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転生したら、監禁されてる英雄のお世話係になりました  作者: 無月公主


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6話目

「——信じろ……娘!?」


侯爵様が……話した!?


私は思わず息を呑む。


「馬鹿な……!」


医者が焦ったように叫ぶ。


「侯爵様は言葉を発することすらできないはず……!」


しかし、ギルクスの目は冷たく光っていた。


彼は医者をじっと見据え、すっと背筋を伸ばした。そして——。


「門番!!」


突如、低く響く声が、部屋中に轟いた。


それは、ただの呼びかけではなかった。命令の響きを帯びた、鋭く、威圧感のある一声。


バンッ!!


次の瞬間、扉が勢いよく開かれ、武装した兵士たちが一斉に突入してきた。 胸にゲレルハイム侯爵家の紋章を掲げた門番たちが、鋭い目つきで部屋の中を見回す。


「何事だ!?」


先頭の兵士が剣の柄に手をかけ、周囲の状況を確認する。


「——すぐに、この医者を捕らえろ。」


ギルクスの静かだが、強い威圧を含んだ命令が下された。


「なっ、何をする!? ギルクス様! 私は侯爵様のために——!」


兵たちが一斉に動く。


数人が素早く医者の両腕を取り、背後へとねじり上げる。


「ぐっ……放せ!! 貴様ら、私を誰だと思っている!?」


「黙れ。」


ギルクスが冷静に言い放つ。


「その言葉、誰が信じるというのだ?」


「ぐっ……!」


医者は歯ぎしりをしながらも、もはや逃げ場がないことを悟ったのか、悔しそうに顔を歪める。


「連れて行け。」


ギルクスの命令と同時に、門番たちは医者を引きずるようにして部屋を出ていった。


医者の叫びが廊下に響く。


「私がいなければ、侯爵様はもう助からんぞ!! お前ら、愚か者めぇぇぇ!!」


足音が遠ざかるとともに、部屋に静寂が戻る。


私は大きく息を吐いた。


(これで……終わった。)


侯爵様を苦しめていた本当の原因が、ついに排除された。


そして、私はもう一度侯爵様を見た。


彼は、どこか安堵したように、かすかに目を閉じていた——。


――———————

――—————


そして、数日後。


昼下がりの陽光が柔らかく差し込む部屋の中。


私は侯爵様に昼食を食べさせていた。


今日は少しレベルアップ。


これまでは流動食ばかりだったけれど、今日は細かく切ったジャガイモの塩ゆでを試してみることにした。


(うん、いい感じに柔らかく茹でられた。)


スプーンでジャガイモをすくい、侯爵様の口元へとゆっくりと運ぶ。


「さあ、食べてみましょうか。」


侯爵様の唇がわずかに動き、スプーンを受け入れる。


彼は静かに噛み、ゆっくりと飲み込んだ。


(大丈夫そう……!)


少しずつではあるけれど、食べられるものが増えていくのが嬉しい。


「偉いですよ、侯爵様。この調子で頑張っていきましょうね。」


そんな時、コツ、コツと廊下から靴音が近づいてきた。


扉が静かに開く。


「ギルクス様。」


思わず慌てて立ち上がろうとするが、ギルクスは片手を軽く上げて制した。


「そのままで構わない。」


静かながらも、いつも通りの落ち着いた口調。


私はそのまま侯爵様の食事の続きを続けることにした。


ギルクスは部屋のソファへと歩み寄り、ゆったりと腰を下ろす。


眼鏡をくいっと押し上げ、ため息をついた。


「尋問の結果、あの医者はヴァルドリヒ様に長年、筋肉が衰え、衰弱していく毒を飲ませていたことが判明した。」


私は手を止め、ギルクスを見つめる。


「やはり……。」


あの医者が怪しいとは思っていたけれど、まさかそこまでとは。


「さらに、辞めた者たちにも話を聞いた。やはり、医者が暴力を振るっていたようだ。」


ギルクスは眉をひそめ、悔しそうに拳を握る。


「アナタがいなければ、今頃どうなっていたか……。」


「よかったです……信じていただけて……。いえ、ありがとうございます。侯爵様。」


私はそっと侯爵様の方を見た。


あの日以来、一言も喋ってくれないけれど、意識はしっかりあるようだった。


「感謝してもしきれない。」


ギルクスの静かな声が響く。


「いえ、本当に良かったです。」


私は静かに首を振った。


本当に、心の底から良かったと思う。


「それで、新しい医者を連れてきたのだが……。」


ギルクスがそう切り出す。


「新しい医者……。」


たしかに、侯爵様の治療にはもっと専門的な知識が必要だろう。


でも、私はふとギルクスの話し方が気になった。


なんだか、距離を感じる。


「——あの、ギルクス様。」


私はスプーンを置き、ギルクスに向き直る。


「ギルクス様に敬語を使われると、なんだか変な感じがします。どうか今まで通りに……。」


ギルクスは少し驚いたように目を細める。


「……そんな、そういうわけにはいかない。」


彼は眼鏡の奥で、真剣な目をしていた。


「あなたには……ここまでして頂いて……。」


「でも……。」


私は言葉を探した。


ギルクスの言葉は嬉しいけれど、なんだか距離を感じるのも寂しい。


しかし——。


「とにかく、医者を呼ぶ。」


ギルクスはそれ以上は言わず、扉の方へ目を向けた。


コン、コン


控えめなノックの音。


「失礼しまーす!」


扉が開くと、そこには——


想像していたよりも、かなり個性的な女性が立っていた。


「初めましてー!」


元気な声とともに入ってきたのは、褐色肌に深い青の髪を持つ女医だった。


豊かな曲線を描くナイスバディに、実用性の高そうな白衣のような衣服をまとっている。


(……異世界にも、こんなタイプの人がいるんだ……。)


彼女は軽く片手を上げて、気さくに笑った。


「フローレイ・アシューって言います! よろしくね!」


「彼女は優秀な医者だ。」


ギルクスが紹介すると、フローレイはニッと笑う。


「おっ、ちょうど食事中ね! じゃあついでに診察しちゃいましょ!」


えっ、そんなに気軽に……?


