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【最悪仕様のチート魔法】お嬢様な【俺】と、たたれし恋のメヌエットはデラ・アイロニック  作者: 庭廷梛和
第二章 狐の懸想曲【赤狐さまはご執心】

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【tp22】正直なほどツミな三日目のはじまりは、恋々たる尻尾付きにて 其の二

 心臓ごと心を擦り潰されそうな、冷えた衝撃は永くは続かなかった。

 木の(ウロ)のようだった瞳に、見覚えのあるきらきらした光を瞬かせながら、お目覚めじたて(・・・)のお嬢様は、ポーリャ? と、俺の名前を呼んでみせた。


「お顔、怖いよ? どうしたの?」


 怖い? 違うだろ。

 お前の目のほうが、よっぽど――、舌の先まで出かかっていた言葉の代わりに、俺の口は、当たり障りのない(さそ)いを平然と吐きやがった。


「――なんでもないよ。笙真君やペギーはもう起きてるから、ポーリャといっしょに、レベッカ様も起きよう?」


 言いながら、思考の中心を指の腹、手のひら、頭へ引き戻していく。



「どうだった?」


 ぱちりと目蓋を上げた俺に、ペギーが問いかけてきた。

 きっと俺、ううん、お嬢様からずっと目を離さずにいたのだろう。そんなタイミングでの問われ方だった。


「起きてくださったよ、ほら」

「おはよう、ペギー」


「おはようございます、レベッカ様。お加減はどうですか?」 


「もちろん元気だよ? 笙真君は? ポーリャが、ご飯を作ってくれてるのは笙真君って教えてくれたの!」


 待ち切れないといった口調。おかしいのは、俺だと言わんばかりの、穏やかな朝の中で、彼女の体が、お団子にした銅色(あかがね)の髪を揺らし、席を立った。


「笙真君、おはよう!」

「おはようございます。もう少しかかりますから、マーゴットと一緒に待っていて下さいね」


「リベもお手伝いしたいな」「お手伝いですか?」


「うん、なんでもできるよ?」

「……そいつは心強い。それならお茶のお片付けをお願いします。そうしたらボクが食事を運びますから」

「わかった、リベにお任せして!」


 あまりに普通の、普通すぎるやりとり。

 俺は意を決して、レベッカ様の目を操り、笙真に心を『読んで』もらおうと試みた。


「笙真君?」


 不安と信頼。真逆の理屈からくる、はち切れんばかりの期待で高鳴った胸を、笙真は、どんなふうに「読んで」くれるだろう。


「なんでも⋯⋯ないかな。ポーリャちゃん、どうかしたの?」


「どうって⋯⋯。見えなかった?」


「別におかしいところは無さそうだけど? 気になることがあるなら、早めに知らせてね」


 知らせろって……。言えないから、こうしてるんですけど。

 思わず反感を覚えた俺は、結局は押し黙った。先生(ししょー)と同じ顔のあんたなら、きちんと読めるはずなのに。

 心の中に(オリ)を抱え込んだ俺を置いてけぼりにしながら、朝食の支度が整っていく。


「いただきます! ――おいひい!」


 笙真からサーブされたばかりの白パンを、一欠片(ひとかけ)ぶん口にしたお嬢様が、ほっぺたを押さえて歓声を上げた。

 ペギーや笙真を交えた食卓。レベッカの育ちからすると、確実にありえない顔ぶれで囲むテーブルのはずなのに、彼女は楽しそうだった。


 やっぱり、俺の気にしすぎ、か。

 こんなに普通な子が、あんな目をするはずないもんな。

 昨日が大変すぎたから、きっと疲れてるだけかもな。きっとそう。そうに違いない。


 俺はそう判断し、努めて普通に振る舞うことを決めた。


「笙真君、ペギー。今日はどうする? 森へは行くんだよね?」


 レベッカの喉が、粉吹き芋を嚥下(えんげ)し終えるのを待って、発した俺の問いかけに、ペギーが一瞬の間を置いて、応じてきた。

 笙真は、珍しく曖昧(あいまい)な様子だった。心ここに非ずとも言える煮え切らなさで、頷いた。


 朝食を平らげ、レベッカといっしょになってショートブーツを履く俺の背中に、笙真の手が触れた。


 ⋯⋯どうやら、「読み」を使っているみたいだ。


 彼に触れられて、くすぐったそうにレベッカが身を(よじ)る。


 俺は、彼女の感情に飲まれないように必死になって堪えた。


 居候の身で、彼女の目覚めが、負担になっているだなんて、絶対に認めたくなくて、堪えることしかできなかった。


      ◇

 

