エピローグ―Epilogue―
《二度と同じ事は起きないというのは慢心が生み出す油断だ。同じ事態を起こさないように万全の態勢で準備する事…それが大切なのかもしれない》
5月20日、午後5時。一連の生中継のタイムシフト動画がアップされ、再生回数は10万再生を突破している。ただし、最後のARが関係した一部分は生中継でもタイムシフトでもカットされている。
「ビックリしたの。まさか、本当にオーディーンだったなんて」
ヴォルテックスは自分の言った事が、まさか本当の事になろうとは予想もしていなかった。ARのメッセージ主が、別の世界線にいるオーディーンだったとは…。
「それ以上に、あの時に妨害を仕掛けてきた組織の存在にも驚きを隠せないだろう。今回のレースで使用した西新井エリアが工事中という事実は、一部の人間だけが知っている情報だ」
少佐が懸念していたのは、工事中と言う真実を知っていた上で西新井エリアでARのハッキングを行った組織の存在だった。
「とりあえず、現状で判明している部分は不明な物が多い。今は様子を見るしか方法はないようだ」
瀬川の言う事も一理ある為、今回はこの辺りで解散する事にした。
5月22日午前9時、梅島の某ビルをはじめとした関係各所にて本格的な警察の家宅捜索が入った。既に何か所かは20日に投稿された例の動画を受けた直後で捜索を受けている場所も数か所あるが、今回はその範囲が拡大した結果だろうか。
【まさか、ファンの暴走化と思われた事件の元凶が『だいたいこいつのせい』だったとは予想外だった】
【超有名アイドルのプロデューサーが全ての発端だったとは―】
【金に目がくらんだ結果、超有名アイドル以外は切り捨てという政策を国会に提出しようと考えていたかと思うとぞっとするな】
【全く別のジャンルで立て直すとすれば、アニメや漫画等の2次元で立て直すしか方法がないんじゃないか?】
【RE:ソーシャルゲームのガチャ問題等よりも、超有名アイドル商法を根絶する方が早ければ、こんな末路は―】
【結局、どの世界線でも超有名アイドルが世界の裏で全てを操っていたという事か】
【動画見た。確かに芸能事務所やレコード会社等の体質も一連の原因だと思うが、ごく一部の不祥事が原因で全てが規制されるのも間違いのような気がする】
【そして、他の世界線で超有名アイドルが暴走し、その世界でも超有名アイドルが規制される。最終的に超有名アイドルがたどる結末は―】
ネット上では、今後の音楽業界がどうなるか以外にも別の心配をする人物も何人か見受けられた。
同日午前10時、ネット上で1つの動画が注目を浴びる事になった。それは、サウンドドライバー運営委員会のお知らせ動画である。
『莫大な利益を得ようと裏工作を使ってサウンドドライバーに介入しようと考えている組織に対して、戦い続ける』
既に運営可能な資金があるにもかかわらず、それ以上の莫大な利益を栄養と考える超有名アイドル絡みの組織に対し、運営委員会は買収などには屈せずに戦うと言う宣言を5分の動画に収めている。
同日午後5時、超有名アイドルのプロデューサーが逮捕された事を受けて、報道番組が全て超有名アイドル一色となった。唯一、アニメを放送していたテレビ局は、視聴率で予想外とも言える80%と言う数字を叩きだしたが…。
【まさか、国営テレビ局も超有名アイドル関連のニュースを流すとは】
【流したとしても5分程度、後はADS関係の事業拡大やキサラギの新技術発表、超有名アイドルCDの購入投資詐欺の一斉摘発等に時間をかけている気配がする】
【民放は1局をのぞいて、全て同じニュースだな。変わり映えがしない】
【民放の方は逮捕者が出ていない支援組織や団体等が必死になって買収を続け、自分達に不利なニュースを流さないようにしている気配がする】
【プロデューサーは既に逮捕されているから、ネタばらしされるのは時間の問題だが―】
