晴≪ハレ≫
私は思い出から我に返り、朝日が出ている事に気が付いた。
今日は、晴れるだろう。
秋晴れだ。
目標は朝日。宣言通り、投げ付けてやる。何度でもだ。母の形見のこの財布は、海に沈むのがお似合いだ。
私は力一杯、財布を投げた。
音に気付き、別荘の方へと振り向いた。あんたも来ていたか。
目的を果たした私はもう一つの目的場所まで自転車をこぎ進める。
今度はゆっくりなので、2培近く時間がかかるだろう。着く頃には夜か。
また月が顔を出して、私を追いかける。
ああ、知っている。お前はいつでも私の傍にいた。離れた事などなかった。ずっと、見守っていたのだろう。星ではなく、月になって。
ああ、悔しいなあ。そんなお前が欝陶しいよ。
私は自転車を放り出して、最後の気力を振り絞り、階段を一気に駆け登った。熱い血が全身を駆け巡る。
月が、私を引っ張らない。私を照らさない。私が、月を引っ張っているのだ。
錆れた扉を開けた。
一番高いそこは、一番空に近い。星が瞬く。月が光を放つ。星の周りには更に細かな光の粒が散って、瞬きをする度に星が増えていく。
もしもあれが、黒いビニールに穴を開けたものだとしたら、穴の向こうでは誰が夜を覗いている。
「気が向いた。」
私はまだ荒い息でそう言った。
「あら、そう。」
闇に溶け込んで、まだ制服の元樹は応えた。昨日は一体、何時迄ここにいたのだろう。
「あらそう、また今日も、来ないかと思ったわ。」
「じゃあ、何故まだいる。」
風が彼女の美しい髪を撫で、うっとりとしていた。
「来ると思ったからよ。」
雲が月を隠して、闇が深くなる。闇は、彼女に似合い過ぎる。ただでさえ美しい彼女を、更に美しくする。
「出来ればずっと来ない方が良かったのに……。」
また、風が吹いた。秋と冬の間の風。寂しさがほんのり含まれていて、これが少しずつ色濃くなり、木々から色を奪う風になる。
「これが、最後になるのでしょうね。」
彼女は呟いた。
「行くな、と言ったら、あなたは行くのを止めるかしら。」
「さあね。きっと、あんたが言った逆の事をする。」
「嘘だわ。」
私の一言が、気に入らなかったのか、彼女の声は低くなった。
「誰が行くなと止めても、何があなたに行けと背中を押しても、あなたを動かすのはあなたでしかないのでしょう。」
それだけ言うと、彼女は星に向かって溜息を吐いた。
「一度しか言わないけれど、出来る限り聞き逃して頂戴。」
雲が流れて、月が顔を出す。彼女の姿が明るくなる。
行かないでよ……。
……ああ、前言撤回をする。
これ以上に美しい彼女を見た事がない。月に照らされた彼女は、あまりにも幻想的だ。美しく、髪の一本一本まで描かれた繊細な、一枚の絵のようだ。
「何故?」
「何故って、そう聞いたの?」
彼女は私の方を静かに向いた。
「あなたと違って、私はこの世界にピタリとくるものがあったからよ。」
いつも闇色をした彼女の瞳が、黒真珠のように光った。
いつもの廊下を、土足で歩く。
私は気配とも呼べぬ何かを感じ、後ろを振り返った。
いつもの廊下。しかし、帰りの廊下をこの方向から見た事は、確かにない。
成る程な……。
成る程、こんな事か。こんなに……こんな簡単な攻略方だったのか。
「ははは。」
私は笑った。そして……。
「………。」
………なんだ……、これは。
ほろり、と、何かが私の頬に触れる。ああ、落ち葉か。いや、違う。色のない、形のない、何か。
一滴だけ、許してくれ、自分。
視界のぼやけた中に、私がいた。何にも囚われない、誰にも、負けない、強く、しなやかで、凛とした……。
ばいばい、地球。
私は私の月に行く。
この小説は、私が感覚的に書いたものです。
読み始めの主人公と、読み終わりの主人公。
どこが変わったのか、ハッキリとした言葉では現せられないが、何かが変わった。
そんな小説を書きたくて出来た作品。
この作品で、誰かに何かを伝えたい。という事は、ありません。
ただ、これを通して、純粋でがむしゃらに生きている彼女等と関わってほしい。そう思います。
最後になりましたが、アキ晴レを、更にこんな細かい所まで読んでいただき、深く感謝します。
次回作をお待ち下さい。




