90:セオドアの初恋1
「起き抜け一番でプロポーズする王子殿下もイカれてるけど、兄上がっ、プロポーズなんて! あり得ないが過ぎる!!」
「なっななななな、なんだとおお?!許さんぞ!!どっちも絶対に許さんンン!!」
ネイサンの絶叫に続く、レオナルドの叫び声が鼓膜を震わせる。
レオナルドはどうやら、言語機能が壊れたようだ。
「ステラに出会うなり排除しようとした、筆頭二人にそんなことを言われても、痛くも痒くもない」
ツラリと言い切る、アイザックの勝ち誇ったその横っ面を殴ってやりたい。セオドアは心の底からそう思ったが、どうやら、ネイサンもレオナルドも同意らしい。歯噛みして拳を握りしめるその姿を見れば一目瞭然である。
そこまで考えて、セオドアはふと辺りを見回した。
何がどうしてこんなに瓦礫まみれになっているのかがわからないが、ここは、王宮中央の大回廊なのは間違いない。が、どうしてこんな惨状なのか、自分がどうしてここに居るのかが、わからない。
記憶が欠落している?
一体、どこからだ……。
セオドアは頭の中の整理に掛かった。
ウィリアム叔父上と神聖神殿の教皇猊下が父上の元を訪れ、ウィスラー公爵家による王位簒奪の目論見を聞いたまでは、覚えている。
既に亡くなられている父上の兄である故フィリップ伯父上と、ウィスラーに降嫁していたエリザベス伯母上が通じ、闇の神を目覚めさせた―――。容易には信じられない話の途中で、そう、金色の瞳を持つ司祭が現れたのだ。
レオナルドと近い年代に見える、白髪の司祭だった。
ウィリアム叔父上と教皇猊下が即座に臨戦態勢に入り、護衛についていたレオナルドと共に、父上と自分も即座に剣を抜いた。その瞬間、白髪の司祭の金色の瞳が光り、それに照らされた自分たちの影が、辺りに広がった。
金色の瞳に捕らわれて、辺りがぐにゃりと歪み、周囲は真っ黒な闇に変貌した。
そして、暗闇が囁いて来たのだ。アイザックを消し、欲しいモノを手に入れろ、と……。
「兄上に喧嘩を売る前に、ネイサン?! なんでココにいるんだっ! 母上たちと後方支援って約束しただろう?!」
「母上には了承をとって、カイ達と一緒に来た! それよりステラ?! どうなのっ?!」
「どうなのって、何が?!」
「どうって、兄上のプロポーズのことだって?!」
「ステラっ?! 早まるな! まずは、私と婚約しよう!!」
「レオ叔父上は引っ込んで下さい!!」
ステラに飛びつくネイサンとレオナルドに払い除けられ、セオドアは瓦礫の山の中から起き上がり呆然と顔を上げる。ああ、自分と同じかそれ以上の威力を以って、レオナルドが、ネイサンに蹴り飛ばされている。
「兄上のプロポーズ! 受けたのか?!」
「そんなことより、カイは?ってか、カイ達って―――一体何人で来たんだネイサン?!」
「カールとベルトランと、途中で赤狐の兄貴も拾った! それよりっプロポーズだっ?!」
「なんでそんな大人数で来たんだ?!命の危険もあるっていうのにっ―――って、カールって誰だ?! 知らない人間まで巻き込むな!」
喧々囂々と口喧嘩を始めるステラとネイサンの勢いに押され、レオナルドが頭を押さえて倒れ伏す。ぼそぼそと、「許さん!許さん!」と呪詛の様に呟く様が、なかなかに怖い。
ギャーギャーと繰り広げられる、ネイサンとステラの兄妹喧嘩を覗き見してから、セオドアはじっとりとアイザックを半眼で睨みつける。
涼しい顔をしているが、長年の幼馴染としては、わかるぞ。
生まれてこの方見たことがない程に、アイザックが上機嫌である。
ステラに求婚して、了承を貰ったというのは、どうやら嘘ではないらしい。
そんな自分の視線に気付いたのか、アイザックがちらりと視線を流してくる。勝者の、勝ち誇るばかりの不敵な顔で―――。
「今後は、ステラには指一本触れさせんからな。諦めろ、セオ」
諦めろだと? 何を諦めろというのだ、アイザック。
ステラを好きだと自覚した年月だけでいえば、自分のそれはお前のそれを軽く超える。そう簡単に諦めることが出来れば、誰も苦労はしない。
そもそも、初めてステラに出会った9歳の時に、自分がステラに一目惚れしたのは確かではあるが、本気でステラを好きになったのは、いつの事だったか?
