92:横恋慕?
「ネイサン。ひとまずソコになおれ」
「何? 僕にもハグしてくれるの、ステラ?」
全開の笑顔で両手を広げて来るネイサンに、正直頭が痛くなる。
ココは、本当に危険なんだ。
金瞳は、私の大切な人達を闇に取り込み傀儡にして、私を傷付けて闇に堕とし、私を手に入れようとしているんだからな。
誰しも、心の中に闇の種を持っている。闇に続く負の心がひと欠片もない人間なんて、人間じゃない。正と負と、両方に心を揺らめかせながら、それでも光に向かい生きるのが、人という生き物だから。
金瞳は、心の内に眠る闇の種を芽吹かせ、闇の傀儡とする術を持っている。
レオ叔父上とセオドアは、金瞳に闇の種を芽吹かせられて、闇に捕らわれた。真白の風に闇の種を吹き飛ばされなければ、芽吹いた闇に心を蝕まれ、完全に闇に取り込まれていたかもしれない。
カイはそれに気付いて、父上達の方に向かったのだろう。
父上達の、心の闇は深い……。レオ叔父上やセオドアの兄上への嫉妬心なんて、比較にならない程に―――師匠を死に追いやった金瞳を、憎んでいるから。
レオ叔父上ですら捕まったんだ。ネイサンなんて、一瞬で捕まってしまう。
「……兄上に殺されてもいいなら、してやる。ハグ」
「マジで?!」
「プラス。ハグしたら、戻るのが条件だ」
「それは無理」
きっぱりはっきり拒絶の言葉を宣い、両腕でばってんを作るネイサンが、ちょっとだけ憎たらしい。ほらみろ、ネイサン。「ハグ」という言葉に反応した兄上が、殺意の籠ったブリザードな目を向けて来てるぞ。ところで兄上……次代の王を足蹴にするのはお止め下さい。一応、こちらは臣下なのですから。
「ネイサン。金瞳は簡単に人の心を闇に堕とす。お前が、アッチに取られたら……」
「困ってくれる?」
何だろうか甘やかな目を向けて来るネイサンに、心臓がドキリとする。
「……当たり前だろう」
「嬉しいな。ありがとうステラ」
ぎゅうっと逆にネイサンが抱き締めてきて、柔らかい何かが、額に触れた。
「―――ネイサン?」
「心配いらないステラ。カイとカールが言うには、いっつも毒吐いてる僕らみたいなタイプは、逆に闇に捕らわれにくくて安全なんだってさ。ああッ! 毒吐きで思い出した! ちょっと待ってて、ステラ!」
何を思い出したのか、回廊先にあるホールに向かって脱兎の如く走り出したネイサンに、ステラは置いてきぼりを食らった。
今、額に触れたのは、何だ?
ポカンとネイサンの背を見つめていたステラに、「不機嫌」という文字を顔に貼り付けたアイザックが近寄ってきた。
「兄上?」
これは、かなりのお怒り状態だ。
こんなに兄上が怒るなんて……。ネイサンにハグOKと伝えたのが、マズかったのだろうか?
