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5話目

部屋の前には——見知らぬ女性がそこにいた。


「どうもー!コリーです!」


元気いっぱいの声が響く。


「今日からルーシー様のお世話をすることになりました!」


私より少し年上だろうか。


短めの栗色の髪をポニーテールにまとめ、快活な雰囲気をまとった女性だった。


ぱっと見、メイドというよりは男勝りな使用人、という印象を受ける。


「えーっと……私に?」


思わずまばたきをする。


侯爵様のお世話ならわかるけど、なんで私?


「はい!ギルクス様に、ルーシー様が疲れすぎないようにと仰せつかっております!」


なるほど。ギルクス様の差し金か。


……確かに、一人でずっと動き回ってたし、疲労困憊な顔してたのかもしれない。


「……えっと、じゃあ……三時間たったら起こしてください。」


今はとにかく寝たい。


意識が飛ぶ前に、なんとかそう伝えると、コリーは勢いよく敬礼した。


「はーい!お任せください!」


うん、元気。


元気なのはいいことだけど、今の私にはちょっとまぶしい。


私はふらふらとベッドへ向かい、扉をバタンと閉める。


——でも、なんか気になる。


もしかして、この世界って時間の概念あるの?


こっちに来てから、時計らしい時計を見たことがない。


……気になったら、確認しないと眠れない。


私はもう一度扉を開けた。


「時間って概念ありますか?」


「はい?」


コリーはきょとんとした顔をした後、ポケットから懐中時計を取り出し、パカッと開いて見せてくる。


「時間はちゃんとわかりますよ?」


そこには、針が正確に時を刻む時計があった。


おお、ちゃんとあるのね。


「なら、よし。」


私は満足して、今度こそ扉を閉めた。


ふかふかのベッドに倒れ込むと、すぐに意識が遠のいていく。


(よし……三時間だけ……三時間……だけ……。)


次の瞬間、深い眠りに落ちていた——。


――———————

――————


「ルーシー様、お時間です!」


元気いっぱいな声で、私の肩が軽く揺すられる。


「ん……?」


まだまぶたが重い。


「三時間、ちゃんと経ちましたよ!」


コリーの声が聞こえてくる。


(ちゃんと時間を測ってたのね……偉い偉い。)


眠気を振り払いながら、私は体を起こした。


「ありがとう、コリー。」


私は欠伸をかみ殺しながら立ち上がる。


体はまだ少しだるいが、寝る前よりはずっとマシだ。


「夕食を作らなきゃ。」


私は寝ぼけた頭を振りながら、夕食の準備に取りかかった。


――————————

―――—————

夕食をお盆に乗せ、侯爵様が監禁されている離れへと向かう。


夜の空気は少しひんやりとしていて、廊下を歩く足音だけが響いていた。


扉の前に立ち、私はゆっくりと扉を開ける。


「侯爵様、夕食の時間ですよ。」


しかし、いつもと違う光景が目に飛び込んできた。


「えっ——!?」


侯爵様が、トイレの前で座り込んでいた。


(自分で歩いたんだ!!)


思わず胸が熱くなる。


ずっとベッドに横たわるだけだった彼が、自力でトイレまで移動しようとしたなんて……!


「すごい……すごいですよ、侯爵様!」


私は急いで彼に駆け寄ると、そっと腕を支えながら立たせる。


おそらく途中で力尽きて座り込んでしまったのだろう。


「大丈夫ですよ。ちゃんとお手伝いしますからね。」


しっかりと介護し、粗相を片付ける。


自分でトイレに行こうとしたということは、排泄の感覚が戻り始めている証拠だ。


これは大きな前進だ。


「えらいですよ。この調子で頑張っていきましょうね。」


私は笑顔で彼に声をかけながら、食事の準備を整える。


ソファーに座らせ、温かいスープをスプーンですくう。


「さあ、ゆっくり食べましょう。」


侯爵様はゆっくりと口を開き、スプーンの中の食事を受け入れた。


「毎日似たようなものですみません。でも、そろそろ固形物も増やしていきますね。」


少しずつでも、食べられるものを増やしていかないといけない。


ゆっくりと食事を進め、すべて食べ終わるまで見守る。


最後のひと口を飲み込むと、侯爵様は小さく息をついた。


(よく頑張りましたね。)


私は食器を片付けながら、次の作業に取りかかることにした。


「次はお風呂ですね。」


入浴の準備をするため、浴室へと向かう。


薪をくべてお湯を温め、バスタブに湯を張る。


いつも通りの作業を進めていたその時——。


ガタン!!


