99:アイザックの臨界点
「半分血が繋がっているというのならば、お前がとっとと引導を渡すのが筋だろう? ネイト。そこのカールとやらのどろどろを切り捨てて、責任を取らせろ」
「了解しました、若様」
「父上がお前を寄越したのは、責任を取らせようってことかカール。ならば、とっとと処理しろ」
「お祖父様がカールを呼びつけたのってソレなんだ。がんばってー~」
スタンレイ男子チームの「とっとと殺れ」オーラの圧が余りにも強く、カールは二の句が継げずに目を剥き、皮肉に歪む口を開いた。
「スタンレイ侯爵家は、人間としての情を持たず瞳の色と同じく血の色も青い、とは聞いたことがありましたが……真だったのですね……」
「ネイト。カールがスタンレイに無礼な事を言うから斬っていいよ。兄上、とっととコレ斬って、ステラのトコに行きましょう」
「ヤメロ。ネイサン! ネイト! ―――ってか、スタンレイ全員、剣を引けッ! 第一王子として厳命する! カールの話を整理するぞ!!」
ここぞという時に振りかざす権力は、流石第一王子なセオドアの号令で、スタンレイ男子が一斉に眉を寄せ、大溜息を吐く。ネイトは仕方なしにカールに向けた剣を降ろし、レオナルドとネイサンはセオドアを睨みつけ、アイザックは未だ剣を降ろさず臨戦態勢のまま。そんなスタンレイ男子の姿を半眼で見つめ、この場でただ一人の傍観者と化しているヴィクターは、動かないステラの後ろ姿が気になった。
スタンレイ男子チームがこれだけ騒いでいたら、普通であればステラが諫めに動くはずなのに、どうしたのか、ステラは闇を見据えたまま、凍り付いたかのように微動だにしない。
「アイザック……ステラの様子が」
「ステラを呼び捨てにすることを、お前には許していないはずだヴィクター」
「ええっと……ステラ、嬢、でいいか?」
「一同聞けええいッ!!」
ヴィクターがステラの異変をアイザックに伝えようと声を上げたのだが、それは、セオドアの怒声によって阻まれた。
「レティシア公女が腹違いの妹ってことは、母親はエリザベス伯母上ではないってことで―――父親は、亡き伯父上ってことになって、まさかッ! デイビッドと兄弟とか言わないよね、カール?! それとも、ここに来ての伯父上の隠し子か?!」
こんな時になんでまた、と声を上げるセオドアに、レティシアの黒いどろどろに自由を奪われながらも、カールは面目ないと頭を掻いた。
「隠し子ではありません……セオドア殿下。デイビッドとは両親が同じな……兄弟となります……。先の王権闘争時に、私は魔塔に匿われ、スタンレイの前当主、ヘルベルト様の庇護の元、秘密裏に育てられました。そして、デイビッドは、現王の庇護下というか、監視下に置かれ、あなた様の、義弟となりました……」
セオドアの父である現王クリストファーと、王権を争い没した王兄フィリップは、ウィスラー公爵へ降嫁したエリザベスと通じ王座を算段しただけではなく、姉弟間での禁忌ともいえる子、金瞳のフレドとレティシアを成したことが先日発覚したばかりだ。
彼らの国家転覆と闇の象徴ともいえるフレドと、今、目の前で闇と化したレティシアを、何とかしなければいけないこの場で、新たに発覚した要らない情報は、セオドアとヴィクターの頭を混乱のさなかに突き落とした。
が。
スタンレイ男子チームは、そんなことには皆目興味はない。
アイザックは、ヴィクターによってステラの異変に気付きソレどころではない。
「面倒―――じゃなくって、今後の王政の平穏の為、この場で亡き王兄の血筋は撲滅するのがよろしいのでは、セオドア殿下?」
「カールと一緒にデイビッドも消す気とは、見事なご判断ですレオ叔父上」
