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【最悪仕様のチート魔法】お嬢様な【俺】と、たたれし恋のメヌエットはデラ・アイロニック  作者: 庭廷梛和
第二章 狐の懸想曲【赤狐さまはご執心】

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【tp25】正直なほどツミな三日目、四の五の言うべき時間(とき)の終わり

「こん、やく……?」


 (かす)れたソプラノは、きっと俺が絞り出したんだろう。

 そう確信できるまで、数秒を要するほど、ペギーの話は唐突だった。


 冗談だろ? ペギーは(すばる)に惚れてたんじゃなかったの?

 大体、この子と笙真だって、どう見ても……。


「なあ、全然意味がわからないんだけど――?」


 我ながら、底抜けに間抜けなことを尋ねている。

 (まろ)び出た問いかけを、そんな風に評価した俺へ、返事を寄越してくれたのは、ペギーにやり込められて小さくなっていたはずの笙真だった。


「……わからなくないでしょ、(すばる)の解釈であってるもん」


 フラッシュでも焚いたように、白鼠の身体が、ほんの一瞬、油膜色のプリズムを纏った。

 俺に向かってだけ、「読み」の魔法が使われた。

 添えられた笙真の軽口が、後追いしながら、彼の魔法の正確無比さを物語ってくる。

|EAP《魔法使い支援プロセッサ》抜きで達成したとは到底思えない、卓越した技量に惚れ惚れしながらも、……本当ならば、俺だって。

 顔を覗かせた「明かし」としての俺の自負が、心を疼かせる。


 俺が抱いた複雑な感想の中で、レベッカが「読まれ」なかった単純な事象だけは、五歳のお嬢様にも理解可能だったらしい。

 レベッカから返された、掻き毟りたくなるような痛みが、胸を締め上げてきた。


「レベッカ嬢と統は、《狐》の一族――ペトロフ家のために、正式な縁談を結ぶ、そのはずだったんだ」


 ペギーの肩先から、赤い目をした白鼠が、レベッカの心だけを頑なに知ろうともしないまま、諦観で縁取られた言葉を紡ぐ。


 ペギーの芝居めいた説法に触発されても、結局のところ、笙真は態度を改めなかった。

 そんな彼の不誠実な覚悟を、レベッカのために、どうにかして押し(とど)めたくって、俺が持ち得ていたはずの、もうひとつの魔法――「(あらは)し」が立ち上りかねないくらい、強く願った。


 黙れよ。今のこの子に、聞かせるべきじゃない。言っちゃ駄目だ。


 けれども、本来の俺とは似ても似つかないレベッカの魔力では、予想通り、そよ風一つ巻き起こせやしない。

 

 先ほどと違って、心の(うち)を「読んで」くれなかった、皮肉めいた笙真の声。

 そいつがしたり顔をしたまま、魔法を取り上げられていた俺の矜持を無遠慮に踏み荒らしてくる。


「ボクが事情を知らされたのは、二人が戻らなくって、家中が大騒ぎになってからだけどね……」


 再び樹冠に落ちた雷槌(いかづち)が、辺りを真白く、染め上げた。

 彼に「読ま」れることを待ち侘びて、胸の奥で、ほとんど焦げ付きかけているレベッカが、狼狽えながら唇を突き動かしてきた。

 

「統君と婚約なんて……そんな……変だよ。だって、リベは、笙真君が」

「ボクだってそのつもりだったさ! キミがそんな子じゃないのは、ボクが一番に知ってるもの」

「だったら、なんで? リベにわかるように言ってよ!」

「リベ様。キミは心変わりをしたことになってるんだ。ボクとのことは悪ふざけだったって、家のみんながそう言ってる」


 レベッカの子供じみた言い草を、同じくらい破綻しかかった理屈で押し返すと、笙真はまたもや黙り込んだ。

 彼の赤い瞳は、揺らめきながらも、強い光を湛えてこの身体を見つめている。


 ――見ているけど、たったそれだけなの?


 不意に浮かんだ絶望的な問いは、レベッカと俺とで一人分だった。


 こういう重なり方は、絶対によくない。間違ってる。


 反射的に脳裏を駆け抜けた「明かし」としての冷静な判断が、二人分の情動に掻き消される。


「――『読め』るくせに、『読ま』ないなんて、笙真君は、卑怯だよ……?」

 俺があんただったら、そんな選択をするわけがないのに。

 

 レベッカの悔しさに感化された、羨望まみれのポーリャの言葉が、ますますひりついた喉を乗り越えて(あふ)れ出した。


「すまない、わたしがやり過ぎたようだね。ポーリャ殿、わたしの目を見て、息を整えるんだ。お嬢様も、お願いだから、魔法を()めましょうか?」


 魔力の様態を通して、俺たちをつぶさに観察していたペギーが傘を投げ出し、膝をついた。

 重なったレースの裾を水たまりに浸した彼女から、深呼吸を促される。包帯の匂いと、俺たちの両手を握りしめた、柔らかい手のひら。

 少女の目が捉えていたに違いない、(たか)ぶった魔力が少しだけ宥められかけ、菫色の瞳が安堵の色を帯びた。

 

