94:デイビッド玉砕
晴天の雪の原に咲く冬薔薇。
それが、デイビッドが初めて対面した、小さな女の子の印象だった。まだ幼いのに、咲き誇る一輪の薔薇の様に凛とした美しさを湛えるステラに、デイビッドは言葉を無くし、我知らず、目を奪われてしまった。
王兄の実子であり現王の養子である、高貴な血を持つ自分からすれば、貧民窟からスタンレイ侯爵に拾われたステラは、蔑むべき対象にある者だ。だのに、小さなステラの全身から滲み出る威厳すら感じる品格に、デイビッドは圧倒され、ソレを認めたくなくて、意識を挿げ替えた。目を奪われたのではなく、相手の生まれの粗悪さに目を離せないのだ。と……。
養子とは言え、直系王家の血を持つ第二王子の自分は、貧民街出の野人が卑し過ぎて目が離せないだけなのだ!
「多少見目は良くても、生まれと育ちは隠しきれません。そんな者を養女にするなど、スタンレイも地に落ちましたね」
決して、ステラの全身から溢れる高貴な魂の美しさから目が離せないわけではない、と、デイビッドは己のアイディンティティを守るため、つい、口を滑らせてしまったのだ。
「おっしゃる通り」と満面の笑みを浮かべるステラに、デイビッドはこれ以後、方向転換する術を完全に失ってしまった。
……本当は、ただの一目惚れだったのに。
それに気付くまでは、結構な年数が経過してしまい、いつもいつもいつも……ステラに振り向いて欲しくて、意地悪ばかりしてしまうデイビッドが、スタート地点に戻れた試しはない。
ステラは決してデイビッドに振り返ることはない。
そうこうしてる間に、スタンレイに属するすべての人間が、デイビッドをステラから完全に抹殺することに命を懸けるようになった。
デイビッドはもうどうしてよいかわからなくなり、愚行はどんどんエスカレートしていった。
初恋を拗らせたデイビッドは、益々、自分の恋を拗らせていき、遂には、得体のしれない金瞳の魔人に踊らされ、自分の後ろ暗い恋心を利用されての―――今である……。
「まあ、いいや。でさ、ネイサン。向こうにウィスラーのお姫様がいて、カールとやらはソッチにいるとして、ベルも、か? で、何でデイビッドだけしょっ引いて来たんだ? まさか、本当にどさくさに紛れて殺すつもりか」
ステラによる言葉の刃で、ぐっさりと心臓をえぐられたデイビッドは、床に頭を打ち付け倒れ伏すしかなかった。
ステラの視界に、現在進行形でデイビッドが入っていないことが良くわかる、とても痛い、痛すぎる一言が、デイビッドの拗らせに拗らせた恋心をビリビリに引き裂いてくれる。
「……まあ、いいや? 俺の―――長きに渡る秘した想いを、まあ、いいや……だと?」
デイビッドのぼそぼそとした呟きに耳を貸したのは、額に青筋を立てるアイザックだけである。デイビッドが一番に聞いて欲しい筈のステラの目には、デイビッドはまったくと言っていい程、映ってはいない。
ステラのデイビッドの切り方に腹を抱えて笑っていたネイサンが、やっとの思いで息を整え、ひとつ息を吐きステラに向き直った。
「ああ……笑った笑った。えっとね、ウィスラーのお姫様とその仲間達のバケモノ化に対応しきれないから、援軍を呼んで来てって言われて、僕はステラと兄上を探しに来たんだ。で、状態異常が解呪されたコイツは邪魔だから、連れてけって、カールが」
「……ネイサン」
「何、ステラ? 何でも聞いて!」
見えない尻尾をぶんぶん振って、ステラにぴょんと近寄るネイサンに、ステラは頭を抱え、ネイトとレオナルドは眉を寄せた。
「坊ちゃん……」
「ネイサン……。そういうことは早く言え」
「なんで?」
自分も人のことは言えないが……。スタンレイの三男も結構なボンクラだとデイビッドは思った。
そう。自分と同じく、今もなお金瞳に操られているレティシアは、自分どころではなく闇の傀儡となって、今や人としての自我があるかもわからない程に、魔女と化している。
