【tp8】初戦の相手が、まさかのPETボトルキャップという結構な【弱くてニューゲームorz】で迎えるチュートリアルと
「気分はどう?」
「いいわけないです。⋯⋯まあ、アデリーさんのおかげで、さっきよりずいぶんマシになりましたけど」
明々と灯るシーリングライトに照らされた、白いクロス張りの天井を背景にして、三人分の飲み物を手に一階から戻ってきたばかりの先生が、俺の顔を覗き込んで話しかけてきた。
「なら、よかった。そのままでいいから、聞きなよ」
膝枕してもらったまま?
それはちょっと――。
「まだ紙みたいな顔してるんだから、無理しちゃダメだよ。マーゴットも、別にいいよね。ポーリャちゃんがそこにいたって」
「正直なことだけ言わせてもらおう。足が痺れてきたから、そろそろベッドの上にでも移ってもらいたいのだけれど」
清潔そうな匂いと寝心地は百歩譲るとして、居心地の善し悪しなんて、絶対に言えるはずのない膝枕を渋る俺と、こちらからは凪いだ水面のようにしか見えない菫色の瞳を先生に向けて、足が痺れたと訴えるマーゴット。
三本のペットボトルを、マーゴットがいたロフトの真下から少し離れて置かれているベッド脇の書き物机に並べながら、俺達二人の視線を受け止めた先生は、右の手のひらをあっさりと俺に差し伸べてきた。
「二人がそう言うなら、そういうことにしとくよ。立てそう、昴?」
「なんとか」
⋯⋯ああ、参った。それにしても、魔力切れなんて、いつぶりだろう。
先生の腕に、半ば縋るように体重をかけさせてもらい、立ち上がる。
目眩こそもうないものの、足元がふわふわとしてまだ上手く定まらない。
我ながら情けねー⋯⋯と思いつつ、どうにか寝台の上まで辿り着いた俺は、ずるずるとヘッドボードに背中を預けた。
「どっちにする?」
病人でもないのに、ベッドの上の住人と化した俺を見届けて、三本のペットボトルの中から、早々とコーラだけを抜き取った先生が、残りの二本のどちらが欲しいかと俺とマーゴットに問うてくる。
「俺は最後でいいから、アデリーさんからどうぞ」
「ペギーでいい。お嬢様みたいに振る舞うつもりが有るなら、そう呼んで欲しい。⋯⋯なあ、実は、読めない漢字があるんだ。この二つのうちで、味が甘くないのはどちらだ?」
日本語に不慣れなのは、本当みたいだな。話し方は、ちょっと女の子らしさにかけてて、しかも古くさいのを別にすれば、わりかし流暢なくせに、変なの。
ペットボトルを両手に一本ずつ持ったマーゴットが俺の直ぐそばに浅く腰掛けて、先生には聞かれたくない様子で、声を潜め、尋ねてくる。
「読め」ないから根拠なんてないものの、さっきまで静かだった菫色の瞳に、助けを欲しがっている、緊張した困惑感が少しだけ浮かんでいるような気がしたので、俺はそれを信じて口を開く。
「それならどちらも。人工甘味料も、砂糖も、そのほかにも甘さを感じさせるようなものは何一つ入ってないです。日本茶と紅茶の意味は⋯⋯、分かってるみたいですね。どっちにします?」
「ならば日本茶にしよう。日本に来たら、本場のものを一度試したかったんだ」
ペットボトルのお茶に、本場とかそうじゃないのとかって、あるのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんだが、不粋になるだけなので口にしない。
その代わり、背凭れから苦労して上半身を引き離した俺は、彼女が選ばなかったほうのボトルに手を伸ばし、ちょっとでも似ているといいんだけれど、と願いながら、言葉を繋げた。
「じゃあ、俺は残った紅茶で。――さっきは膝を貸してくれて、本当にありがとう。私も恥ずかしかったから、お相子ですね、ペギー。⋯⋯貴女のお嬢様の喋り方って、こんな感じで、合ってます?」
「――全然似ていないよ。キミは魔法以外も下手くそだな」
「そうスか。教えてくれたら、ペギーでも見分けがつかないくらい、似せられると思います?」
「お嬢様の名が懸かっているんだ。出来るようになってもらわないと困る」
「ねえ、二人で何の話をしているの? ボクも混ぜてよ」
さすがに、視線を交わさず、声も十分に届かない状況なら「読み」ようがないらしく、先生が俺達の会話に直接割って入ってきた。
「甘くないお茶はどっちだって聞かれたから、両方ともって答えただけです。ペギーとは初対面なんだから、大したことなんて話しようがないですよ」
「そのとおりだよ。あとはな、お嬢様の喋り方を尋ねられたから、似ていないって返事もしたけれどね」
「ふうん。少しはやる気になったみたいだね。頼んでおいてなんだけどさ、きっと大変だと思うよ。現実は、ああ上手くはいかないだろうしね」
ああ上手く? なにを指しているのかと思い、俺が半身を投げ出しているこのベッドの足元のさらに先、そこへ投げかけられた先生の目線を追うと、合点が行った。
向かいの壁に造り付けられた、背高の棚の中に、インド神話から魔法の教本に至るまで所狭しと並んだ雑多なジャンルの本達。
存在感を湛えて、その一角を占めるテラコッタ色の超がつくほどの長編作品の出だしは、確かに今の俺が置かれた状況と、共通点がなくもない。
あの話の結末は確か――、思い出しかけたところで、俺は慌てて思考を散らし、書架からこちらに戻ってきた先生の魔法の目から逃れるために、両手の間に視線を落とした。
これからどうしよう。一瞬だけ悩んだ末、持っていたペットボトルのキャップが開けられなくて困っている小さな女の子のふりをする。
危ない、危ない。作品の大のフリークである先生に、こんなところで完結前の物語のネタバレなんて「読ませて」しまったら、帰ったあとで何を言われるか、知れたもんじゃない。
――⋯⋯バレてないよね?
思いながら、恐る恐る目線を上げると、先生とペギーが、二人揃って胡散くさそうな顔で俺を見つめていた。
バレてるし。あーあ、がっかり。ダサすぎ。
先生の言う通りだ。現実ってやつは、本当にままならない。
だけどな、それでも|成し遂げたいものがある《未来に帰りたい》んだから、四の五の言わずにやれることをやるしかない。
照れ隠しに特大のため息を一度だけ吐き出すと、俺は腹を括った。
出来もしない小細工はやめて、この時代で最初の難敵となったボトルの蓋を、五歳の女の子なりの全力でひねる。
ふりなんていらないくらい本当に固かったキャップが、俺の指の力を受けて、やっとのことで小気味のいい手応えを伴って、開いた。
しばらくはチルの世界の過去編
https://ncode.syosetu.com/n8738kl
と交互投稿予定です。よろしくお願いします!