【これが別のアニメやゲームだと、逮捕された犯人が機密保持等の理由で暗殺される展開になると思うが、さすがにこの世界ではないだろう】
【今までの世界線でも超有名アイドルに関わった元凶が暗殺されたり、別の理由で消されたりした事はなかった。今回も大丈夫だと願いたいが―】
【超有名アイドル商法=賢者の石という例え方もあり得そうで怖い】
ネット上でも、今回のニュースを受けたつぶやきが目立つ結果になっている。
5月23日、超有名アイドル支援団体をはじめとした生き残っている勢力が動き出し、今回の一件を不当な弾圧として警察の強制調査を妨害するという騒ぎが起こった。
「一連の妨害を不当弾圧か―。向こうの連中が考える事だな」
「これで超有名アイドルも終わったな。次に来るのは、音楽ゲームの楽曲か、それとも…」
コンビニでも、そんな話を耳にするようになっていた。ネット上では、もっと盛り上がっているのだが…。
それから1週間後の5月30日、今回の事件は劇的に変化する。
『次のニュースです。超有名アイドルを抱えるレコード会社、芸能事務所がサウンドドライバー運営委員会に対し、1京円の損害賠償を―』
ネット上でも衝撃が走ったこのニュースは、サウンドドライバーで超有名アイドルの楽曲を収録していないのは現状の音楽業界とも隔離、音楽業界で鎖国を行っている物として、1京円の損害賠償と超有名アイドルのリリースした全曲を収録するように…という内容である。
【これは別組織の『日本人総超有名アイドルファン化計画』が遂に起動した…と言う事か】
【これを止めなければ、日本は音楽先進国に大幅に遅れを取り、遂には最下位に転落する時代が来る事の予兆】
【超有名アイドルのプロデューサーは逮捕されたと言うのに、途方もない消耗戦を続けるのか…超有名アイドルファンは】
【支援組織としては、自分達がCDやグッズを転売して利益を上げているという現状もある。それらの手段がなくなる事を恐れているのだ】
【結局は自分達の利益を守る為に裁判を起こしたという事か。呆れてものが言えないな―】
【週刊誌報道では、大物政治家が政治資金を得るために超有名アイドル商法を保護しようという動きを起こしているという話もあったな】
【日本が超有名アイドルに制圧秒読みと言う見出しもスポーツ新聞であったが、もしかして…?】
【スポーツ新聞で見たが、翌日に保釈が確定するらしい。保釈金が国家予算並みで驚いた】
その後、この裁判は6月1日に和解ではなく裁判中止と言う流れで立ち消えする事になる。原因は、超有名アイドル支援団体が起こした妨害行為にあった。新聞等では何かが黒塗りされているようで詳しくは不明になっている。
今回の一件に関してネット上では『訳が分からない』や『誰か説明してくれよ!』等と言うコメントが絶えなかった。
【三行とは言わないが、簡単にまとめてくれ】
【別の作品でたとえられたら、その例えが良いかもしれない】
【妨害行為に関しては、サウンドドライバー側には一切書かれていないのも気になる。もしかすると、アイドル事務所側のトラブルかもしれない】
【事務所側のトラブルだとしたら、文字通りの自滅だろう】
【しかし、この状況下でも海外で有名な映画作品の主題歌というタイアップを取ったのは、どう説明していいのか分からない】
【ただ、超有名アイドルが海外では全く通じないという事を思い知って、それから大幅な計画見直しをするのであれば逆に評価しても良いのかもしれない】
【海外であの手の商法が通じるかと言うと、場所によっては違法扱いになる可能性は否定できない。つまり―】
【超有名アイドルが海外へ進出ではなく、海外へ拠点を変更せざるを得ない状況という解釈が正しいのかもしれない】
【この世界で超有名アイドルが衰退しても、他の世界線や現実で暴走しているのが非常に気になっている】
