最終章:未来への希望
朝日が差し込むリビングで、エリがテーブルに座ってノートに何かを書いていた。ペンを走らせる音が静かな部屋に響いている。僕は少し離れた場所からその様子を眺めていた。
「何を書いてるの?」
僕がそう尋ねると、エリは手を止めて、少しだけ恥ずかしそうにノートを閉じた。
「秘密。でも、今日は特別なことを書くつもり。」
「特別なこと?」
「うん。だって、こうして静かに過ごせるのも、なんだか奇跡みたいでしょ?」
彼女の言葉に僕は頷き、彼女の隣に座った。
「少しだけ見てもいい?」
エリは一瞬迷ったようだったが、ゆっくりとノートを僕の前に差し出した。
ノートの中には、エリがこれまでの日々をどれだけ大切に思ってきたかが、繊細な文字で綴られていた。
「今日は彼が魚を釣ってきてくれた。本当に頼りになるな。」
「一緒に星を見た。彼と話すと、未来が少し明るく見える。」
「また誰かがこのノートを読んでくれる日が来るのかな?」
ページをめくるごとに、エリの想いが僕の胸に響いてくる。彼女がどれだけ前向きにこの状況を受け入れようとしていたかが伝わった。
「これ、全部本音?」
僕が尋ねると、エリは少し照れくさそうに笑った。
「うん、全部本当のこと。……でも、あなたには見られると思ってなかった。」
「嬉しいよ、ありがとう。」
その日、僕たちは一緒にノートを書き続けた。エリは新しいページを開き、ペンを持ったまま僕を見つめた。
「ねえ、このノート、最後に誰かが読むことがあるとしたら、何を書いておきたい?」
「うーん……」僕は少し考え込む。
「未来の誰かが読んでくれるなら、こうかな。『ここに僕たちが生きた証があります』って。」
「それ、いいね。」エリは微笑みながら、僕の言葉をノートに書き写した。
僕たちは交互にノートに思い出や気持ちを書き込んでいった。その中には、星を見た夜のこと、釣りに行った日のこと、そしてお互いに感じている感謝や絆もあった。
ある日の午後、エリはふとノートを抱えながら言った。
「これ、どこかに残しておこうと思うんだ。」
「残す?」
「うん。誰かが見つけてくれるかもしれないでしょ?」
僕たちは町外れの大きな木の下にノートを埋める準備をした。その木は、まるで僕たちを見守るかのように大きく枝を広げていた。
「ここなら、きっと誰かが見つけてくれる。」
エリがそう言いながら箱を慎重に土に埋めていく。その手つきはまるで宝物を埋める子どものようだった。
最後に彼女は、ノートの最後のページにこう書き記した。
『私たちはここにいました。この星空の下で、静かに暮らしました。』
埋め終わった後、僕たちはしばらくその場所を静かに眺めていた。
「これで未来の誰かに届くといいね。」
「うん。でも、僕にとっては、今ここで君と一緒にいることが一番大事だよ。」
エリはその言葉に少しだけ涙ぐみながら微笑んだ。
エリが僕に尋ねた。
「ねえ、もし世界が戻る日が来たら、何がしたい?」
僕は少し考えてから答えた。
「もし世界が戻る日が来たら、映画館で世界を救う映画を見るかな!」
僕の言葉にエリは笑いながら頷いた。
「たかぼーらしいね。私も付き合うよ、その計画。」
そして彼女は、僕の手をそっと握った。その手の温かさが、これからも続く日々への希望のように感じられた。
朝日が昇るとともに、また新しい一日が始まる。僕たちはその日も静かな生活を続けていたが、どこかで未来への小さな希望を胸に抱き続けていた。
誰かがいつか、あの木の下に埋められたノートを見つけるだろう。そのとき、僕たちの存在が確かにこの場所にあったことを知るのだ。
終わりではなく、続きのある物語として。そしてその物語は、また新しい世界へと繋がっていくのだろう。
僕たちが見上げた星空のように、静かに、そして確かに。