大きな音がした。


「侯爵様!?」


慌てて部屋に戻ると、そこには——見知らぬ男が立っていた。


「どなたですか!?」


思わず身構える。


侯爵様の部屋に、突然現れるなんて普通じゃない。


男は不気味に口元を歪め、ゆっくりとこちらを見た。


「私は侯爵様の主治医ですよ。」


(……怪しい!!)


第一印象でピンときた。


何かがおかしい。


いや、おかしすぎる。


「ギルクス様の許可がないと、お通しすることはできません。」


私は毅然とした態度で言い放つ。


この怪しげな医者を、勝手に侯爵様に近づけるわけにはいかない。


しかし、男は突然表情を歪め——。


「うるさい!!小娘が!!」


パンッ!!


鋭い音が響いた。


私は頬に熱を感じる。


「……っ!」


(なっ……何をするんですか!!)


思わず反射的に睨み返す。


「ふふふ……うるさい小娘が……。」


男はねっとりとした声で嗤う。


背筋に嫌な寒気が走る。


「今までのメイド達のように、少し可愛がってやろう。」


その言葉に、ハッとした。


(……今まで地獄を味わわせてきたのは、侯爵様じゃなくて、この医者なんだ!!)


これまで世話係が何人も逃げ出した理由——。


侯爵様が暴れるからじゃなく、この男が原因だったんだ……!!


「なんてこと!!」


私はすぐに門番のところへ逃げようとする。


しかし、その瞬間——。


ガシッ!!


「っ!?」


腕を掴まれる。


痛い! まるで鉄のような握力。


「逃がさんぞ、小娘!!」


(くっ……強い!!)


でも——。


私は、介護の仕事をしていた。


暴れる患者を押さえたり、危険な状況から身を守る術は知っている。


こんなこと、何度も経験してきた。


だから……。


すばやく腕をひねり、逆に相手の手を外させる!


「なに!?」


男の驚いた声が上がる。


さらに私は、一気に体を沈め——。


思いっきり、金的を蹴り上げた!!


「ぐあっっ!!!」


男はのたうち回りながら床に崩れ落ちた。


その瞬間——。


バンッ!!


勢いよく扉が開き、ギルクスが飛び込んできた。


「医者が来ていると……!! ……こ、これはいったい。」


部屋の中には、苦しみ悶える男と、動じずに立つ私の姿。


そして、驚きの表情を浮かべたギルクスの目が、私へと向けられる。


(さて……どう説明しようか。)


私は小さく息を吐いた——。


目の前には、苦痛に顔を歪めながら床にうずくまる医者。


扉の前には、困惑した表情を浮かべるギルクス。


そして、部屋の奥では、侯爵様が静かに座っている。


「……ぐっ……! なんてことを……!」


医者は顔をしかめながら、ゆっくりと上半身を起こす。


しかし、さっきの一撃のダメージが残っているのか、今にも倒れそうにふらついている。


「ギルクス様……私はただ、侯爵様のために尽くしていただけです。」


息を整えながら、医者はもっともらしく口を開いた。


「この女が突然暴力を振るったのです! 侯爵様に必要な診察をしようとしただけなのに……!」


(……はぁ!?)


私の頭に怒りが込み上げる。


「違います!!」


私は強い口調で言い放った。


「この人は今までの使用人に酷い暴力を行っていた可能性があります!」


ギルクスが目を細め、医者をじっと睨みつける。


「……その証拠はあるのか?」


「証拠は……。」


私は言葉を詰まらせる。


たしかに、今のところ証拠はない。


でも、これまで何人ものメイドが逃げ出し、侯爵様は完全に衰弱しきっていた。


この男が、長年にわたって彼をまともな治療もせずに放置していたのは明らかだ。


「証拠? そんなものがあるなら、侯爵様が何か言うのでは?」


医者がニヤリと笑う。


(……それを言われてしまうと……。)


たしかに、侯爵様はずっと口を閉ざしたままだ。


何も話さないし、意思疎通もままならない。


(どうしたら……!)


私が言葉を探していると——。


「し……ん……」


かすかな、掠れた声が聞こえた。


私は一瞬耳を疑った。


「侯爵様!?」


驚いて彼の方を見ると、侯爵様の唇がかすかに動いていた。


力なく座りながらも、彼は確かに何かを言おうとしている。


「ギルクス様! 侯爵様が何かを!!」


私は必死に呼びかける。


ギルクスも驚いた表情で侯爵様に近づいた。


「侯爵様……?」


彼は慎重に耳を傾ける。


「し…ん…じ…ろ…む…す…め。」


ギルクスの目が大きく見開かれた。

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