【もう、アイドルは現実ではなく架空のアイドルだけでいい。超有名アイドルにはNOを突き付けないと、何時までも暴走を繰り返していく事になるだろう】
【超有名アイドルの暴走を止める手段が更なる規制で抜け道を完全封鎖する…と言うのもやり過ぎな気配がするが】
【プロデューサーが逮捕された以上、それ位しか対抗手段がないという判断だろうな>更なる規制】
そんな中で、急に今回の件に関する説明がさりげなく入った為、衝撃を隠せないユーザーが多かった。超有名アイドル関連の話題は他にも数多くあったのだが…。
【RE:裁判中止になったのは、簡単に説明すると野党の政治家が超有名アイドルのプロデューサーと闇取引をしていたからだろう。既に該当する政治家が逮捕された事も裁判中止に影響している】
10分間という短い時間でさりげなく1文が入った為、既にログが流された後だった。その為に、何人かが1文を引用するような形でコメントを残している。
その後はサウンドドライバーも含めて音楽ゲームの楽曲がCDチャートを盛り上げる一方、自らの発言等で地雷を踏む事になった超有名アイドルはファンクラブ内等での盛り上がりのみで、完全消滅こそは免れたものの音楽業界からは完全に取り残される末路をたどる。
その流れを受け、超有名アイドルの所属芸能事務所は全てが解体や解散となり、『超有名アイドル支援団体』も資金提供先や政治家とのパイプライン等を失った事で完全崩壊する事になった。
こうして、一連の超有名アイドル騒動は野党の政治家が超有名アイドルのの錬金術に目を付け、政治資金を無限に獲得しようとしていた…という事で全ての幕引きがされた。
6月10日、西新井のステージ拡張がサウンドドライバー公式から発表された。以前にテストトライアルが行われた場所に加え、あのフィールドも追加されている。
「アオイ、そろそろ新ステージのお披露目発表の時間じゃないの?」
朝食を作っていたのは、かつてファースト・アイドルと呼ばれていた人物、蒼穹まどかだった。家の中でもジャージだが、こちらはミスリル繊維製ではない。
「母さんも一緒に行くんでしょ? 早く着替えないと―」
アオイの方は、かつて母が着ていたブレザーに着替えている。下着は…相変わらずのようだが。
同日午前9時、お披露目発表を10時に控えた西新井の会場では既に多数のギャラリーと報道陣が占拠していた。
「そう言えば何人か姿が見えない人が…」
スタッフとして受付のテントにいる焔が、少し様子がおかしいのでは…と考えていた。
「報道陣が多いという現状がある。あまりテレビに出たくないランカーもいるという事だろう」
テントスタッフには、少佐の姿もあった。どうやら、西雲やワールドラインと言ったメンバーが会場に来ていないのは、これが理由のようだ。
同日午前9時40分、慣らしプレイを終わらせたと思われるライダースーツの女性が会場の方へと到着した。
「あなたは、もしかして?」
テントにいた焔は、彼女を見て驚きを感じていた。その人物の正体は、何とヴォルテックスだったのである。
「他の人は誰も来ていないみたいなの。上位ランカーの姿も見かけたけど、知っている顔はないというか―」
同日午前9時50分、西雲は西新井のアンテナショップにあるセンターモニターから中継の映像を見ていた。どうやら、報道陣の事を気にして会場へは向かわなかったらしい。
「同じ事を考える人間は、ここにもいましたか」
コップに入ったアイスコーヒーを片手に現れたのは、ワールドラインだった。そして、西雲の隣の席に座る。
「超有名アイドルの存在は、表舞台から完全に姿を消したとは言い難い―。そんな中でサウンドドライバーが再び同じ事を繰り返す可能性も否定できない」
「超有名アイドルの存在を完全否定は出来ないでしょう。良くも悪くも、彼らは音楽業界に色々な課題を残して行きました。その課題を少しでもクリアし、二度と悲劇の連鎖が起こるような土台を作らないようにする事」
