【tp2】 サン、ニイ、イチ! 間に合え――ッ!
⋯⋯ッ!!
喰らったらタダで済むはずのない《鋏》を前に、強張る身体。
身を守るために思わず翳しかけた両手を、俺はどうにか意志の力で引き戻す。
そうやって中途半端に立ち竦む俺の目の前で、《狐》は、抱えていたはずの危険きわまりない代物を投擲した。
「え」
思わず呟きながら、俺は目を瞠る。
大きく振り上げられた腕の反動で、《狐》が被っていたフードから、女にしては短い淡色の髪が零れた。
挙式を終えた花嫁が放り投げるブーケにも似た放物線を描いて飛んでいった爆弾に向かう、真っ直ぐな射線が伸びることを俺に予告るEAP。
そこで初めて女の“狙い”に気付いた俺が、踵を返そうとした、その瞬間。
ようやく姿を見せたスマホの放つ最大光量が、フードから晒された女の目を灼いた。
「読み」で視覚を零にした一時だけの闇の中で、暴力的な眩さをやり過ごしながら、俺は臍を噛む。
それとほとんど同時に、俺達二人の頭上を仰ぎ見るEAPから、リンク経由で送られた防眩処理済みの映像のど真ん中で、魔法技術を配線内に幾重にも織り込まれた爆弾が、「本物の魔法」で出来た《鋏》に容赦なく撃ち抜かれた――⋯⋯。
⋯⋯――ばしゃん!
爆ぜた光をまともに受けて戦闘不能に陥った女には目もくれず、俺は奴の魔法が爆弾に与えた決定的な影響――起爆時刻が、レセプションの出席者が集い始める午後五時ではなく時刻不詳に変わったこと。つまるところ、爆弾の暴走――が、招くに違いないたった一つの帰結を変えるため、水たまりを跳ね上げながらひた走る。
ずっと繋ぎ放しだったスマホの先。
俺が立つこの高級ホテルの屋上の十二階層下で、今夜のレセプション会場となるバンケットルームにいるはずの先生に、
「ししょう!! みんなも! ッ、はやくにげて! マズいことになった!」
先生たちの後ろで流れているパッフェルベル。
華やいだ雰囲気のある旋律を、断ち切らんばかりの勢いで叫ぶ。
声の限りに、即時避難の呼びかけを済ませた俺は、疾うに落下を終えていた爆弾のもとへ辿り着く。
直ぐさま、魔力を込めた指先を伸展。
弾くように、鋏が突き立てられたままの外装に触れる。
はち切れそうなくらい、研ぎ澄ませた触覚を頼りに「読み」取った爆弾。その内側に仕舞われていた、恐ろしいほどの構造の緻密さと、EAPが叩き出してきた“四十秒も残されていない猶予”に、
「な――マジかよ、嘘だろ⋯⋯!?」
いよいよ総毛立つ。
ほんの少しの逡巡の末。
本来の目標だった爆弾をバラす選択肢を、俺は放棄。頭から追い払う。
EAPと「読み」を組み合わせた総当たりによって、爆弾の正常な動作を阻む要因――《鋏》の解体を決意。もう、否も諾もなかった。
視野と思考が、針のように先鋭化し、そして。
瞬くように過ぎ去った、三十と七・五秒後。
バッテリーがマイナスに移行したEAPの画面をびっしりと埋め尽くす「incorrect」のログ。
先生と母さんにしたはずの約束をかなぐり捨てた俺は、生来の魔力で改めていっぱいにした手のひらと指先で、火傷するほどの熱を帯びたスマホをぎゅっと握りしめる。
あとはただ、ひたすらに希うことしか、出来なかった。
頼む頼む頼む、俺にもっと力があれば、誰も死なせ⋯⋯ブづンッ!!
ジッ――――ツーツー⋯⋯ツー⋯⋯⋯⋯