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その渇望ゆえに宇宙をさまよわずにはいられない

イスピクリート - 地元食材の屋台

作者: 八角泰三

窒素は植物の生産に不可欠である。その窒素が大気と鉱石中に豊富に含まれる天体が存在する。私が今回訪れたのは、そんな天体の一つの、食料生産が行われているエリアだ。少なくはないが珍しい、地産の食料がある場所で、一人の少女と独自の食生活に出会った。


その地に降り立つと、見渡す限り巨大な円筒形の構造物が並んでいた。


宇宙開発の黎明期、カプセル状の球体に種や肥料を入れ、ぐるぐると振り回すことで疑似的に重力を発生させ、低重力環境で植物を育成する研究が行われた。その研究を発展させ、より効率的にしたものが、この小惑星に林立する円筒形の構造物の正体だ。


円筒の内部は複数のブロックに分かれていて、全体が回転することにより遠心力を発生させている。円筒の外側には、重力を必要とする、根の向きや茎や葉の支えが生育に関わる植物が配置され、栽培されている。一方で、根が浅く茎の短い、低重力でも生育可能な植物は内側に配置されている。動力の排熱により、最下層のブロックは高温になり、上層に行くほど段階的に温度が下がるように設計されている。この施設では、遠心力と温度の組み合わせによって、さまざまな植物の育成が可能となっている。


合成食糧ではない、育成された食品は高価で、さらに特殊な環境に合わせて品種改良されていない、原産に近いものほど希少価値が高い。ここで作られた植物は原産の品質に近いとされ、富裕層の住む天体へ出荷される高級品だ。一抱えもあれば、この小惑星の一般的な労働者の年収を上回る。


その労働者の多くは、出荷されていく商品を口にすることは無い。この地では、植物の加工過程で出る廃材を加工したものが、食品として一般に流通している。


この小惑星で仕事をする間、アゾーという、愛想が良いとは言えないが、よく気の利く少女の営む屋台へ何度か足を運んだ。彼女の屋台では、植物油を生産した後の搾りかすを使った料理を提供していた。


搾りかすを固めて加熱したものに、同じく搾りかすを発酵させて作った調味料を塗って食べる。それは薄味だが素朴な味で、何よりも腹持ちが良かった。イスピクリートと呼ばれるこの料理は、栄養価が高く保存もきくため、この天体では定番となっている。


ある時、アゾーは甘いものが好きだと話してくれた。甘味料を少し混ぜたイスピクリートを作り、小指の先ほどに小さく切り分け、特別な時に少しずつ食べるのだと教えてくれた。彼女にしては珍しい笑顔が印象的だった。見せてほしいと頼むと、売り物ではなく自分用だと前置きをして、ポケットから小さな袋を取り出す。無理を言って一つだけ分けてもらい、食べてみた。甘味は感じられなかった。


またある時、アゾーは自身の境遇についても話してくれた。4日に1度、植物の加工工場でも働いているのだそうだ。そのため優先的に廃材を入手でき、他の屋台よりも品質が高いのだと自慢気だ。屋台で稼いだお金を貯め、いつか自分の店を持つのが夢だと目を輝かせて語ってくれた。


夢が実現した時には、ぜひ訪問したいと思う。だが少し気まずい。次の天体へ出立する最後の日、いつものようにイスピクリートの代金を支払う際に、加工後の食品の値段を知っているかと聞いて、彼女の機嫌を損ねてしまったのだ。

食事が美味しくないということは、物資の希少性と食欲のコントロールという、極限環境下において重要な要素に直結するのかもしれません。

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