私は少し戸惑ったけれど、フローレイはもうテキパキと診察を始めていた。


手際よく侯爵様の脈をとり、目の色を確認する。


さらに、懐から取り出した器具で血液を抜き取り、それをフラスコに移した。


(……流石、異世界。)


フラスコを片手に、彼女は怪しげな液体を混ぜながら色の変化を見ている。


(絶妙に中世にはなさそうな道具があるのよね……。)


やっぱりここ、どこかの小説の中か、乙女ゲームの世界なんじゃない?


そんなことを考えていると——


「ん?」


フローレイの表情が変わった。


「……やっかいな薬が使われていたようね。」


「厄介とは?」


ギルクスが静かに問いかける。


フローレイはフラスコを揺らし、液体を眺めながらため息をついた。


「えぇ、侯爵様は恐らく——麻痺状態なんだわ。」


「麻痺!?」


ギルクスの声が鋭く響く。


私も息を呑んだ。


(ま、麻痺って……!?)


侯爵様は意識はあるのに喋れない……


その理由が、まさか……!?


私はフローレイの言葉を反芻する。


(なら……少し介護のやり方を考えなきゃ。)


もし、本当に麻痺が原因で口がうまく動かせないのなら、食事の飲み込みにも影響しているはず。


「……侯爵様。」


私はふと彼の顔を見つめた。


「そうとは知らず……お水も飲みにくかったことでしょうに……。」


彼は今まで、苦しいとも言えず、ただ淡々と食事を取っていたのだろうか。


「とろみをつけておけばよかった……。」


申し訳なさで胸が締めつけられる。


水は一見飲みやすそうに見えて、実は誤嚥のリスクが高い。とろみをつければ、喉を通る速度を調整しやすくなり、誤嚥を防ぐことができるのに——。


(今まで誤嚥がなくて、本当に良かった。)


侯爵様はもともと戦場を駆け抜けた屈強な戦士だったのだ。きっと、もともとの身体の強さが少しは影響していたのかもしれない。


ギルクスがふと、じっと私を見つめた。


「あなたは……どうしてそんなにも博識なのでしょうか?」


静かで、しかし明らかに興味を持った声音だった。


私は一瞬、言葉に詰まる。


(あ……しまった。)


気をつけていたつもりだったけれど、やっぱり違和感を持たれたみたい。


「え、えっと……それは……記憶喪失なので、わかりません!」


慌てて笑ってごまかす。


「ですが、そういった方法は全部覚えているんです。」


私はこの世界のことは何も知らないけど、前世のことは確かに覚えている。


「何はともあれ!」


フローレイが軽快な声を上げた。


「このメイドさんのおかげで、だいぶ回復してると思うわ。薬の血中濃度もだいぶ薄まってるもの。」


彼女は手際よく準備をしながら、私に向かってニッと笑う。


私は思わずほっとした。


「本当によかった……。」


侯爵様が少しずつでも回復に向かっていると聞けて、心底安堵する。


フローレイはそのまま慣れた手つきで注射器を取り出し、透明な液体を慎重に吸い上げる。


「さて、栄養剤と解毒剤を打ち込むわよ。」


私は思わず目を見張る。


(異世界なのに、注射!?)


フローレイは手際よく侯爵様の腕を消毒し、軽くトントンと血管を探ると、ためらいなく針を刺した。


私は目の前の光景に衝撃を受けながら、頭の中で考えを巡らせる。


(あべこべな世界だ……。)


建物や服装、生活環境は中世っぽいのに、なぜか医学は現代のような技術を持っている。


(この世界、どれだけ現世のものが存在するのか、ちゃんと調べなくちゃ。)


いずれ、自分がいる場所の仕組みを知ることは絶対に必要になってくる。


考え事をしていると、突然——。


「お嬢さん……赤い瞳だねぇ。」


フローレイが何気なく私を見つめながら言った。


「はい?」


私は思わず目を瞬かせる。


え? 私の目が……赤い?


(えっ、そういえば……私って赤い瞳だったっけ!?)


今まで、鏡をじっくり見る暇もなくて、完全に忘れてた!


赤だったんだ……!


確かに、薄暗い場所が多くて自分の顔をよく確認する機会がなかったけど、そう言われると妙に納得する。


たしかに、この世界に来たとき、周りの人たちの視線を感じたことが何度かあった。


(違和感の正体って、もしかして私の目の色……?)


フローレイは私の反応を見てクスクスと笑う。


「ふふ、なんか自分のことなのに驚いてるじゃない?」


「いや、えっと……気にしたことがなくて……。」


すると、彼女は親しげに肩をぽんっと叩いた。


「まぁいいじゃない。私も異国の地出身なのよ。だから、仲良くしましょ。」


「え……。」


私の心臓が、一瞬跳ねる。


異国の地出身……?


(私って、この地にとって……異国の人なのーーーー!?)

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