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【最悪仕様のチート魔法】お嬢様な【俺】と、たたれし恋のメヌエットはデラ・アイロニック  作者: 庭廷梛和
第二章 狐の懸想曲【赤狐さまはご執心】

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24/29

【tp23】正直なほどツミな三日目の「其の参」は、じくじたる尻尾(こころ)を揺らして

 いけない。


 それは、俺の心の中で上がった声であり、笙真の上げた肉声でもあった。

 

 焦燥の向こうで、彼女の《(まほう)》が少年の右の頬を浅く切り裂いていた。

 緋色が、風に散った。


 気がつけば、俺たちの身体は駆け出していた。


「待って、待ってよ、――待つんだリベ!」

「駄目です、レベッカ様!」


 仔狐の嗅覚が、風に紛れた血の匂いを捉えた。耳朶(じだ)を打つ笙真とペギーの声が、近づきかけ、すぐさま遠ざかる。


 落ち着かなきゃ。思うほどに、心は空を掴むみたいだった。

 鋏を四散させようとして、すぐに放棄する。激しく揺れる視界に、とてもじゃないけど、集中できない。不可能だと悟らされる。

 

 魔法じゃなくて、俺が落ち着かなきゃ。この子を止められない。ううん、この子を止めたい。

 早鐘を打つ心臓。止まって、止まって――!


 必死に思っていると、少しだけ前足が思い通りになった。ぜいぜいと途絶えそうな呼吸(あえぎ)を捉えた。氷の上に置かれたみたいで、きっかけの無かったつま先が、ようやく手にした取っ掛かり。

 全力でブレーキを踏む。

 

 いや……!


 心の中から、又叫ぶレベッカの声がした。

 再び振るわれた赤銅(しゃくどう)色の《鋏》が、膨らみきった尻尾の先を掠める。無視して、さらに踏み込む。幸いにも痛みは感じなかった。

 ほとんど同時に、下草の感触が肉球の先に戻ってきた。


 ふわりと、全身を絡め取られる感覚。

 ペギーの《鳥》の魔法だ。じたばた藻掻く身体を、内側から大声で叱責した。


 放して、じゃない、止まれってば!!


 横殴りするような怒声に、怯えた身体が女の子の姿をとる。

 七色(にじいろ)に染め上げられた赤毛が絡まる指先。三度(みたび)呼び出された鋏を、追いついた笙真が握りしめて、物理的に無力化する。


 朝の冷えた空気と恐怖に晒されて、かたかたと鳴き始めた小さな肩や背中を、頬から血を流し続けていた笙真の上着が、覆い隠した。

 

 俺主導で見上げた、少年の姿を目の当たりにしたことで、レベッカはようやく、冷静さを取り戻したらしい。


「ごめんなさい」


 二度目の謝罪。

 力のない幼子の呟きが、森の静かなざわめきの中に、ぽつんと流れ、鋏と一緒に掻き消えた。


「…………魔法は止まったようだな。宮代笙真。お嬢様に、お召し物を」

「こんな状態じゃあ無理でしょ。レベッカ嬢が落ち着くまで、休憩にしよう」


 拾い集めた洋服を手にしたペギーが、こわごわと瞳を覗き込んでくる。

 魔法の状態を確かめていた侍女の少女を、苛立たしげに振り返った笙真は、空っぽになった()で乱雑に頬を拭って、目を伏せた。


「笙真君。ほっぺと手に、血が」


 胡座(あぐら)を組んだ彼の胸元で、縮こまっていたお嬢様がゆるゆると指を伸ばす。

 (ほお)に届きかけた俺たちの手を、袖口でさりげなく遠ざけて、笙真が大きく息を吐いた。

 

「……よければ、俺がかわりに仕度しようか?」


 あまりにも見ていられない。自分の心だけに従って、俺は声を上げてしまった。やらかしたと思い知らされるまで、一秒もかからなかった。

 少年が示した表情は、痛いだとか、悔しいとか、とにかく一言にはできない複雑なものだったからだ。


 憔悴(しょうすい)しきった彼の顔を見せつけられて、お嬢様は、ますます所在なさげに背中を丸めてしまう。

 彼女にあわせて、俺だって引き下がるしかない。笙真の顔が見えなくなる。

 入れ替わるように視界に飛び込んできた小さな握りこぶしが、きゅっと握り直された。


 ねえ、お嬢様。内心で呼びかけた俺に、途切れ途切れの涙声が鼓膜(こまく)経由で返ってくる。


 リベのせい。

 何度も震えていた喉が、上げたはずの声。

 それなのに、辛うじて俺が聞き取れたのは、たったこれしかなかった。


 そんなことない。君のせいじゃない。


 彼女の心を軽くするために、ごめんと思い浮かべたけれど、返事は戻ってこなかった。


 一方()通行に規制された、彼女と俺のやり取りルートに、やりにくいなと、心から思わされる。


「……キミたちに任せていたら、お嬢様に風邪をひかせかねないな。お預かりするよ」

 

