ある村長との出会い
結局、それが今日の視察に同行してほしいという話だった。なんでも、同行するはずだった騎士の一人が、腹を下したという情けない理由で突然同行出来なくなったのだとか。
後々見舞いついでにその騎士に話を聞くと、ザジャーシャに「お前は今日休んでいい。他に同行させたい奴が出来た」と言われて休養を取らされただけらしいが。何という我儘。
同行をしぶしぶではあるが了解し、俺たちが住んでいる首都ダリアから、今回視察するマロウの村に向かう馬車の中で、ザジャーシャは今にも鼻歌を歌いだしそうなほどご機嫌だった。なんであんなに機嫌が良いのか不思議だったが、そういうことだったのか。
今回はザジャーシャと大臣が二人、そして俺を含む騎士七人の計十人がマロウ村の視察に向かった。馬車は三台に分け、それぞれにザジャーシャと大臣が一人ずつ、俺たち騎士もそれに付随し分かれて乗ることにした。一応安全面を考慮した上でこの配置になっている。王様が襲われたらシャレにならないからな。
馬車の中でガタガタと小刻みに揺られ、ようやく森の中を抜けると、さびれた集落が見えてきた。
「ここが、マロウ村……」
その村は、異様な雰囲気に包まれていた。
見た目は普通の集落に見えるのだが、どことなく淀んだような空気が滞っているように感じられた。住人の表情も、時折笑顔を浮かべてはいるが、うわべだけ繕っているように見える。
全てが薄っぺらい、とでも言えばよいのだろうか。
妙な違和感に神経を尖らせながら、俺たちは馬車を降りた。
………先ほど感じていた違和感は、気のせいだったのだろうか。
そう思っても仕方がないほど、住人の興奮は凄まじいものだった。影のある笑いは消え失せて、紅潮した頬やキラキラと輝く瞳をこちらに向けている。そのどれもが、なぜか抑えきれないほどの期待に満ちていた。
そんな様子の住民をかき分けながら俺たちは進んだ。
しばらく歩くと、赤レンガ作りの大きな建物に案内される。
寂れた村の中で圧倒的な存在感と違和感を放つそれは、普段は村の長の住まいで、時々ある重要な話し合いや儀式・祭事など重要な催しの際にも使用されるという。
「ようこそ、いらっしゃいました」
堅牢そうな鉄扉の前に立っていた人物が、音も立てず静かに頭を下げる。日の光に溶けてしまいそうな、肩で切りそろえられた淡い銀髪がさらりと顔にかかっているせいで、表情さえ窺うことができない。しかしその声は非常に幼く、少女といっても差し支えないようなものであった。
「こちらへ、どうぞ。長がお待ちして、おります」
不自然に言葉を切って話すその少女は、俯いたまま名も名乗らず歩き出した。
名くらい名乗るのが礼儀なのではないのかと仲間の騎士の一人が憤りかけたが、ザジャーシャが諌めたことで落ち着いた。
城下であればもちろん自分の名前を名乗るのが常識だが、この村のように閉鎖した地域では、むしろ勝手に名乗ることが無礼になる場合もあるのだ。
少女に案内され、建物の内部に入る。ひんやりとした空気が立ち籠める廊下には、村の寂れた雰囲気とは打って変わって豪奢な空気が漂っている。オレンジの暖かな光を漏らすランプが一定の間隔を空けて壁に飾られていて、赤レンガの壁をより深い橙色に染め上げていた。
「こちらに、長が、いらっしゃいます」
ひときわ大きな扉の前で少女は立ち止まり、俯いていた頭をより深く下げ礼をした。頭を上げる気配が無いので、ここから先は俺たちだけで行けということだろう。
少し重い鉄扉を力を込めて押すと、仄暗い廊下とは一変して眩しく溢れだした光と甘ったるい香の匂いが、俺の眼球と鼻の粘膜を刺激した。明るさの違いに目が慣れず瞬きを繰り返していると、部屋の奥辺りから声が近づいてきた、
「どうもすみません、こんな辺鄙な村にわざわざご足労いただきまして」
ようやく慣れてきた目をそちらに向けると、小太りの男が布で汗を拭きながら喋っていた。今日はそこまで暑くはないはずなのに、髪は汗で頭皮にべったりとへばりついている。
卑屈な笑いを浮かべながらペコペコと俺たちに向かってお辞儀をするさまは、壊れた水飲み鳥を彷彿とさせた。
「それで、今日は視察にいらっしゃったのだとか……」
部屋の中央に鎮座しているふかふかのソファに座り、ここの名産だという緑色の茶を勧められながら話をする。長が流れ落ちる汗を拭いながら話を切り出すと、対面に座ったザジャーシャは爽やかな(俺からみると胡散臭い)笑みを浮かべながら、愛想よく話し出した。




