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【最悪仕様のチート魔法】お嬢様な【俺】と、たたれし恋のメヌエットはデラ・アイロニック  作者: 庭廷梛和
第二章 狐の懸想曲【赤狐さまはご執心】

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【tp26】正直なほどツミな三日目の、ロクでもない俺たちの帰り途(みち)。その始まり

「放せよ、キミの助けなんかお願いしてない」

「嫌だね。『読み』が止められなくて、溺れかかってるくせに」

「べ、別に溺れてなんか」

「だったら、『わたしが助けたがってる 』だなんて、口が裂けても言わずにおくべきだったな、宮代笙真。今だって見苦しく『読み』が点いたり消えたり、わかってるんだろ?」


 少女の言葉通りだった。吊り下げられた鼠の姿が、くすんだ虹色の光を纏っては、また泥だらけのまだらに戻る。


「…………」


 笙真がゆっくりと尾を丸めた。赤い目を閉じ、横ひげをもぞもぞと(せわ)しなく震わせる。


「統の『憑き』の真似事なんかするからだよ。ブレーカーがバカになった所だけは別だけどな。及第点をくれてやるから、さっさとおとなしくするんだ。お嬢様から介抱してもらいたいなら、放り出してあげなくもないけどさ。要らないだろ?」

「……要るって言ったら、放り出す……?」


 短い沈黙を挟んで、意外な要望を返してきた笙真に、嘆息を吐いたばかりのペギーが、パグみたいな(しか)めっ面をした。

 微かな二度の舌打ちのあと、不安げな眼差しで二人のやりとりを見守っていたお嬢様と俺の手のひらに笙真を押し戻してくる。


「そこまでしんどいのかよ。……ポーリャ殿、このわからない泥鼠(どろねず)をレベッカ様といっしょにお願いできるかい? 今の笙真には、私の目は利きが良すぎるみたいだから」


 もちろん。俺は首肯(しゅこう)する。

 二人で支えることになった笙真の脱力した身体は、霧散させたばかりの《鋏》とは真逆で、柔らかくて冷たかった。

 きゅっと唇を噛んで、お嬢様が視界を(うつむ)かせた。

 言い聞かせるための口調で、ペギーが優しい声音を落としてくる。


「レベッカ様、小さいあなたには大変でしょうけれど、今の笙真はとても具合がよくない。レディとして、お姉さんらしくしてあげましょう。それが一番、笙真の助けになるはずですから」

「うん……」


 思っていたよりも、しっかりした返事のレベッカお嬢様が、一度だけ瞬きをした。

 俺といっしょに、軽くて適わない汚れきった鼠姿の少年を、そっと両手で包みこむ。

 濡れた毛並みの向こうに確かに残る熱を、慈しむようなレベッカに付き合いながら、指先に込めた力を、笙真のために少しばかり緩めてやる。


 俺とレベッカを、体表面越しに「読ま」ざるを得ないからだろう。

 笙真が、拳の中で一度だけキュウと甲高く鳴いた。

 彼の苦しみを減じてやりたい一心で、なるべく何も思わないように、とお嬢様にもお願いする。


 暴れる鼠を手のひらで挟み込んだ主の身体を、雫を拭った傘の下へと招き入れたことで、ペギーも、ようやくひと心地つけたみたいだった。

 押し殺すような、長いため息が聞こえた。

 濃青のスカートが、少女の安堵を示すように、俺たちの視界の一番外れで、泥まみれの裾を静かに揺らした。

 

 「明かし」としての一番の責め苦は、魔力の枯渇まで続くのが性質上の特徴だった。

 それが、どれだけ苛烈なのかは、想像したくもなかった。

 手の中の笙真が、静かになった。

 覆っていた手のひらを、少しだけずらして、様子を窺う。

 放心しきっていた赤い瞳と目が合って、こちらの方が泣きそうになってしまう。


 レベッカは、大丈夫だろうか。


 俺がここに宿ることで、しなくてもいい思いをしているであろう彼女と笙真に、ふと、思いを馳せる。

 

「あたしなら、だいじょぶだよ。ねえ、ポーリャ? 笙真君も、ちゃんと大丈夫なんだよね?」


 驚いた。芯のある幼い声に、俺は内心で目を(みは)るしかない。

 ポーリャ(おれ)からの返事を、行儀良く待っているお嬢様が、きちんと安心できるように、何度も、きっと大丈夫だよ、と思い浮かべた。

 震える指先でなぞっていた笙真の身体が、微かに油膜色を纏いながら、身動(みじろ)ぎを返してくる。

 二人分の体温で、早くも干乾びかけていた毛先の泥を振り払いながら、“ボクはもう大丈夫”。訴えかけるように起き上がろうとする鼠へ、丸めたお嬢様の指を差し出す。

 

