月が、なぜか先に箔翔に会った方がいいような気がして、言った。

「あの、維心様。なかなかに維心様にお会いする機会がないので、此度は皆お会いしてお話したいことがおありなのではありませんか?」

維心は、眉を寄せたままだったが、ため息をついて、頷いた。

「分かった。半時後に箔翔をここへ呼べ。」

侍女の声が答えた。

「わかりました。」

そうして、侍女の気配は消えた。維心は、身を起こした。

「ほんにどこへ行ってもゆっくり出来ぬわ。皆我も我もと…午後からはまだ5つほどの宮の王から面会を申し出られておるのだぞ。これだから公式に出るのは面倒なのだ。」

維月も、楽になった体を起こした。

「龍王様なのですから。仕方がありませんわ。維心様を頼りにしておるのです。私も夫が、皆に頼りにされておると、誇りに思いまする。」

維心は、それを聞いて嬉しそうに維月の肩を抱いた。

「主がそう申すのなら、我も皆に尽力しようぞ。では、準備を。」

二人は起き上がると、侍女を呼んで着物の準備をさせ、来客用の着物に着替えた。そうして、箔翔の来訪を待ったのだった。

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