Personal 7
ほぅっと、息を吐く。
取り出した彼女の心は美しかった。喜怒哀楽の色は勿論、嫉妬心や恋、時には愛情の渇望。全てが色濃く現れていて、それでも透き通っていた。光にかざした彼女の心はまん丸で、艷やかで、僕のとは似ても似つかない。
当の彼女は、今は放心状態で何かをブツブツと呟いている。その瞳は虚ろで、生気がなかった。
彼女が今座り込んでいる機械は僕の父が開発した試作品――Personal 7だ。対象の心を物体化し、削ったり混ぜたり。まぁ、簡単に言えば加工できるというもの。本来の用途は犯罪者から悪を抜き取るためらしいが、逆に犯罪にも使えるということで長らく倉庫に封印されていた。
当然僕もそう簡単には手に入れられなかったのだが、こっそりと倉庫の鍵を盗んでしまえば案外簡単で、父はその存在を記憶から抹消さえしていたからバレることもなかった。
心を物体化して取り出すのは、筆舌に尽くしがたい物がある。それこそ、自分が消えてしまうような。だから、彼女の状態も理解できるし、早く元に戻してあげたいとも思う。でも、加工をしてからでないと。
予め取り出していた僕の心の一部――それは黒く淀んでいる液体のようなもの――を注射器で彼女のここに入れていく。僕の心が彼女の心に混ざって、溶けて、侵食していく。色鮮やかな心が黒く濁って、透明度が消えていく。
美しい。
何度も同じことを繰り返す。完全な黒になるまで。
やがて完成した彼女の心は、まるでまったく僕のものと見分けがつかなかった。今はちゃんと胸にしまってある僕の心を取り出して、彼女と交換こしたって何も変わらない。
いつの間にか、彼女は呟くことさえやめていた。ただ、自然のままに。瞳は焦点があわず、薄く開いた口からは絶え間なく涎が溢れている。流石にこの状態で感情を持つのは嫌がるだろうから、ある程度整えてやる。
機械に座り直させ、起動する。ゆっくりと黒い塊を彼女へと押し込むと、それは胸元へ綺麗に吸収されていった。
数秒してから、彼女の瞳が僕を見る。瞬きしてから、とろける。
あぁ、僕と同じ瞳。ずっと僕が彼女を見ていたときと同じ。
「ねぇ――」
彼女の声が不思議なほど心地よく響いた。僕は口許を緩めて彼女の言葉を待つ。
「私がぼぅっとしてる間、他の人と話した?」
「まさか。僕は君のために働いてたよ」
「本当? 証拠はあるの? もしも嘘なんて吐いてたら、私――」
ゆっくりと彼女を抱きすくめる。それから、一度離して、キスをする。彼女が口を開けたのを良いことに舌を差し込み、彼女を味わう。彼女も自ら舌を動かしていた。
少ししてから僕は口を離す。つぅっと糸が引く。
「ほら、これ見て」
スマートフォンに映るのは、僕がずっと部屋で作業をしている様子。僕のことは僕が一番理解しているのだから、彼女が目覚めた時に何を求めるかも判っていた。そのために監視カメラでずっと撮影していたのだ。
彼女はじっと画面を暫く見つめた後、僕の方を見た。彼女の息は落ち着いている。
「……良かった。もしも他の人と話してたら殺してるところだったよ」
彼女はそう言って笑う。あぁ、僕と同じだ。僕も、ずっと殺したかった。口にはせずに、柔らかく微笑んでみせる。
「判ってくれたみたいで嬉しい」
「判ってくれた……? え、あぁ、あの頃の私は馬鹿だったの。信じらんないよね、あんな奴らと話してたとか」
完璧だ。僕の鏡写し。今すぐにでも踊り出したい。
「ねぇ、僕はね。ずっとずっと殺したかったんだよ」
とどめたはずのそれが、するすると口から流れ出る。
「それなのに君は他のやつに笑いかけてさ。この気持ち、君にはわからないでしょう? 最初から両想いだから。でもあの時の僕はとてもつらくて、死んでしまいたくらいだったんだよ。だからこうやって君を変えたの。だから君にはどれほど焦がれて、相手の話す人すべてを殺したい気持ちを持っても満たされない、報われない気持ちはわからないよ。でもそれでいいの。今が両想いだから。本当はね、君じゃなくて僕を変えるべきなんだ。判ってたんだよ。でも一人でやるのはどうしても無理でさ。仲間がいたら、僕のこの汚れをなくして透き通らせてもらえたんだけど」
彼女の目が瞬いている。一度に喋りすぎたかもしれない。僕は一度口を止めた。
「え、っと。まず私を変えたって……?」
「あっ、説明してなかったね。君の今座ってる装置。それが、Personal 7っていう機械でね。人の心を自由に加工できるの。それで、君を変えたんだよ。僕の心を入れたんだ」
ほら、とスマートフォンを再び見せる。丁度彼女の心がグレーになっているところだった。
彼女が僕を見る。ゆっくりと振り向いて、視線を逸らさず。
「そうまでして私を――」
彼女はゆっくりと口を開いた。
「そうまでして私を手に入れたかったの? それに、わざわざ貴方の心を入れてくれるなんて、嬉しいな」




