【tp3】 幼馴染(ことり)のせいで、俺の名前が可愛すぎる件について
〜センサ死んだ【元】チート使いは、
一家郎党全滅回避の【成果品】として、
異魔法観世界の破滅ENDを遂げた【赤の仔狐令嬢】に
マジで補填済み〜
――昴が南のお空の星だから、この子の名前は⋯⋯。
北のお空にある北極星を、ちょっと可愛くして⋯⋯ポーリャなんていいんじゃないかなあ!?
ノースポールやポラリスじゃあ、かっちりしすぎてるもん。
ほら。
本体だってまあるくて、ピカピカしてるし、ぜえったいそれがいいと思うんだ!
いやじゃなきゃあそうしちゃいなよ。どう?
⋯⋯。
今にして思えば、会えない母を恋しがっていたのだろう。
ぬいぐるみ一つ一つに名前をつけるのがブームだった、幼き日の少女が勝手につけた、EAPには本来要るはずのない、“個体識別のための呼称”。
ポーリャ――いいや、ポーリャ・“ツェツァ”・スヴェトラーナ。
彼女のそのときどきの“好きなもの ”を反映し、幾度か改まった末の「一番最後の名前」。
そんなものを、まさか自分が名乗る羽目になるとは思わなかった。
もっと言えば、最初にただのポーリャの名前を決め込んだ、あの頃の小鳥や俺とそう変わらないような姿になっているなんて、夢にも思うわけはない。わけはないのだけど⋯⋯。
全部、現実なんだよな。
手にしたカップの内側。
そこにある小さな水面から顔を上げた俺が、ちらりと視線を流した先。
部屋の隅で沈黙したままの中型ディスプレイ――今ではちょっとした骨董品になってしまった、テレビという情報家電――の黒い画面に映り込んだ部屋の景色には、幼い女の子にしかみえない俺と、先生や母さんと同年代のおばちゃんからなる二人組が座卓を挟んで向かい合っていた。
冬になれば掘り炬燵になるに違いないその席にちょこんと腰を下ろした俺は、目の前に掛けた女性が俺の見た目に合わせてわざと温くしてくれた、おいしいとは言い難い日本茶をすする。
こんなことなら、朝ごはん、ちゃんと食っとけばよかった。
空腹は頭を冴えさせるからと強がった、半日前の俺が、視線さえ向けなかった、アールグレイの香りを思い出す。
お茶の類に一家言を持つ小鳥が淹れてくれた、ベルガモットの香りの、そのフレーバーティーは、きっと少しだけ苦くて、確実においしかったに違いなかったのに、勿体ないことをしたなあと、今更になって思ってしまった俺は、
違えよ、さっさと仕事を終わらせて、お茶を飲みに行くための支度を始めるんだろ、と思い直す。
そんなふうに、先のことを考えられるくらいには俺の気持ちが落ち着いたことを「読み」とったのだろう。
今度はちろちろと部屋の外の様子に耳をそばだて始めている、女の子の姿形をした俺に向かって、
「上に行って様子を見てきてもいいわよ」
と、出水知恵さんと先ほど名乗ったばかりのソバカスと泣きボクロが特徴的なおばちゃん――生まれて初めて出会った俺の大師匠様は、声をかけてくれたのだった。