ありがとうございます!お金も地位もいただきます!
「ありがとうございます!一番ほしかった贈り物です!」の別視点
アリア・マキアベル男爵令嬢は見目もよく、体つきも肉感的で年ごろになると男性をよく引きつけた。
あるときには愛人を持ちかけられ、あるときにはわずかな金額で肉体関係を持ちかけられたが、アリアは愛人にも一時の大金にも興味はなかった。
彼女が求めていたのは一生楽して生活できるお金と、安定した地位だったのである。
そこでアリアが目をつけたのが、目の前でアリアを「娼婦」だの「売女」だのと罵るルーク・フォン・バルバトスである。名門バルバトス伯爵家の嫡男で、見目もよく、侯爵以上の身分になるととうてい正妻は難しくても伯爵家ならば男爵令嬢でも正妻を狙うことは必ずしも難しいわけではない。
しかも、ルークは、伯爵子息でありながら、かなり頭が悪かった。
本人は頭がいいと思っているようだが、おだてればすぐに調子に乗り、女を本質的には見下している。そして、色に弱い。扱いやすいルークは、アリアにとってはまさに「理想の男性」であった。
ルークはその当時リンデンドル伯爵家の令嬢と婚約関係にあったが、ルークの話を聞く限り、その令嬢はルークのことをおそらく好いてはいない。略奪したとて、余計な諍いを生むこともないと考えたアリアは、すぐにルークに近づき油断したところで無理やり肉体関係を結んだ。
そうしていとも簡単に、次期バルバトス伯爵夫人の地位を手に入れたのである。
バルバトス伯爵夫妻にも、ルーク本人にもアリアは受け入れてもらえない。そんなことはわかっている。しかし彼らはアリアを切り捨てることはできない。婚約者を裏切って種をばらまき、未来の伯爵家の直系となる嫡子が、確実にアリアの腹で育っているからである。ここでアリアを切り捨てれば、バルバトス伯爵は社交界から爪弾きにされるだろう。
アリアがほしかったのは、一生楽して生活できるお金と安定した地位である。愛は求めていない。
「お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃになった!」
相も変わらず、夫となったルークはアリアを罵る。アリアは大きくなったお腹を撫でながら、にっこりとほほ笑んだ。
「まあ、わたしの上で楽しそうに腰を振っていらっしゃったのはどなた?」
平民とさほど変わらない環境で育ったアリアに、生粋の貴族のボンボンであるルークが口で勝てるわけがない。アリアの言葉に、ルークの顔が赤黒くなる。
「それに、元婚約者様も、ルーク様との婚約解消に大喜びだったそうではありませんか。少なくともわたしはルーク様と結婚できて幸せですわ」
「……うるさい!うるさいうるさいうるさい!」
ルークは高そうなソファを蹴ると、荒々しい足取りでアリアの前を去る。このやり取りもいつものことで、今は朝のあいさつ代わりになっていた。
愛しの婚約者に「嫌いだった」と言われても、ルークの本質は何も変わらず、こうなったのはアリアのせいだと信じて疑っていない。お腹の子どもの教育はしっかりしようと考えていると、どんと軽く蹴られた。
「あらあら、元気な子ね。あなたに会えるのが楽しみよ」
そう言って微笑むアリアはまるで聖母のようで、バルバトス家の使用人たちは背筋がぞくりと寒くなった。
「若奥様、お手紙が届いております」
「ありがとう」
――アリア・バルバトス様
それだけ書かれた手紙を見て、アリアはすぐに最近できた友人からだとわかった。
手紙を見てアリアは思わず笑い声を上げた。
「……若奥様?」
「ああ、何でもないの、ごめんなさい。ところでダミアン」
家令に声をかけると、家令は大人しくアリアの側に近づく。この男も、腹の中ではアリアを毛嫌いしている一人だが、ルークの「正妻」である以上は従うしかない。
「五日後にある夜会に、ルーク様は参加なさろうとしているんじゃないの?」
アリアの言葉に、ダミアンの肩がぴくりと動く。
「……若旦那様は、旦那様奥様のお言いつけ通り、若奥様が参加されない夜会には参加されないかと存じます」
「あら、いいの?どこかでまた種をばらまくかもしれないのに?」
アリアが挑発するように言うと、ダミアンが重いため息をついた。
「大変失礼いたしました。若旦那様のご様子を注視いたします」
「よろしくね。……言っておきますけど、ルーク様が約束を破れば、問答無用でルーク様は後継から外れて、わたしの子が後継に。その子が成人するまではわたしが当主代理になるのだから。わたしのことは好きなだけ嫌えばいいけど、わたしを当主代理にしたくないなら、ルーク様を好きにさせないほうがあなたのためでしょ?」
「……若奥様の、おおせの通りに」
悔しさを隠そうともせずダミアンが言うと、アリアはにっこりと「ありがとう」と返す。
最近できた友人は、親切にもルークがおかしな行動をしそうになると前もってさりげなく伝えてくれるのだ。ルークはアリアとの一件で、伯爵夫妻から外出禁止を厳しく言い渡されている。もしそれを破ればルークはすべてを失う。にもかかわらず頭の悪いあの男は、なんとかして夜会に行こうと策略を巡らせているようだ。すべて無駄であるとも知らずに。
アリアはお腹をゆっくり撫でながら、自分自身の幸福に酔いしれた。
今は友人が教えてくれるのでやんわり止めているが、愚かなルークはきっと諦めないだろう。そうすればアリアは名実ともに「一生楽して生活できるお金と安定した地位」を手に入れることができる。生家の男爵家も多少潤うだろう。そして、自分の生んだ子どもが、ますますバルバトス伯爵家を繁栄させてくれるはずである。
「ヴァイオレット様、本当にありがとうございます」
アリアはルークの元婚約者であり、友人に思いをはせる。
「おかげさまでわたしは一番ほしいものが手に入りました」
再びお腹に衝撃を受け、アリアはほほ笑んだ。
「あなたもお母様を祝福してくれるの?うれしいわ。あなたのことも、きっと幸せにするからね」
アリアが子どもとの時間に浸っていると、懲りもせずルークがアリアを罵りにやって来る。そんなルークに、アリアはしっかりと付き合ってやる。
彼女には、ルークの罵りなどそよ風と同じだった。なぜならアリアは、彼女が求める唯一の幸福を手に入れることができたのだから。