 一昨日は三人で、昨日は二人で歩いた、カラーコンクリート舗装の道を歩かされる。

 その道を、幾度(いくど)も、本当に幾度も一人で通ったに違いない笙真に先導され、目指す森の入り口まではあと僅かだった。


 朝七時台の甲南湖(かなご)の森は、ラムネみたいな空気の中へ沈んでいた。


 お嬢様が転んだりしないように、気を付けて歩く。興味深そうに上下右左と首を巡らせた彼女に合わせ、頭上の葉桜(ハザクラ)や、足元のカタバミを視界に収めながら進む。


「笙真君、これ、開けてみて? もしかしたら何か、拾えるかもしんないから」 


 たんぽぽの綿毛の軸が挿し込まれているポシェットから、俺は小さなEAP(スマホ)を取り出して、笙真に預けた。支援機能側の「あなまほ」は、パスコードではアクセスできなかったからだ。

 

 笙真の掌が、銀色の筐体に指を這わせた。

 「俺の世界の宮代笙真と同一」とEAPに判定された彼の魔力が、セキュリティを解除して、全ての機能が使用可能になる。


 スマホを返された俺は、少しだけアイコン探しに時間を割いたあと、小さな画面に表示されていた「あなまほ」のポップなアイコンをなぞり、アプリを起動させようとした。


 お嬢様の指が(うごめ)いて、アイコンを弾き飛ばした。

 あっ、と声が漏れた。


「これは触らないで!」

 

 反射的に叫び、お嬢様から掌のコントロールを奪い返す。

 

「なによ、リベだって触りたいのに」


 膨れた頬に挟まれた、尖り気味の口先から声がほとばしり、胸の中の火打石が打たれたような感じがした。


 だめだよ、こんなところで変身しちゃあ!


 思ったときには、手遅れだった。


 赤狐に変身した前足。さっきまで、右手があった高さから、支えをなくしたEAPが重力に従って、地面に落っこちた。


 森の下草に落ちて弾んで、土に埋もれた石にぶつかり止まる。

 

 俺は、かっとなって叫んでた。


「なんてことするんだよ!」


 女の子の姿を取り戻させた掌で、涙目になったまま、俺に唯一許された元の世界のアイテムを掴む。胸に抱き寄せて、金切り声をあげた。


「これはホントに大事なものなんだ! これがなかったら、俺は――ッ!」

「――見せてみて」

「笙真君!?」


 がりっという、嫌な感触。

 俺のEAPを掌から取りあげようとした、笙真の手の甲を、思わず引っ掻いてしまった。

 どうして、と思いながら、笙真の痛みの声を聞いた。


「いててて⋯⋯。大丈夫、どこも壊れてなさそうだよ」


 手の甲を口元に寄せながら、落ち着いた口調で彼は言った。

 ミミズ腫れになりかけている彼の右手から、スマホを受け取る。傷一つない筐体に、ほっとするより、赤い傷口に、申し訳なさでいっぱいになる。


「ご、ごめん⋯⋯」


「別にいいよ。大したキズじゃないし。――リベ様、ポーリャちゃんに、ごめんなさいをしましょうか?」

「いやよ。リベは、悪くないもの」

 

 謝罪を要求されたのが、予想外だったらしい。

 口走りながら、助けを求めるようにレベッカが首を巡らせた。

 (にじ)んだ光で満ちる視界に、(きん)色と(スミレ)色が映る。


「お嬢様、私も笙真と同じことを言いますよ」


「ペギーまで、ひどい。笙真君も、どうしてそんなことを言うの? かじったのは、ポーリャなのに、リベは悪くないのに」


 指先に唇の震えが伝わってくる。

 彼女の右往左往させた視界に、酔っちゃいそう。思いながら、俺は心の中で肩を竦めた。


 ⋯⋯小さな子そのものだな。

 こんな子相手に、怒鳴りつけるなんて、どうかしすぎだろ、俺。

 自分に、嫌気がした。


 うなじに笙真たちの視線を感じる。

 二人して黙りこくったまま、足元を睨みつけた「彼らのお嬢様」を、ペギーと笙真が見下ろしているみたいだ。


 俺が謝らなきゃ。思った瞬間、包帯を巻かれたペギーの白い手が、俺の――お嬢様の、両手をとった。


「お嬢様。昨日私に謝られたんだから、できるはずです」

「うん⋯⋯」


 視界が揺れる。木漏れ日を見つめたレベッカお嬢様が、戸惑った吐息を何度か挟んだあと、ようやく口を開けた。


「⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」


 零れた熱のある声。彼女を褒めるためか、頭に笙真の温かい手のひらが触れた。


 俺がそう感じた刹那(せつな)


 いやだ、というレベッカの感情が俺たち二人の心を真っ白く塗り潰した。

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