 (ほつ)れ気味の黄金(こがね)色のお下げごと、雨ざらしになりながら、和らいだペギーの眼差しは――……小鳥?――会えないはずの俺の大切な幼馴染によく似ていた。


 そう自覚した瞬間、あろうことか、俺の理性が消し飛んでいた。


 一切の抑制を喪った、レベッカの魔力が野放図になる。

 すぐさま手綱を取り直そうとした、俺の小さな手のひらが、生成されたばかりのベリリウム銅合金の鋏を握りかけ、レベッカの心に薙ぎ払われる。


 俺の制御を剥ぎ取られた《鋏》の魔法が、笙真に肉薄した。


 その先にある結末(おわり)を、せめてレベッカに見せないため、借り物の(ひわ)色を目蓋(まぶた)で覆うことしか俺にはできなかった。

 どちらが放ったかすら判然としない、嗚呼という叫びが、降りしきる雨の元へ放り出され、泥水の中でしぶきをあげた。


 そして。




「…………まったく。リベはいっつも無理難題ばっかりボクに吹っ掛けてくるよね。言っとくけどさ、並の『明かし』だったら、魔法から直に『読む』なんて真似は出来ないからね?」

「わたしの目を橋渡しにしたくせに、随分偉そうだな、宮代笙真」

「偉いに決まってるでしょ。うちで一番器用なのは、ボクだもん」

「統には及ばないけどな」

「うっわあ、出たよ、統馬鹿」

「お嬢様に首ったけのキミほどじゃないさ」

「古い言い方! マーゴットと同じで、お互い好きなんだから仕方ないじゃん。――リベ。聞こえてるよね? 酷いことを言って、ほんとにごめんね?」


 手加減無しで、思い切り振り下ろされたはずの鋏は、いつまでたっても、嫌な感触を伝えてはこなかった。


 かわりに、今更ながら震えだした拳に、毛並みだろうか? 濡れそぼった手触りが、そっと押し付けられる。


「…………?」


 (はや)すような声が聞こえるけど、何が起きたのだろう。


 瞼の向こうで起こったことを知りたくて、俺たちは、ポーリャの両目を、恐る恐る開けた。

 ぐしゃぐしゃに涙ぐんでいた視界を何度も瞬かせる。

 だんだんと見えるようになってきた景色の中に、握り込んだ拳に全身を寄せて、赤銅色の鋏に前足を伸ばしている珈琲色のまだら鼠と、濃青のスカートを泥まみれにしたペギーの姿が浮かび上がってきた。


「マーゴットみたいな焼き餅な子がいいなんてさ、ホントに統は趣味が悪いよね。……ポーリャちゃんだってそう思うでしょ?」


 赤い瞳で、まっすぐにレベッカを射抜きながら、照れ隠しのつもりなのだろう。

 俺の偽名を口にして、話題まで変えてきた笙真の言葉に、熱を帯びたレベッカの頬が、すっと遠ざかった。


 何様のつもりか知らないけど、どうして、俺に振るんだよ?

 俺は、あんたのリベ様や親友の統じゃないんだけど?


 意地悪な語り口だと自覚したまま、俺は黙りこくった。

 彼女の身体に宿った俺が、返事をしないことに、笙真は笙真で、何か気まずさを覚えたらしい。

 再び「読み」を使わずにやり過ごそうとする、強情っぱりで泥んこな鼠を、レベッカを伴った俺は小さく睨みつける。


 まだ消えていなかった、彼女の魔法が少しだけ、じわりとした熱を纏い直した。

 朱金の片刃を備えた鋏が、俺の苛立ちを受けて、手の中でかちかちと鳴き始める。


「ポーリャ殿、気にしないほうがいい。宮代笙真が有頂天になってるだけなんだから。それにしても、酷い有様だな。みんな泥だらけじゃないか。一度、先生の家に戻――」


 場を取り成したいのか、わざと両手を打ち鳴らした男言葉の少女が、俺たちを見下ろしかけ、


「る前にだ、笙真。わたしの目を誤魔化そうなんて、いい度胸じゃない?」


 菫色の瞳が、不意に険しさを帯びた。

 息を呑んで言葉を継ぎ直した彼女に、一秒遅れで、視線を追従させる。

 そうやって手元へ目を遣った俺たちの視野の真ん中に、鼠姿の笙真が再び映り込んできた。


「誤魔化してなんかないよ。少し休んでる、それだけ、だし――」


 張り詰めた糸の先で、掠れ掠れの彼の声は今にも消え入りそうだった。

 レベッカの手の甲にしがみついたまま、(くずお)れかけている笙真の首根っこを、包帯に覆われたペギーの指先が容赦なく(つま)み上げた。

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