第2章: 静寂のなかの声
それは、孤独な日々が半月近く続いたある日のことだった。昼下がり、いつものようにぼんやり窓の外を眺めていると、小さな物音が耳に入った。かすかな足音。それは確かに、人間のものだった。
「まさか...」
僕は恐る恐る玄関の扉を開けた。そして、そこに立っていたのはボサボサの髪と痩せた体の少女だった。目は虚ろで、唇は乾燥してひび割れている。それでも、その目には確かな生の光が宿っていた。
「...あの...助けてください」
僕は言葉を失った。人間だ。それも、僕と同じくらいの年齢に見える美少女だった。どうして、どうしてこんなところに?
「入る?」
ようやく絞り出した言葉に、彼女はかすかに頷いた。震える手でドアを閉め、彼女をリビングに案内した。
「何か食べる?今あるのは、缶詰とインスタントラーメンくらいだけど...」
「...ありがとう」
彼女の名前はエリ。震える声で少しずつ語り始めた彼女は、自分もまた長い間引きこもっていたことを話してくれた。そのせいで奇跡的にウイルス感染を免れたのだという。
僕たちはリビングのテーブルを挟んで座り、エリの持っていた小さなリュックの中身を確認した。リュックには、ボロボロになった水筒と、小さなノートが入っていた。そのノートには、ぎっしりと細かい文字で何かが書かれていた。エリはリュックからノートを取り出すと、震える指先でページをめくった。そこには日付とともに、短い文章や小さなスケッチが書き込まれていた。
「これ、ずっと書いてたの?」
「うん、怖くて何もできなかったけど、書いている間だけは少しだけ落ち着けたから。」
ページの一部には、窓の外を描いた風景や、食べ物のことを書いたメモが残されていた。「最後に食べた缶詰がとてもおいしかった」といった言葉に僕は胸が締め付けられた。
「一人でこれだけ耐えてきたなんて、すごいな。」
僕が感心してそう言うと、エリは少し照れくさそうに目をそらした。
「すごいことなんてないよ。ずっと怖かっただけ……。」
彼女の言葉には重みがあった。生き延びた者にしか分からない苦しみ。僕もまた、同じ思いを抱えていた。
その日の夜、僕たちは手持ちの食材で簡単な夕食を取った。インスタントラーメンに缶詰を少し足しただけの質素な食事だったけれど、エリが「おいしい」と笑ってくれたことが嬉しかった。
「これからどうしようか?」
食事を終えた後、僕は彼女に尋ねた。
「ここにいても、食べ物は限界だよね。でも、どこに行けばいいのか分からない……。」
エリの声は不安に満ちていた。僕も答えが見つからなかった。だが、二人で話し合ううちに少しずつ現実を受け入れる準備ができた気がした。
「一緒にいれば、きっとなんとかなるよね。」
エリの言葉に、僕は小さく頷いた。
こうして、僕たちの奇妙な共同生活が始まった。