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三題噺もどき4

噛む

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくじゅうなな。

 




 暗い部屋に、時計の秒針の音が響いている。

 紙をめくる音と、その上を走る、えんぴつの削れる音。

 ここ数日はいい天気が続いており、多少強風は吹いているようだが、雨の気配は全くしない。きっと、美しい半月が浮かんでいる事だろう。

「……ふぅ」

 手を伸ばして、小さなかごに置いてある飴玉を適当に手に取る。

 その封を切りながら、上体を机から離していく。

 猫背になっていた背中を、椅子の背もたれに預けるようにして、一息をつく。

 ……姿勢が悪いのは今に始まったことではないが、いい加減治したいものだ。と言いつつ、実際その気はないので治ることはないのだろう。

「……」

 机の上に置かれている紙を軽く眺めながら、ざっと確認をする。

 もう一度最初から見直すことはもちろんするが、とりあえず。

 意識は紙に集中しながら、手は飴玉を口に運ぶ。

 カロン―と軽く歯に当たる音が脳内に響く。

 その、口に放った飴玉を噛んだ瞬間。

「――った!!」

 ガリ―という砕ける音と共に、口内に鉄のような匂いが広がった。

 同時に右頬のあたりから唇にかけて、鋭い痛みが走る。

 かなり広範囲を噛んだのか、はたまた一部だけを噛んだにも関わらず激痛が走ったのか。

 口を開いてみればわかるかもしれないが、こういう時って咄嗟に閉じてしまうのは私だけだろうか。

「――っつ」

 痛みには慣れているが、こういうのは慣れていない。

 ふいに訪れるものは、必要以上に痛みを感じてしまうものだ。

 吸血鬼が口腔内を噛むなんてことが、あっていいわけがない。

「――」

 口内に残った飴玉が溶け始めて、甘い香りが広がりだす。

 その中に血の匂いと味まで混じりだすから、なんだかよくないものを食べている感覚になる。まずくはないのだ、残念ながら。自分の血液を飲んでいるだけだからな。

 食事のおかげで良い味をしている。まぁ、そうでなくても血縁上それなりにいい味なのだ。言いたくも考えたくもないが。

「――」

 ようやく、少しだけ痛みが引いたあたりで。

 小さく口を開く。

 冷房のおかげで冷えた空気が口内を冷やしていく。

 犬歯を抜いたような感覚はなかったから、唇のあたりは噛まなかったようだ。やはり頬肉のあたりだけ噛んだかな。

「……何をしてるんですか」

「――、」

 口の中に残っていた飴の塊と血を飲み込んだ。

 声のした方を見ると、呆れたような表情で部屋の入り口に立っている、小柄な青年がいた。私の従者で、丁度、食事の準備でもしていたのだろう。エプロンをつけている。今日は普通のやつだ。後ろ側をボタンで止めているタイプ。

「……口を噛んだ」

「……見ましょうか」

「ん」

 もうだいぶ出血は止まっている感覚だが、念の為。

 どこを噛んだかも正直はっきりはしていないからな。

「……」

 目の前に立ったコイツは、降りていた私の前髪が邪魔だとでも言うように、のれんでもくぐるような仕草で手の甲で前髪を持ち上げた。余った片方の手で、右頬を引っ張る。……そこまでしなくても見えるだろう。地味に痛い……。

「……」

「血は止まってますね……まぁ、食事は滲みるでしょうが、すぐ治るでしょう」

「……そうか」

 現時点でだいぶ治っているはずだが。

 今痛いのは、コイツが引っ張った場所だけだ。

「もうすぐで昼食ですよ」

「……分かった」

 未だにヒリヒリする頬をさすりながら、仕事に戻る。

 アイツ絶対わざとだ……。口角が上がっているのを見逃す私ではないからな。





「……もう治りましたか」

「あぁ、きれいさっぱり」

「……治癒力が高すぎるのも考え物ですね」

「何か言ったか?」

「いいえ、なにも。それ、すっぱくなかったですか」

「あぁ、いつもよりは酸味があるが、食べられるさ」

「それはよかったです」










 お題:噛む・ボタン・のれん

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