「しかし、超有名アイドルの資金力は全盛期よりは落ちているものの、未だに国家予算の1万倍~10万倍は温存されている話がある」
「それに加えて、あのプロデューサーが保釈確定ですからね。1000兆円でしたか…」
お互いに話を進めていく中、ワールドラインはとある結論に到達した。
「結局、全てを変えるには金の力が必要…という誤った認識が、超有名アイドルと言う絶対悪を生み出した。だからこそ、金の力で作られた超有名アイドルの楽曲は話題づくりだけで終わり、数日で忘れ去られるのは確定的に明らかでしょう」
そして、彼はアンテナショップを後にした。時間は、午前10時になる所だった。
「金の力だけで作られた超有名アイドルの楽曲は、どれも心に響く物はない。結局、ネットを炎上させる為と更なる転売屋を生み出すだけに存在する絶対悪…。それを全て殲滅しなければ全ては終わらないのか?」
西雲はワールドラインの話も一理あるという認識をする一方で、無限の錬金術を完全に消滅させる方が正しいやり方なのでは…と考えた。
「音楽には、必ず生み出された理由と言う物があるはず。誤った認識で音楽を生み出し、そこから無限の錬金術を発明した人物…彼のやり方をシャットダウンする方が、優先すべき課題なのかもしれない」
そして、西雲もコップをカウンターへ返却し、西新井の会場へと向かう事にした。若干、気が変わったのだろうか?
同日午前10時10分、新たな幕開けとなるサウンドドライバーの新コースお披露目会は既に終わっていた。後は、一般プレイヤーへのコース解放と言う事で報道陣も撤収をしている。
「マッチングが凄い事になってるな」
「今回は、本来不可能となっているランク差ありのマッチも可能になっているからな」
「それに加えて、追加楽曲も色々と出ている。それを踏まえると、新しい夜明けと言っても過言ではないだろう」
今までプレイをしていなかった層にもプレイしてもらおうという事で行われたのが、今回の新コースお披露目会だったのである。新コースのお披露目以外にも、サウンドドライバーに楽曲を提供している作曲家によるライブショー、新型サウンドドライバーの初披露も行われている。
「やっぱり、この恰好は失敗だったのかな?」
まどかがジャージではなく、アオイのチョイスした衣装を着ているのだが…若干以上に胸が強調されるような結果になっている。ちなみに、アオイがチョイスしたのはライダースーツである。
「そんな事はないと思うよ。多分だけど」
アオイの方は、まどかが直前でこの服がいい…と変更をした衣装である。こちらは、まどか自身も愛用しているジャージである。色の方はまどかが普段着ている物が赤に対して、こちらは青になっている。
「今回は参加しないのか?」
2人の前に現れたのは、エイジだった。今まではレンタルスーツだったが、FPSにあるようなコンバットスーツを思わせるワンオフ物に変えたらしい。
「どうしようかな―」
「私は参加するわ。せっかく、ここまで来たんだし」
アオイの方は参加見送りのような雰囲気だが、まどかの方は参加するようだ。
「そう言えば、スーツをワンオフにしたという事は、ユニットも?」
まどかがエイジに尋ねると、どうやら当たりらしい。
「ユニットと言うよりは、このスーツ自体が既にユニットと融合していると言った方が正解かもしれない」
同日午前10時20分、次のマッチングが決定したようだ。その組み合わせには、周囲の観客も驚いているようだ。
「全てはここから始まる。音楽業界再編という課題を抱えつつ、サウンドドライバーは新たな挑戦を続けていくだろう」
瀬川の方は、既にマッチングスタンバイをしており、対戦相手にはオーディーン、エイジ、ワールドラインの姿がある。
「ここからが、俺たちの新しい戦いの始まりだ!」
エイジは叫ぶ。そして、キサラギ製の新型サウンドドライバーである《ジャスティス》と共に突き進む―。