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複雑な事情

炎嘉は、気が進まなさそうに後ろをついて歩いて来る維心を振り返った。維心は、炎嘉が振り返ったので、足を止めて炎嘉を見た。炎嘉は、維心を見ながら思った…いつもながら、心が洗われるような姿。誰でも、一瞬視線を奪われて見とれ、その姿を愛でる。いつも不機嫌そうな顔をしているのにも関わらず。

炎嘉がそんなことを思っているとは知らない維心は、すっと眉を寄せて炎嘉に言った。

「…何ぞ?」

炎嘉は、ふんと鼻を鳴らした。

「無愛想なヤツめ。もっとも、主が愛想良くしておる様など想像も出来ぬがな。そうなると神世の女は皆主が娶ることになろうほどに。」

維心は、心底嫌そうに横を向いた。

「維月だけで良い。そんな面倒なことを申すな。」

本当に嫌なようだ。炎嘉は、ため息をついた。

「して、主は何を怒っておるのだ。我は最近、維月の顔も見ておらぬぞ?主が我を王になど戻すから、あちらの政務が忙しゅうでならぬのだ。久しぶりに会うてみたら、主はそんな風だし維月は同席しておらぬし。」

維心は、横を向いた。

「何もない。」

炎嘉は、首をふった。

「嘘をつくでない。何年友であると思うておる。維月が我を思うておるとか申したのか?ならば我はすぐにでも維月に会いに部屋へ押しかけるがの。」

炎嘉は冗談のつもりで言ったのだが、維心は険しい顔になって炎嘉を睨んでいる。炎嘉は驚いて、維心を見た。

「何ぞ?まさか、本当に維月が?」

維心は、じっと炎嘉を睨んで言った。

「主、まさか維月と心を通わせておるのではないであろうの。我が、年に二度も仕方なしに主の所へやるゆえ、その時に維月の情に訴えて、まんまと維月の心を…」

炎嘉は、驚いたまま首を振った。

「何を言うておる。維月がそう申したのか?我は維月に愛してもらえればそれは願ったりであるが、あれは頑固であるゆえ。我がどんな言葉を掛けようとも、心の底からなびいておると思うたことなどないわ。」

維心は、それでも唸るように言った。

「維月は、蒼が公青と主が似ておる話をした際に、公青は自分勝手であるから好かぬ、炎嘉と公青は似ておらぬと言うた。つまりは、主は好きだということであろう?」

炎嘉は、呆気にとられた。それは単に比較しただけであろうが。

「それは我と維月とて長い仲ぞ。嫌いではないであろうしな。公青と比べたら我のことは好意を持っておってもおかしくはないであろうが。単に、比較しただけであると思うがの。我とてそれを維月の心が溶け始めておるのだと思いたいのは山々だが、あいにく主のようには解釈出来ぬ。というか主、そんなことにまで気を回しておったら、ゆっくり話も出来ぬだろうが。維月も言葉を選ぶのに苦労するであろう。さてはそれで言い争ったの?」

維心は、それを聞いて戸惑ったように頷いた。

「我に隠れて…主と心を通わせておるのかと思うて。」

炎嘉は、長いため息をついた。素直なのは良いが、そんなことにまで素直に嫉妬しておったら維月もたまらぬだろう。

「あのな維心。我は、維月を愛しておる。主と同じぞ。と申して主ほど執着しておるわけではないがの。なので維月にも我を愛してもらいたいし、我はその努力をする。これはこれまでの通りぞ。だが、卑怯な真似はせぬ。維月が我を思うておると言うのなら、我は堂々とそれを主に申す。己の手元へ引き取るためにな。それをせぬのは、維月が頑固に主を愛しておるからではないか。主に頼まれてやりたくもないことをさせられたゆえ、維月に年に二度会うのは我の権利だと思うておる。が、どうして想い合っておるのに年に二度で我慢せねばならぬ。我はそこまでお人よしではないわ。主が案じるようなことがあれば、とっくに我は己の手元に維月を置いて離さぬよ。主にも渡すものか。」

炎嘉は、ふんと横を向いた。維心は、急いで炎嘉の前に回って顔を覗き込んだ。

「誠に?心を通わせたりしておらぬと?」

炎嘉は、憮然として頷いた。

「そうよ。そう出来たら、どんなに良いか。我とて寂しいのだ。」

炎嘉の様子に、維心はそれが真実だと悟った。伊達に千数百年友なのではない。ならば…維月があのように憤ったのも道理。また我は要らぬ心配をして、維月を怒らせた…。

維心は、踵を返した。

「謝って参る。」

炎嘉は、慌ててその背に言った。

「こら、相変らず勝手な。宴はどうするのだ。途中で席を立って参ったのに。維月の里の宴を、放って置いて良いはずはあるまい。」

維心は、足を止めた。確かにそうだ。さっきも、宴を壊してしまってはと思って、炎嘉に問い質したい気持ちをぐっと抑えて黙っていた。せめて、宴だけは成功させて終わらさねば。

