【tp15】荷届け先と、心の置き場はCとDのあいだに:ホップ・ステップな二日目 其の四
彼の言葉に堪えかねて、泣き出した俺に対する笙真の台詞は、どこまでも冷淡なものだった。
「⋯⋯ボクより年が上なのに、なんて泣き方。みっともないな。言ったでしょ、身体に心が引きずられるなんて、碌でもないよって」
そんなことを言われたって!
一月前までの俺なら、ここまで泣き虫なわけ、ないんだけど!
ひょっとしたら、半べそくらいはかくかもしれなくてもさ。
溜め息混じりで告げてきた奴に向かって、本当はそう反論したかったのに、震える声でむきになって主張する姿なんて、余計に惨めに見える気がして、俺は何も言えずにいる。
お嬢様が目覚めた影響か、自分でも戸惑うくらいに涙もろくなってしまっている身体が、恨めしかった。
これが、笙真の言っている、「身体に心が引きずられている」、そういうことなのだろうか?
ちくしょう、わからない。
俺の魔法が、使えたら、簡単にはっきりするのに。
甲高く響き渡っている、泣き濡れた声が聞こえていないはずはないのに、二階から、ペギーは降りてこない。知恵先生もだ。
火傷、そんなに酷いのかな。
俯いて通り過ぎた、少女の様子を思い出すと、また喉が、震えた。
⋯⋯やばいなあ。このままじゃ、引きつけでも起こすんじゃないか。
強く泣き入りすぎて、酸欠直前の頭で俺はぼんやりと考える。
転機がやってきたのは、その時だった。
「――――さいで」
え? 最低?
傍らに座り込んだまま、咽び泣きをしている俺をただ眺めているだけだった笙真が、話しかけてきた。
止められない泣き声に掻き消されて、正しく聞き取れない。
「今、何て」
言ったわけ? せっかく訪れた機会を逃したくなくて、仕方なく、涙声のまま尋ね直そうとした言葉の後半は、俺の耳にしか、たぶん届かなかった。
その瞬間、おもちゃ箱いっぱいに詰め込んだビー玉をひと息にばらまいたような、耳障りなけたたましさが、なんの前触れもなく、掃き出し窓の向こうで轟いたせい⋯⋯だけじゃない。
どちらかと言えば、頭蓋ごと両耳に巻き付けられた彼の両腕と、意外にも薄くはなかった胸板に、レベッカお嬢様の声に乗せた俺の声がくぐもってしまったからだ。
笙真の腕越しにも関わらず、つんざくような音に驚いて、目を覚ましたお嬢様が、ぱちくりと目をまたたかせながら、やっぱり砂糖菓子で作られたような声音で「笙真君?」と呟く。
さっきと同じ轍なんて、踏むものか。
俺は、今度こそ彼女を取り逃さないよう、「読み」の魔法使いとしての経験と、勘だけを頼りに、全身の力を緩める。
「麗しの真珠様とその主様へ、真珠様の兄様からのお届けものだよ!! このラウラ様が、確かに届けに参ったから! サインはいらないからねー!」
けたたましい音が止むのと同時に、俺の思惑が及ばない場所から全てを台無しにしてくれた“様尽くしの脳天気な声”が、出水家の大きな掃き出し窓と、ミラーレースのカーテン、それから、笙真の体温越しに、俺だけが取り残されたレベッカお嬢様の耳朶を叩いた。
次の行動に移ったのは、笙真のほうが俺より一息早かった。彼が立ち上がって、その腕に抱きとめられていた彼女がまた一人きりになる。
――シャッ!
苛立ちを隠しもせず、笙真は荒っぽい手つきで音を立ててカーテンを引く。
その向こう、陽光をはね返すようにきらきらと燦やいている芝生の上にいたであろう声の主は、忙しく飛び歩いているという、いつかのペギーの言葉の通り、すでに影も形もなかった⋯⋯。
「夕方には戻るから、庭にきた荷物を上へ持っていってやって。マーゴットあてだよ」
「進捗状況を見てくれるんじゃなかったわけ?」
「ボクの嫌味で泣き言をいうくらい進んでないんだろ。なら、見る意味ってないと思うけど。――行ってきます」
レベッカお嬢様に向けていたのとは全然違う、頑なな態度で、俺に言い残した彼は、どこへとも明かさずに勝手口のノブを押し下げると、本日三回目の外出のため、出掛けて行ってしまった。
知恵先生が言う通り、どうせまた森なんだろうけど。
近景の芝生に、遠景の甲南湖の森。
そんな緑一色の景色の中で、場違いなくらい色とりどりのリボンで飾りつけられていた大きな荷物を、苦労して軒下まで押し込んだ俺は、額に浮かんだ汗の雫を袖口で拭った。
なんとなく視線を上げると、俺の先生と同じ顔に名前を持った少年が数分前に開けっ放しにしていた、カーテンの向こうに、置き去りにされたままの俺たちの朝食に目が留まる。
今頃になってようやく湧いてきた食欲と、上にいるはずの女性陣二人、それから絶対に腹を空かせていそうな笙真の姿を頭の中ではかりにのせた俺は、俺と彼の二人分の献立だけを詰め直したコンビニの袋をむんずと掴んだ。
お嬢様のサイズぴったりに誂えられている真新しいエナメルの靴。
そのつま先を、トントンと小さく打ち鳴らしながら、LINEの送信ボタンを指でなぞった俺は、スマホをポシェットに押し込んで、ガラリ。
玄関の引き戸をあける。
ペギーみたいに上手な編込みなんて、流石にできないので、簡単に一つに括った長い髪を背中に背負ったまま、二つの荷物だけを手に、甲南湖の湖をぐるりと取り囲む森の入口に向けて、歩き出す。
読み手の皆様へ
今回でてきた、笙真の台詞の、「――さいで」の全文は、なんでしょうか?
これじゃね?って思ったらコメントをくださると嬉しいです。ぜひぜひよろしくお願いします。