「お嬢に要らぬ秋波を向ける馬鹿なんて、この場で死滅させるに越したことないですもんね~。俺もお手伝いいたします」
レオナルドのセオドアへの進言に、ネイサンとネイトが手を叩き、剣を構える。
「ッ待て! 待てというのに!! スタンレイ一同は剣を引けって―――」
「落ち着いて下さいませ! 皆様!!」
スタンレイ男子による、カールとデイビッドの処刑を止めようとするセオドアの叫びよりも大きな、鼓膜を突き抜けるようなレティシアのキンキン声が、暗闇の空間に響き渡った。
「皆様は、貧民出身の恐ろしい魔女に惑わされていたのです! わたくしが、卑しい魔女を拘束致しましたから、もう、安心なさってくださいませ。わたくしが、皆様を守り、救います。それこそが、ウィスラーという高貴な家に生まれた、わたくしの成すべき道筋ですもの……」
このどろどろの闇の根源であるはずのレティシアは、どこから差しているのかわからない光の中で、スポットライトを浴びた舞台女優の様な作り物の笑顔で笑っていた。
「ああ……皆様の愛を感じます……。わたくしも、皆様を大切に想っておりますが、ごめんなさい……。わたくしの心は……たった一人の人に、アイザック様に、お渡ししたいのです」
両手を合わせ口元に添えて、春の女神の娘の様に微笑む、あざとさ満点のレティシアを、一同が呆れ果てたような眼差しで見下ろす。
どれだけ光を浴びようと、春の女神の娘の様に微笑んでみせようと、彼女の自慢であった蜂蜜色の緩い巻き毛は、曇天にうねる黒い海の色の様に真っ黒に染まり、宝石の様だったエメラルドの瞳は、真っ赤な血の色に染まっている。
「……キモイ」
変わり果てたウィスラーのお姫様へのネイサンの一撃は、大変に的を射たものだった。全員が無言の肯定を伝える中で、歯が砕ける程の歯ぎしりを鳴らしたネイトが、ゆらりっとレティシアに向け剣を構えた。
「坊ちゃんに、座布団一枚ですが―――俺のお嬢を、魔女だと? 聞き捨てならんなあ……」
「ああああ―――ステラ殿……黒髪沼の根源解除前に、沼に足を取られたか……」
ヤバい!っと頭を抱えるカールの声に触発されるように、アイザックの周囲が凍り付いた。
レティシアの呪いのように波打ち、四肢を拘束するどろどろの闇に、ダイヤモンドダストのような氷の粒が広がり出し、それが小さな音をたて凍り付いてゆく。絶対零度の冷気が闇を白く凍らせて、ぱきりっと音をたて、粉々に崩れ始めた。
「え?」
信じられないと、小さく声を上げたレティシアに構わず、アイザックは自分を捕らえていたレティシアの闇から、床ともいえない黒き地に降り立ち、鈍く光る白刃の切っ先をレティシアの喉元に向けた。
「ステラを勝手に使おうとしたカールは後で殺すが、お前の処断の方が先だ」
「……アイザック様、やっと、わたくしの元にいらしてくださったのね。もう、誰にも邪魔はできませんわ。わたくしの心は、あなたのものですもの」
真っ赤に燃える瞳を輝かせ、これ以上の幸せはないと微笑むレティシアは、アイザックに剣を向けられても怯みもしない。それどころか、その白刃を握り締め、除けさせるなり、レティシアはこともあろうかアイザックに抱き着いて、その胸に頬を摺り寄せ甘えた声で言い切った。
「幼き頃よりお慕いしております。……わたくしは、あなたのもので……あなたは、わたくしのものです」
一切言葉が通じず、自分に酔い夢見心地で微笑むレティシアに、アイザックの額に数本の怒りの筋が浮かび上がる。この世のものとは思えない殺気で、空間を切り裂くアイザックに一同は凍り付いたが、レティシアはまったく気付きもしない。
彼女が、金瞳の闇に突き落としたと信じて疑わないステラの全身が、小さく反応したことも―――。