「……お前は、スキがありすぎだ」
「はい?」
何を言っているんですか? と尋ねる暇もなく、兄上が軍服の袖口で額をぐいぐい拭ってくる。袖口の銀糸の飾りモールが、ゴリゴリ言って痛いです……。
「ネイサンの野郎……油断も隙もない……これが終わったら、粛清が必要だな」
「俺も交ぜてくれるか、アイザック?」
「叔父上も粛清される側で良いのならどうぞ」
――粛清って、何を言い出してるんだ、兄上? それに、叔父上。さっき、兄上とネイトに、回廊上のテラスまで飛ばされたのに、いつの間に戻って来たんですか。本当に打たれ強いですね。
一連のひと騒ぎを傍観してる割に、ぴたりと傍から離れないネイトをステラがちらりと見上げる。ぱちりと合った視線の先で、ネイトがにやりと不敵に笑う。
「なんですか、お嬢?」
「お前も、戻る気はないのか、ネイト?」
「答えを知ってて聞いてる? お嬢」
「一応、最終確認をしただけだ」
ネイトの真っ直ぐな目を見ていられなくて、視線を逸らして息を吐く。なんだか、嬉しそうに笑ってるな、ネイト。ああ、どうしたものか。ネイトにしてもネイサンにしても、どうしてそんな、甘い目で自分を見て来るのか。今まで、気付きもしなかったのに、どうして今、ソレに気付いてしまうのか……。
「あれ? ネイサンはどこに行ったんだ?」
セオドアが体中の埃を払いながら尋ねてくる。兄上に足蹴にされて、王子様の美麗な着衣は埃にまみれて見る影もない。顔も髪も泥だらけだが、でも、なんだかスッキリした顔をしている気がするのは、気のせいではないと思う。
「ちょっと待ってて。って、ホールに走ってった」
「大丈夫なのか? レオナルド行ってやれ」
「確かに、王子殿下の言われる通り、単独行動をさせるのは危険ですね。弟の面倒を見たらどうだ、アイザック?」
「それを言うならば、叔父上が行ったらどうです? 大切な甥っ子でしょう」
二人して醸し出す気配が黒いですよ、兄上、叔父上。
仕方がない。ここは私が行くしかないようだ。
「私が行ってくる」
「ステラはここに居なさい。俺は王子殿下の護衛でもあるので、ネイト、行ってくれるか?」
「俺はお嬢の護衛ですから、お嬢の傍は離れません」
ぐるりと自分を取り囲む、今世一線級の男どもは、互いに牽制し合い動く気がないようだ。ちょっと待ってと言った割に、戻ってこないネイサンが心配で、ステラは頑強な壁を割り一歩走り出そうとして、回廊の先にネイサンの姿を見つけ動きを止める。
人影は二つ。
こちらに向かって手を上げる一人は、ネイサン。ネイサンに無理やり引き摺られ、背面しか見えないが、もう一人の茶金の髪色には、覚えがある。
ネイサンが、デイビットの襟首をひっつかんで戻ってきた。
「こちらの馬鹿王子様はいつでも中身が黒いから、さっきの突風ですっかり正気に戻ったよ」
そんな一本釣りみたいに、一応はこの国の第二王子と呼ばれるデイビットを引っ張ってくるなんて、流石だなネイサン。ところで、何がどうしてデイビットを釣りあげてきたのか、聞きたいことが更に増えた。
「ちょっと待って。で、なんで氷漬け王子を連れてきた、ネイサン?」
「ステラちょっと待って。説明するけど、その前に、兄上!!」
すでに腰に帯びた剣に手を伸ばしている兄上を、珍しくもネイサンが制すのかと思ったら、真逆だった。
「このド阿呆な大マヌケを、即刻殺そうよ兄上! 今なら、巻き込まれ事故で処理できる!!」
「俺が手を掛けるまでもない。そこらへんに放置しておけば、勝手に死ぬだろう?」
言葉とは裏腹に、剣を抜かないでください兄上。
それにネイサン! デイビットを引き摺ってくるなり、兄上の前に投げ出すなというのだ! 今の兄上は未だかつてない位に、危険度が高いのだ。私を害したモノなど、即刻刀の露にされてしまうぞ。
「コイツ! 死なないと治らない位のど阿呆なんだ! 好きな子いじめる幼稚な奴で、こともあろうにステラにず~~~っと横恋慕してやがった!!」
……………?
何を言い出すんだ、ネイサン?
世界がひっくり返っても、ソレだけはないだろう。
この、デイビットが、何だって?
好きな子いじめで、私をいじめて、横恋慕?
あり得ないにもほどがあるだろう。って、ちょっと待て。
兄上の前に生贄みたいに投げ出されたデイビットの顔が、耳まで真っ赤なのは、どうしたことなのだ?
「……それは、ない。だろ」
「信じられないがあるんだよステラ! 兄上! 殺そう!」
「わかった。殺そう」
「「「介錯する」」」
兄上の声に同調したのは、ネイトと、レオ叔父上と―――セオドアだ。
いいのか、セオ。
義理とはいえ、一応、ソイツ弟だったよね?




