95:レティシアの闇
新年あけましておめでとうございます。
本年も何卒宜しくお願い致します。
真白の大咆哮により吹き飛ばされたらしい、レオ叔父上とセオとデイビッドの黒い心が、黒レオ、黒セオ、黒デビに姿を変え、こちらに向かってくる。手には大鎌―――こちらを狩る気が満々といったところか……。
「心なしか……黒デビだけ、黒よりグレーな気がするのが面白いね」
ネイサンの嘲笑は、大変に的を得ているとステラは思った。
黒レオと黒セオは、髪は真っ黒だし、肌も浅黒くて、目は真っ赤。その色といい、兄上に匹敵する無表情鉄仮面といい、闇の傀儡とはまさにコレ、といった姿をしている。が、黒デビのみ、黒? というよりは、若干色味が薄い気がする。
「黒デビのみ、灰デビって感じだな」
「お嬢に座布団一枚」
「僕も」
見たままを呟いたら、ネイトとネイサンが同意してくれた。
金瞳の傀儡化って、心の闇の深さで黒味が変わるのだろうか。
なんなら、こちらのおわす兄上が、もしも金瞳の傀儡になっていたとしたら、どれだけ真っ黒になっていたことか……。
ちょっとだけ気になる。何故ならば―――、
「アイツらを正規に殺せる良い機会がきたな」
「……兄上。それを言っちゃお終いです」
私が関わると、兄上の闇は金瞳よりも深いと思う。
「酷い甥っ子だ」
「酷い親友だ」
アイザックが黒レオと黒セオに剣を向け、にやりと悪い微笑みを浮かべるのを見た本物のレオナルドとセオドアは、大きく溜息を吐くなり黒い自分に剣を向けた。
「自分の不始末は自分で狩る。良いですねセオ殿下?」
「いわれなくとも、だ、レオ! ステラにこれ以上情けない姿は見せたくないからね。アイザック、自分の黒い心だとしてもお前に斬られたくないから、お前は父上達の所に行ってくれ!」
黒い自分に向け剣を振り抜く二人に、アイザックが残念とばかりに溜息を吐くのを、ステラは見逃さなかった。
「……兄上。勘弁してください」
本気でレオ叔父上とセオを、斬りたかったとか言うんですか?
ステラの呆れ声に、にやりと笑ったネイトが続く。
「せっかく四人を斬れたのにって顔ですね、若様」
「わかるか?」
「わからいでか、デス。俺も同意見ですので」
「僕も同じくです。なので」
ちゃきっとネイサンが剣を構える。その先には、灰デビが居る……。
「せっかくなので、あの灰デビ。全員で斬りますか?」
「いいな」
「ナイスです。坊ちゃん」
スタンレイチームは本当にデイビッドに対して容赦がないですね。
はあ。やっぱりデイビッドを気絶させといて正解だった。いくら金瞳の傀儡の灰デビだって、自分がみんなに斬られまくるトコロを見るなんて、いい気分ではないだろうし。
レオ叔父上と黒レオ、セオと黒セオの戦闘が始まっている。
両者の戦いは、力が拮抗しているように見えて、黒い傀儡は明らかに本体に押されているのが見て取れる。デイビッドの傀儡が、黒ではなく微妙に灰色であるのを見ても、本体の心の闇により、傀儡の黒の度合いも、力のレベルも違うとしたら、レオ叔父上とセオが、自分の心の闇に負けるとは思えない。
心の闇の深さによって傀儡の力が決まるなら、レオ叔父上とセオの闇は、せいぜいが兄上への嫉妬心のみで出来ているだろうから、そんなに強いレベルにあるとは思えない。
ただ、その読みが正しいとしたら、心の闇のレベルで行ったら、父上と王陛下、シリウスとカイの闇は、深すぎる程に深いチャンピオン級だ。師匠を金瞳に殺された心の闇が―――父上達を今もなお蝕んでいるから……。
それは、私にも言えることだけれど。
ハタとそれに気付いた瞬間、ステラの心をざわりとした冷たい何かが逆撫でした。
酷く、気持ちが悪い……。
これは、この予感は、とても危険なシグナルだ。
「兄上。胸騒ぎがする。ここは皆に任せて、父上の所に行こう―――」
『ステラ!』
大人気なくも、灰デビを三人がかりで切り刻んでいるスタンレイチームに声を上げたステラに、真白が声叫ぶ。
『変なのが来たよ! 凄くヤな匂いがする!!』
真白が毛を逆立てて威嚇の唸り声を上げる先は、ネイサンがデイビッドを引き摺ってきた回廊先にあるホールの方角だ。
あっちは、魔導士カールとビーの兄ヴィクター、ベルトランが、ウィスラーのお姫様を迎撃していると聞いている。
魔導師カールの力がどれほどのモノかは知らないが、お祖父様が遣わしたお祖父様の弟子であるのが本当ならば、たかがウィスラーのお姫様になど、相手になるはず筈もない。ヴィクターの腕は兄上が認めるレベルだし、ベルトランだって、実は結構な魔力持ちだ。
お姫様を傷付けないように相手をしているにしても、彼らがたかがレティシアを、抑えられないはずなんてない。
ならば、ネイサンの言っていた、「ウィスラーのお姫様とその仲間達」の、仲間の方が手練れという事か?
真白の威嚇は止まらない。
闇がやってくる。
真白が言う、嫌な匂いを感じる。
これは……一度落ちた、闇の世界の匂いだと、ステラは気付いた。
「―――………ステラ。お前は引け」
「引けません。兄上」
兄上も気付いている。
兄上も、シリウスと共に異常世界に落ちたから、わかるのだろう。
これは、金瞳の匂い。
金瞳の作る、異常世界の闇の匂いだ。
ステラはリアムの剣を構えた。
回廊の向こう。灯のない暗闇のホールから、闇よりも濃いどろりとした黒い淀みが、ずるりずるりと音を立てこちらに歩を進めて来る。
光を吸い込み闇に飲み込む、闇を超えた漆黒の黒い淀みを纏う、人ならざる者、だ。
これは、迎撃に回った三人は、呑み込まれてしまったのかもしれない。中に取り込まれたか、喰われたか……。
近付いてくるのが、金瞳であるなら、自分の全てを掛けて、師匠の剣で切り捨てるのみ。
ごくり、と、ステラは息を飲み込んだ。
正直、手は、震えている。
心臓が冷えていくような、恐怖を感じる。
もう一度、金瞳の異常世界に取り込まれるような、嫌な怖さだけれど、私はもうあの世界には絶対に取り込まれはしない。
兄上と私を繋ぐ銀糸の光が、消えることがないことを知っているから。
兄上の息吹が、私のざわめく心を鎮めてくれる。
チャンスは一度。
共に、刃を合わせる―――。
ステラは目を凝らして、黒い淀みを見据えた。
ずるりずるりと少しづつ近付いてくる黒き人影が誰であるかを認識した時、ステラが手にするリアムの剣先が、微かな動揺を伝え、揺れた。
現れたのは、ウィスラーのお姫様だった。
蜂蜜色の金髪を揺らす、見た事もない程に暗く淀んだ醜悪な顔をした、レティシア・リリィ・ウィスラーが、血よりも濃い赤い目をアイザックに向け、獲物を見つけたようににんまりと、下卑た微笑みを浮かべた。