あの突風が自分の邪な黒い心を飛ばしてくれて、自分は自我を取り戻せたが、レティシアは……あのままでは、人に戻れるのかもわからない……。
ネイサンと共に現れた、魔法騎士団のローブを纏った魔導士と、レティシアの兄であるベルトラン、近衛騎士団のヴィクターが、魔力と剣技を駆使して迎撃しているが、闇の傀儡と化したレティシアを殺すことも出来ず、難儀しているのは見て取れた。
何とか元に戻そうと……。レティシアを助けようとしてくれているのだ。自分は、何もできずに、ネイサンに引き摺られ、ここで、瓦礫に埋もれている。
恋し焦がれた、ただ一人の相手に、歯牙にも掛けられずに……。
「ネイサン。援軍を呼んで来いっていわれたのに、ここで油を売っていたら、カールとやらが危険だろう?」
さて行くか。とばかりに剣を抜くステラに、ネイサンがツラリと返答する。
「ベルもいるし、途中で合流した赤狐兄もいるから、大丈夫でしょ? 流れによっては先に進んでいいって、カールも言ってたし」
「流れ?」
「うん。流れ。なんでも、あの突風で吹き飛ばされた黒い心? とやらが、擬人化する可能性があるとかなんとか―――」
ネイサンの言葉が終わらない内に、ステラがピクリと目を上げた。
怜悧な美貌が、更に煌めいて、デイビッドの目が奪われる。
本当に綺麗だと、思った。
こんな時ではあるけれど、自分の秘する想いを直接伝えるのは、今しかないとデイビッドが立ち上がったその先に―――自分が、いた。
影の様に黒い、自分と……、
「……俺?」
「まさかの、俺もだ」
「まさかの私もですよ、セオドア殿下……」
髪は黒く、肌も黒い……自分と同じ姿をした、自分ではない、自分の黒い心の権化。影の様に真っ黒いデイビッドとセオドアとレオナルドが、闇の向こうから、静かにこちらに近付いてくる。その手には、ギラリと光る、死神の様な大鎌が握られていた。
「ドッペルゲンガー?」
ネイサンの疑問形の言葉に、アイザックが溜息交じりに口を開く。
「本体もろとも全員消せば問題はない」
「おお。兄上流石です」
ちゃきっと剣を構えるアイザックとネイサンに大きく頷き、「お付き合いします」と更に剣を構えるネイトに、ステラが頭を抱えている。
「自分のドッペルゲンガーに会ったら死ぬっていうし。介錯してあげてナンボですヨ。お嬢」
「ちょっと黙ろうかネイト」
手にした剣で、ステラがネイトの頭を小突き、くるりと闇の傀儡三体に躰を向ける。
交戦が始まってしまっては、自分の出る幕はもうない。
それを誰よりも理解しているデイビッドは、自分に残るなけなしの力を振り絞り、一世一代の告白を敢行するため、ステラの上着の裾を決死の覚悟で引っ張った。
「ステラ! 俺は―――っ!」
初めて会った幼い時からずっと、お前に焦がれていた。と、デイビッドは一気に伝えようと大きく口を開いた。
ステラへの超えられない壁である、アイザックとネイサン、レオナルドとセオドア、ステラの超護衛であるネイトも皆、闇の傀儡三体に注意を払っている今こそが勝負の時だ!
空気が全く読めないデイビッドの一世一代の告白は、
「黙って寝てろ」
とのステラの声と手刀により、中断を余儀なくされた。
憐れデイビッドは、初恋の相手に喰らった一撃により、その場で意識を失ったのである。
「こいつ、どうするの、ステラ?」
「引き摺ってきたネイサンに任せる」
「え~ヤだなあ。真白、びゅん!ってどっかに捨てて来てくれる?」
『ヤダ。コイツ嫌い』
遠のく意識の向こうで、ステラの細い指が、自分の額に触れた気がしたのは、気のせいだろうか?
告白を強制中断させられたデイビッドは、心に誓った。
目が醒めたら、心を入れ替えて、玉砕覚悟でもう一度、ステラに告白チャレンジすることを……。




