93:憐れなデイビッド
兄上を筆頭に、ネイト、レオ叔父上、セオドアが、茹でダコみたいに真っ赤になって湯気を噴いているデイビッドに、剣を向ける。
皆様にお伝えしたいのですが。
ネイサンの有り得ない言葉に怒り心頭みたいだけれど、そんな事、ある筈がないでしょう。
デイビッドが、私にずっと横恋慕だって?
あり得ないあり得ない。
ソコの茹でダコは、あの、デイビッドだぞ。
幼い時分、初めて出会った時からずっと、ボンクラ第二王子デイビッド様は私を常に排斥し、ことあるごとにいちゃもんを付け、暴力を振るってきたんだぞ(返り討ちにしてきたが)。私を好きだなんて、西から日が昇るくらい有り得ないだろう。
「ネイサン。その有り得ない横恋慕とやらは横に置いておいて、兄上がデイビッドの息の根を止める前に、何で敵陣営のコイツを連れてきたのか説明が欲しい」
「ステラは変わらず平常運行で嬉しいけどさ。コレに密かに恋されてたのに、キモチワルイとか思わないの?!」
「あり得ないが過ぎる。兄上に密かに恋焦がれていて、嫉妬から私に喧嘩を売ってきた。とかの方が信憑性がある」
「……勘弁してくれ」
珍しくも血色を落とし右手で顔を覆うアイザックに構わずに、ステラは続ける。
「どっからそんな情報を拾ってきたんだネイサン。コレが私を好きだなんて、今は、そんなどーでもいい冗談を聞いてる時間は―――」
そこまで話して、ステラは気付いた。
ちょっと待て。
デイビッドの湯気がドンドン上がっていってるぞ?
業火に巻かれた鉄鍋が、溶けるほどに熱せられて真っ赤になってるのより、赤いってのはどういうことだ。もしかして―――。
「―――金瞳に爆発魔術を仕込まれたのか、デイビッド?」
この様子では爆発まで時間がない、と、続けるステラに、一同が同時に吹き出す。
最凶の殺気を全身から放出し、金瞳を超える程の大魔王顔の兄上を除き、その場に居合わせた全員が肩を震わせ腹を押さえている。真白まで、大きな溜息を吐いているのはどういうことなのだろうか?
「憐れッ!!」
「……ネイト。当たってるけど、余りにも可哀想だ。仮にも一応は第二王子だぞ」
「お前も大概だよレオ……。まあ、俺より酷い玉砕だけどさ」
「義兄弟揃って、見事ですね。ステラに歯牙にもかけられてない」
ネイサンの総評に、セオドアが怒りの鉄拳を返礼している。
「私が歯牙にもかけないって、何のことか分かりますか兄上?」
「お前は気にしなくていい。二人とも俺が消すから」
私の頭を撫でてから剣を構える兄上は、間違いなしの本気の構えだ。
さて、どうしたものか。
今は一刻も早く、王宮の心臓部である、王の間に向かわなければいけないのだ。
金瞳のチェス盤で、敵陣営の駒とされていたレオ叔父上とセオが正気に戻り、味方になってくれたのは戦力増強で良かったのだが、デイビッドは、正直にいえば不要である。イキなり、こう、「あんた誰?」って位に、見た事もない程に真っ赤に変貌されましても、不要人員である事は変わらない。
「真白の突風で正気に戻ったって、一応は金瞳の傀儡にはされてたってことか?」
「あの突風。真白の仕業だったのか。ってか、お前、随分でっかくなったなあ~」
真白の神獣化にビクともしないネイサンが、真白の耳の間をよしよしと撫でる。流石はネイサン、真白の変貌など気にもしていない。
デイビッドはといえば、瓦礫に埋もれた見るも無残な豪華な絨毯の上に、行儀悪く胡坐をかいて、真っ赤な顔を両手で覆っている。全身の血が全部顔に集まっているようだ。大丈夫か? そろそろ顔から血が吹き出しそうだぞ。
「カイの転移術で最初に降りたとこに、コイツとウィスラーのお姫様がいて、二人とも目が真っ赤でさあ! このボンクラが見たこともない鬼の形相で、お粗末な剣を振り回してきやがるから、一発殴ったら目を回して倒れたんだけど」
「第二王子など、お前の一撃で瞬殺だろうな」
うん。兄上の言われることは正しい。ぼんくらデイビッドは、武道も剣もからっきし、ってのは有名な話だからな。よく見たらデイビッドの右頬は、間違いなくネイサンに殴られた跡が残っていて、顔の輪郭が変わるほどに見事に腫れている。
「そこに真白の突風が吹いて、ボンクラから真っ黒い雲みたいなのが飛び出して―――そしたらさ、その黒雲がコイツの状態異常の元だってカールが言うんだよ!」
うんうん。と皆でデイビッドを取り囲んで、ネイサンの演説の続きに耳を澄ます。
「好きな子に上手にアプローチ出来なくて、グダグダになってる後悔の念を利用されて闇に取り込まれたって!!」
「あっっっさい闇だなあ!」
「もっともな感想をありがとうネイト。だから、こちらのボンクラはすぐ状態異常が解呪されたんだってさ」
ネイトとネイサンの呆れ声に、レオ叔父上とセオの声が被る。
「「――好きな子って、まさか本気で?!」」
「そのまさかだよ! もうここで殺すしかないでしょ!」
殺すしかないとかってさ、ネイサン。ほぼ今、デイビッドの公開処刑みたいになってると思うの、私だけかな?
見る見るうちに、真っ赤からどす黒い赤に変わっていくデイビッドは今にも死にそうで、今度はしおしおと躰を縮こませ、膝を抱えた。ちょっと、憐れになってきたな。
「そんなに……兄上の事を……」
しみじみと言葉を溢したら、一同が全員片膝を突き頭を抱えた。
「……お嬢。第二王子の傷口に唐辛子を塗り込んでるって気付いてます?」
「ステラ……お前ワザとか?」
「もういいから、そういうことにしておけ。アイザック」
「おおう。レオ叔父上が滅多にない大人な判断をしてる」
「デイビッド……義兄としての助言だ。手の届かない崖の上の孤高の幻の花を摘み取ろうとしても無駄だ。悪いが諦めた方がいい」
セオがデイビッドの肩をぽんとたたき、一筋の涙を流している。
どうしたんだ、皆?
だってさ、デイビッドは兄上に恋焦がれていたんだろ―――。
あ。
違った……。
あんまり考えたくなくて、すっかり「問題」を兄上に挿げ替えていた。
ネイサンは最初に、「ステラに横恋慕」って言ってたなあ。
「まあ、いいや。でさ、ネイサン。向こうにウィスラーのお姫様がいて、カールとやらはソッチにいるとして、ベルも、か? で、何でデイビッドだけしょっ引いて来たんだ? まさか、本当にどさくさに紛れて殺すつもりか」
「……まあ……いいや? どさくさに紛れて殺す?」
ぶ~~~っ!っと噴き出したネイサンの前で、デイビッドが物凄い音をたてて、瓦礫まみれの床に頭を打ち付け倒れ伏した。
どうしたデイビッド。ソレで自殺は無理だぞ?
一話書いた後で何ですが、デイビッド……一言もセリフないですね。
本当に憐れ……。