「辛かったら無理して立つなよ。昨日と同じか?」

「……昨日?」

「プーカたちに捕まってたろ。あの時も具合が悪そうだったから」


 細々とした、ひび割れ気味の口調で返される。

 こりゃあ、どうやら無関係らしい。

 そう踏みながらも、一応は尋ねきってしまう。


「ああ、あれ。あれはね、」


 笙真が言葉を切る。

 「明かし」同士が交わしているとは思えないくらい、もどかし過ぎる応酬(やりとり)

 滲み出た彼の不調を、(いや)が上にも感じ取らされてしまう。


「ポーリャ。笙真君が、気持ち悪そう。聞いたら、めっ、だよ?」


 限界に達しつつある小さな鼠を、俺と一緒に見下ろしながら、お嬢様が言葉足らずな咎め声を上げた。

 耳のすぐ後ろから掛けられたような距離感に、俺は、頷く。

 

「あれは、別に――」


 そんな俺たちを、分けて()取ることさえできなくなっていた笙真が、口元の動きを微かに残したまま、声を途絶えさせた。

 ぼやんとしたままになっていた赤い瞳が、ゆっくりと瞼の奥へと沈み込んでいく。


 俺ではなくて、レベッカが、閉じきらなかった彼の目と、泥だらけ鼠のだらんとしていた尻尾の先を、大事そうに手の中へと仕舞い込んだ。

 

「レベッカ様」


 傍らで、黙って様子を見守ってくれていたペギーの声が、俺たちの頭のずっと上のほうから降りてきた。

 笙真を胸元に抱えたまま、レベッカと一緒に、目線を上げる。

 《鋏》を暴れさせずに済んだというよりかは、そのための魔力すら残っていないことを、レベッカの鶸色の瞳の色だけで即座に観て取ったのだろう。

 菫色をしたペギーの目が、安堵と懸念が相半ばする複雑な光を灯したまま、俺たちをじっと見つめてきた。


「だいじょぶだよ。笙真君なら、ねてるだけで、ちゃんと息してるよって、ポーリャがリベに教えてくれたの」


 心配そうな顔をした侍女を、安心させたいのか、レベッカが、底抜けに明るいお返事をしてみせてくれる。

 ますます剣呑そうに細められたペギーの両目へ、小さく頷き返すと、俺は、辺りを見渡した。


「笙真がこんなだし、あんまり長居をしない。それに越したことはなさそうだけどね。ペギーだって、そう思うでしょ?」

「勿論。ポーリャ殿、レベッカ様がよもや歩かれない、なんてことはないでしょうね?」

「小一時間くらいなら、全然平気だよ。……正直言えば、少し寒いけどね。ペギーこそ、手と足、痛むんじゃないの?」


 泥水に浸かってしまった傷口を指摘する俺に、ペギーは返事を寄越さなかった。


 イケね、藪蛇(ヤブヘビ)。聞かなきゃよかった。


 チラリとそう思う。

 降り止みそうにない雨音が、傘を叩いている。

 その音に耳を傾けながら、俺の思い出の中にある甲南湖の森と、現在地を重ねようと努めてみる。


 こっちの世界でも地形は同じなんだから、どうにかなる、はず。


 期待を込めて頭を(さら)ってみたけれど、結果は(かんば)しくなかった。

 赤狐の姿のレベッカの巻き添えをくって、やみくもに走り回されたからというよりも、もう何年も甲南湖を訪れていなかったせいで、知り尽くしたはずの風景が曖昧になっている。

 小鳥たちとこの森で遊んだ記憶が、助けになりそうな気はまるでしなかった。


「そうだ、スマホ。マップを見れば」

「無理だよ、圏外。――斜面を下れば森は抜けられないか?」

「抜けれるけど、車道へ出るには、法面(のりめん)が急過ぎだよ。知恵先生の家から来たときに見たでしょ? お嬢様が五メートルの段差を飛び降りてもいいってなら別だけど、怪我させちゃう」

「降りられなくても、道路脇まで出られたら、電波くらい拾えるだろ。もし駄目でも、わたしの魔法ならレベッカ様を降ろして差し上げられる。なんとかなるさ」


 ペギーの中で、結論が出たらしい。

 頼もしいことを言い出した侍女が、下る方向を探してか、雨で(けぶ)った景色に向けて、視線を巡らせた。


「行きましょう。足元にお気を付けて」


 傘を傾けて、俺たちを濡らさないようにしてくれたペギーへ、素直に付き従う。

 俺と彼女の両方から促されたレベッカが、濡れた落ち葉を踏みしめながら、歩き始める。

 傘の端を見上げた菫色の瞳が、弱まった雨脚(あまあし)と同じように、物憂げな表情を浮かべていた。


 静か過ぎるそのさまが、如何にもいつものペギーらしい。

 そこまで思い浮かべながら、俺はお嬢様の唇を引き結んだ。


 余計なことを考えてる場合じゃないよな。


 ぐんなりとしたままの笙真の身体を抱き留めているレベッカが、間違っても転んだりしないよう、俺は足元に意識を集中させた。

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