「…では、宴席へ。炎嘉、我は大人げなかった。すまぬ。」

炎嘉は、横を向きながらも、頷いた。

「誠にそうよ。いい加減にせよ。こんなことを我に言わせおって。明日は朝、少しで良いから維月と話をさせよ。それが詫びぞ。」

維心は言い返したかったが、押さえて頷いた。

「分かった。」

そうして、二人はまた宴席へと戻って行ったのだった。


その頃、蒼は一人宴の席を抜けて、応接間へと足を進めていた。双子の唯と凛を、知章が見極めるための席へ向かっていたのだ。

応接間へと入って行くと、既に知章が、臣下数人と共にそこに居た。そして、蒼が入って来たのを見て、立ち上がった。

「蒼殿。」

軽く、頭を下げる。蒼は、会釈を返した。

「知章殿。」

知章は、黒髪に濃い青い瞳の、美しい王だった。まだ300歳ほどだと聞いている…知章の宮は、小さいが人が盛大に奉る社の側に位置していて、代々人の世話をしながら生きている人好きな神だった。普段は穏やかな気を発しているこの神が、今日はとても緊張した気を出していた。行方不明だった弟の、娘をそうなのかそうでないのか判断しなければならないからだろう。

蒼は、進み出て上座に座った。それを見て、皆座っていた椅子へとまた腰掛けた。蒼は言った。

「宴の最中に、すまないな、知章殿。詳しいことは聞いたか。」

知章は、頷いた。

「こちらの重臣筆頭の翔馬殿に、だいたいのことは。」

蒼は頷いて、隣りの翔馬に手を差し出した。翔馬は、折り畳まれた紙を蒼に渡した。

「これが、唯と凛が持って参ったもの。確認を。」

知章は、緊張気味にそれを受け取った。そして、食い入るようにその書状を見た。本来神は、書状を読むのにそれほどの時間は必要としない。それなのにこれほどじっと見ているということは、筆跡などを確認しているのだろう。

知章は、息をついて顔を上げた。

「…間違いなく、弟、輝章の字。弟は、気を消耗する病に罹っておると申すか。」

蒼は、頷いた。

「陽の月が確認に行って来たので間違いはない。姪の二人を待たせておるので、こちらも確認を。」

蒼が、翔馬に頷き掛けた。こういった場なので、侍女が居ない。翔馬は、自分で立ち上がると、隣りの部屋へと繋がる戸を開いて、戸の向こう側へ言った。

「さ、こちらへ。」

二人は、緊張気味に足を進めて、その部屋へと入って来た。月の宮の侍女達に飾り付けられて、神世の女らしい装いだ。二人揃って、緊張気味に頭を下げると、蒼は言った。

「知章殿。では、ご確認を。」

知章と臣下達は、じっと二人を見つめた。そしてしばらく黙ってから、知章が言った。

「…表を上げよ。」

二人は、びくっと肩を震わせたが、先に金髪の方が、そして送れて暗い茶色の髪の方が、顔を上げた。

そして、知章を見ると、二人とも驚いたような顔をした。だが、慌ててそれを隠した。緊張で口元も震えているが、それでもじっと知章を見返している。知章は、言った。

「…こちら」と、唯の方を指した。「輝章に似ておる上、その瞳の色は我ら王族に伝わる独特の濃い青。気も、輝章に近い。こちら」と、凛を指した。「輝章にはまったく似ておらぬが、気に輝章のものが混じる。ゆえ、この二人は我が血族であるな。」

凛と唯は、ホッとした顔をした。違うと言われたら、どうしようかと思っていた。

しかし、知章は続けた。

「だが、我は我が民のため、それを認めるわけにはいかぬ。」と蒼を見た。「分かっておろう、蒼殿。人の女との間に子をなすのは、禁じられておる。あれは、人の女に現を抜かし、宮を出た。決して子をなすでないと我はあれに申した…このようなことがあってはならぬと思うておったからだ。子さえなさねば、女の寿命が尽きた頃、また神世へ戻って参れば済むこと。我はそう考えて、あれの好きにさせた…それが、甘かったわ。」

凛と唯は、一気に不安そうな表情になった。蒼は言った。

「別に主が認めぬでも、オレがここで他の帰還者達と同じように我が民として面倒を見るので案じることはないが、オレが案じておるのは、輝章殿のことよ。あれを見殺しにするのか?ま、本人は死ぬつもりで居るようだがな。」

