ある騎士の災難
ぎらぎらと照りつける太陽の熱烈な視線から逃れるように、木陰にどっかと座った男は大きな溜め息をついた。白と青を基調とした騎士の隊服に包まれたすらりとした体躯は、緊張とストレスから解放されたためか、ぐったりと弛緩して木に寄りかかっている。陽光に透けて見える栗色の髪が柔らかな風に揺られ、金の瞳は眩しそうに細められていた。
今日の視察も相変わらず無駄に長く、そして何の益にもならないようなつまらないものだった。お偉いさんたちが自分の権威を見せつけるためにわざわざ実施しているようなものだし。
というかもともと俺は視察には同行しない予定で、だからこそこの休日を満喫しようと城下町へ続く大通りに向かっていたのだが、
「おーい、ベルンー!」
「………」
そう、向かっていた、のだが……。
「おいおい、せっかく雀の涙より友達が少ないお前のことをいかにも友達風な感じで呼び止めてあげているんだから、振り返って爽やかな笑顔の一つでも返してくれたらどうなんだ」
「……………」
……しつこい。
ただでさえ今日はうだるような暑さなのに、朝からこんな暑苦しいのに構っていたくない。
俺はしつこく追いかけてくる人物を振り切るために、さりげなく、少し早歩きで歩くことにした。
「おーい、聞こえているんだろー、ベールーン!ベルン!」
今日はいつにもましてしつこいな……。
しかも、段々と距離が狭まってきている。
……はあ。これはもう諦めるしかないか。後でネチネチ文句を言われるのも面倒だしな。
俺は小さく溜め息を吐いて、くるりと振り返った。
「あぁ、これはこれは、陛下ではありませんか。おはようございます、何か御用でしょうか。俺は今日非番なので御用であれば騎士塔に行ってもらえるとありがたいのですが」
――つまり、とっとと、どこかに、行け。
発する言葉に大層な毒を含ませながら、しかしご希望通り、一応爽やかな笑みらしきものを顔に貼り付けて目の前に立っている男を見やる。
本来であれば、このような慇懃無礼な態度をとっているのなら一瞬で独房行きだろう。何しろ今俺の目の前に立っているこの男は、ザジャーシャ・ユルン・アルンシュタインという、このパクノイア王国の王なのだ。全くもってそうは見えないが。若いし。
このパクノイア王国は、緑豊かで自然資源も多い、今の時代ではあまり見ることの出来ない珍しい王国である。
切り立った山々に囲まれたこの国では、厳しい自然にさらされることも多いため、何かと苦労が多い。しかしその代わりと言っては何だが、他国に侵略されにくいようにもなっている。まあ今の王は人を手玉に取ることが大の得意だから、自然云々のことがなくても侵略しようと思う国が中々ないんだけどな。
パクノイア王国の北西に位置するヴァ―ン王国、東に位置するサイアン王国との友好関係もなかなか良いし、今のところは安泰だといってもいいだろう。
こいつは歴代の王の中でも大層な変わり者で、お前はくだけた話し方のままがいいな~などとほわほわと笑いながら強要してきた食えないやつだ。おかげで俺は王に敬語を使わなくていいという、この国でも数少ない人物に祭り上げられてしまった。
城下町の民にはキラキラとした尊敬の眼差しで見つめられ、城の役人共からは嫉妬と羨望の視線が突き刺さる。最初の頃はそのことに神経を擦り減らしていたが、しまいにはそんなことを気にするのも面倒になって、今では「またか」と思う程度になった。我ながら適応力があるもんだ。
まあ大体いつも、慇懃無礼な話し方になってしまうのだが。
「………ベールーン?聞いているのか?」
にゅっと俺の顔を覗き込むように突き出された顔には、不思議そうな色が浮かんでいた。そんなに覗き込まなくても、お前の方が背が低いんだから顔くらい見えるだろ。
俺とザジャーシャでは、俺の方が背が高い。ザジャーシャは176センチ、俺は182センチある。たいして差があるわけではないし、本人も気にしていないようなので、普段意識することはないが、ふと横に並んだときなんかは、あーそういえばこいつ俺より小さかったなーなどとしみじみ感じる。
「はいそれはもう、陛下のお言葉は余すことなく一字一句に至るまでそして」
「だからそういうのは止めろって言っただろ。もっと軽~く軽く」
「いや無理に決まってんだろ」
あ。しまった、つい本音が。
思わずちらりとザジャーシャを横目で見やると、案の定してやったりとでも言いたげなニヤニヤとゆるんだ口元をさらしていた。やっぱりこいつは人を手玉に取るのが得意だな。いや、もはや趣味の域か。何とも嫌な趣味だ。
俺は早々に白旗を上げることにして、くるりとザジャーシャに向き直る。
「それで、なぜ俺を呼び止めたんですか。こう見えても今結構忙しいんですけどね」
「えぇっ、そんなことないだろう。今日ベルンは非番だって言ったじゃないか」
「陛下のために割く時間はこれっぽっちもないというだけです」
「わーお、冷たい!ベルンがとっても俺に冷たいよ!いつものことだけど!」
「………」
よよよとわざとらしく泣き真似をしてみせるザジャーシャに対し、早く本題に入れと無言の圧力を眼力に込めてみると、ザジャーシャは慌てたようにその本題とやらを話し始めた。