 わざとらしい嘆息を洩らした《鳥》の少女の、有無を言わせない硬い口調。その声と同時に、笙真の背中が跳ねた気配が、俺に伝わってきた。


 おんなじように、彼の苦悩を感じ取ったに違いない小さな主の身体を、上着ごと抱き上げると、ペギーは、侍女としての仕事を開始した。


 込み入った立ち木の合間へ下ろされる。

 剥き出しのままだった両方の足先へ、再び下草が触れたのだろう。

 ちくりとした感触が、足の裏やふくらはぎの辺りから這い上がってきた。


 一月前に教えられた通り、絶対に下を見ないように顎を上げた俺の視界へ、樹冠と思しきわずかに明るい緑色と、彼女の(スミレ)色が入ってくる。


 凍った湖面のようなペギーの瞳は、いつもより強い緊張感を(たた)えていたのかもしれない。

 ぼやけた視界のせいで、実際に判別できたのは、単純に色と明るさのみだったけれど。


 鮮やかすぎる手際で、ペギーはお嬢様の身支度を終えた。

 ようやく下を向くことを許された俺は、ペギーに手を引かれるままに歩きながら、目元を拭った。手の甲でも、顎先(あごさき)まで届いていた(しずく)の存在を感じ取る。


 さっきまでと比べれば、格段に目が利くようになった俺の眼前で、目隠しの役割を終えた笙真の上着を、彼の腕に押し込む。


 あなたの手当はいたしませんからね。


 平然と(うそぶ)いた侍女の声が、耳に届いた。

 それでも、上着と一緒に、何枚か絆創膏を渡しているあたりは、さすがペギーといえた。


 改めて、適当な切り株に掛けさせてもらった俺たちの長い髪を、侍女の少女が(すく)い上げた。

 出掛ける前と同じ、二つのお団子に()い直してもらう。


 ペギーの指に巻かれている、白い包帯の結び目を、お嬢様といっしょに追いかけながら、俺はどう口火を切ろうか考えていた。

 お嬢様も、同じだったらしい。俺よりほんの僅か早く口を開いたのは、レベッカのほうだった。


「ねえ、ペギー、そのお指」

「指のことなら、言わないでくださいまし。昨日ちゃんと謝っていただいております」


「でも、痛く見えるもの」

「でしたら、『ありがとう、ペギー』って、おっしゃってくださいな。痛いのは本当ですけどね、お礼を言われれば、痛いのなんてどこかに飛んでいってしまいますから」


「……ありがとう、ペギー。あたしね、髪の毛もお洋服も、ちゃんとしてくれて嬉しかった。ペギーの手が、痛かったのに、ありがとう。あと……あとね、ペギーとポーリャの二人ともだけど……」


 たどたどしく(つむ)がれた言葉。その続きを手繰(たぐ)()せようと努力している五歳のお嬢様を慌てさせないよう、俺もペギーもじっと待つことにする。


「リベを止めてくれて、ありがと。……リベ、笙真君にも、謝ったり、ありがとうって、言わなきゃ」


 結わえてもらったばかりの、ふわふわした赤い毛束を手の中でもてあそびながら、吐露(とろ)し終えた彼女は、決意を込めて切り株から飛び降りた。


 柔らかいスエードのショートブーツを(ひるがえ)して、俺と一緒に笙真のいるほうを振り返る。

 

 少し離れた場所で、彼はまだ地べたに腰を下ろしたままだった。

 上着は着ていなかった。後ろに投げ出した右腕で、仰け反り気味になった白いシャツの背中を支えている。


 数分前まで、お嬢様を守っていた膝は、もちろん空っぽだった。俺たちの身体のかわりに、左腕が添えられている。


 俺がつけてしまった右手の引っ掻き傷は然程(さほど)でもなさそうだけれど、お嬢様の《鋏》が傷つけた右頬のほうは如何(いか)にも痛々しい。貼られたばかりの絆創膏に、薄赤色が(にじ)み出ていた。


 お嬢様と俺が傷口に向けた視線や、近づいてくる軽い足音に気がついているだろうに、彼は宮代家(「明かし」)に伝わる魔法、「読み」を使う気配を見せなかった。

 それどころか、気まずそうに目を逸らされる。


 彼女が思い描いていたのと、全く違う反応だったのだろう。

 明後日の方向を見つめたまま、こっくりと黙ってしまった少年の姿に、お嬢様が、戸惑ったように声を(こぼ)した。


「笙真君は、リベが、痛くしちゃったから、怒ってるの……?」

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