知章は、険しい顔をした。

「覚悟の上であろう。あれがただ戻るだけなら良い。だが、これらのことを公にしてしもうては、我らとてどのような沙汰が下されるか分からぬのだ。我は、弟一人のために、一族を失うわけには行かぬ。王として、戻ることを認めるわけには行かぬ。」

当然の判断だった。臣下達は、下を向いている。それだけ、維心は怖いのだ。何をしたかではなく、龍王が禁じていることをしたという罪は、見せしめのため重くなる。それが皇子だというのなら、宮の存続さえ危ういのだ。

蒼は、ため息をついた。

「主の言うは、当然の判断ぞ。オレとて同じように判断するしかなかっただろうな。両方を神世へ戻すとなれば、この二人を全く関係ない孤児の半神としてここへ受け入れ、そして輝章殿はそちらへ受け入れ、二度と会わぬことしかないの。全く関係のない者として。」

知章は、蒼を見た。

「…そうして下さるのか?」

蒼は、知章を見た。

「オレはいい。だが、この二人の感情はどうなる。輝章の気持ちもぞ。己の命を懸けてもこの二人を自分の子として神世へ戻したかったのは、この二人の将来のことを案じたからではないか?皇子の子として嫁げば、神世では良い所へ行けるだろう。だが、そうでなければ、難しい。それを知っておるからだ。」

知章は、蒼を見つめた。

「蒼殿、しかし命を落としてしもうては同じなのだ。娘達のことを案じるのは分かるが、我が宮にも幾百の民が居る。あやつらが皆、路頭に迷うことになるようなこと、我には出来ぬ。」

蒼は、窓の方を見た。

「十六夜、聞いてたか?」

知章がびっくりしていると、キラっと月が光り、何かの光の玉が二つ、一緒に降りて来て二つの男女の人型を取った。そして、窓の外へ浮くと、そのまま中へと入って来た。

「聞いてたよ。それだけ維心のことが怖いってことだな。ま、お前だってさっき公青達がもめてるのを、維心の名前を使って押さえてたじゃねぇか。そんなだから、あいつはますます怖がられるんだ。」

女の方の、人型が言った。

「でも、そうしないと皆が好き勝手するから、戦国になってしまうのよ。維心様は間違っていらっしゃらないわ。」

知章と臣下は、呆然とその二人を見詰めた。月から降りて来た…つまりは、これは月か。月は陰陽で、男女だと聞いていた…。待てよ、月の女?

「りゅ、」知章は仰天して、言った。「まさか、龍王妃か?!」

維月は、顔をしかめた。

「そんな風に脅えて言われたことはないけれど、私は龍王妃の、陰の月の維月。」

十六夜が、隣りで言った。

「オレは、陽の月の十六夜。なあ知章、相談があるんだけどよ。お前、この二人を認めてくれ。そうしたら、オレ達が維心にうまく話を付けるから。」

維月が、頷いた。

「どちらにしても、維心様は知っておられたのよ。今度のことをお話した時呆れてらしたけど、ならば子をなした、神世を納得させる理由を持って参れ、って言っておられたわ。怒っていらっしゃらないの…呆れていらした感じだったわ。」

龍王は既に知っていると。

確かに、龍王妃が知っているのだから、龍王には筒抜けだろう。逃げる手段もないのだと知った知章は、縋るように蒼を見た。

「蒼殿…では、どうしたら良いのだ。我は、我が民をどうやったら守れると?」

蒼は、頷いた。

「とにかくは、十六夜が輝章殿と話して来たようだから、何か策があるかと。観念して、明日の朝維心様に目通りして、事の次第をお話しし、ご判断を仰ぐよりない。此度の宴に、来られているのでお時間を取ってくださる予定だ。」

もうそこまで話は進んでいるのか。つまりは、蒼はこちらの出方を見ていただけだったのだ。

知章は、うなだれた。

「…龍王は、非情の王。我らのような、格ばかりが高く小さな宮など、一溜まりもない。我は、一族をこのようなことで失うことになるのか。弟を、止めなんだばかりに。」

蒼は、慌てて首を振った。

「そのようなことにはならない。維心様は、あれでとても臨機応変なかたなのだ。案じることなどない。」

十六夜が、知章の肩を叩いた。

「そんなに落ち込むなよ、心配しなくても、維心は大丈夫だって。維月が居るしな。悪いようにはならねぇよ。悪どいことをしたんならこの限りじゃねぇが、大丈夫だ。」

知章は、臣下達を視線を交わして、十六夜を見た。

「そう、願う。」

そうして、知章と臣下達は、それから凛と唯の顔も見ずにそこを出て行った。

蒼は、ため息をついたのだった。

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