セオドアは、それを思い返す。
ステラとの初めての出会いは、衝撃的だった。
今まで見てきたどんな令嬢よりもステラは綺麗で可愛くて、彼女を手にできるなら、中身なんてどうでもいいと、目が離せなくなった。今思えば、誰も手にできない宝石を手に入れたい、そんな感覚に近かったのかもしれない。
ステラは貧民出身ではあるが、スタンレイ侯爵家の庇護を受け正式に養女となっている。教養と礼儀を学習し、誰もが納得できる貴婦人に育ってくれれば、誰にも文句は言わせない。などと、偉そうな上から目線で、ステラを欲した。
父上とウィリアム叔父上が、王宮の私室で取っ組み合いの大喧嘩をした日に、取り交わされた念書のせいで、ステラに自由に会うことは出来なかった。だが、自分は王太子に一番近い、第一王子である。望むことを止められる是非はない。
貧民出身のステラが、王妃になれるチャンスを逃すはずはない。きっと、喜んで自分の手を取る筈だ。そんな、自分勝手な考えを押し付けようとしていた自分を打ち砕いたのは、他ならぬステラだった。
「王子殿下が、オレの何を好きだと言っているのかがわからない」
ステラに会うために、突撃みたいにアイザックを訪ねたスタンレイ邸の庭先で、折よく対面出来たステラの言葉に、首を傾げた。表情も変えずに冷たく言い放つ、ステラのその言葉の意味を、自分は理解できなかったから。
「君が綺麗で可愛いからと、私は伝えたよね?」
「そんなもの。表層の皮一枚のことでしょう。他を当たってください」
6歳の子供の言葉とも思えない辛辣さに、正直、プライドを傷つけられた。
「もうすぐ王太子となる私に、良くもそのような」
「ただそこに生まれただけのあなたなどに、どう礼を尽くせと?」
曇りなき透き通るようなアメジストの瞳に射られて、全身に冷水を浴びたかのように、目が醒めた。
常日頃、義弟の王族らしからぬ浅はかな言動を戒める、王子の見本たる優等生な立場にあると疑わなかった自分を、ステラは冷静に諭してきたのだ。
自分は、デイビッドと同じだ。
王子の名を冠す自分に、相手がノーと言うはずがないと、君を見下していたことに、気付いたのだ。
「首を刎ねたいなら勝手にすればいい。そう簡単に刎ねられる気もないけれど」
「……す、すまない。私は」
「詫びなど必要ない。それより、オレの傍には寄らない方がいい」
しっしっと手で払うような仕草をするステラに、正直へこんだ。
そんなに嫌われたのかと、胸がズキリと痛んだ。
「ごめん……」
「何がごめんなんだ? オレは双子のトラップに巻き込みたくないだけだ」
「双子? トラップって?」
「オレの傍は危険だ。双子以外にも、様々飛んでくるから」
「飛ぶ?」
「あ」
話してる最中に、暗器が飛んできた。確実に、こちらの命を狙ったものだ。
立場上、命を狙われることはあったので、冷静に辺りを見やった。いつもなら護衛が飛んできて、自分を守ってくれるから。
そこで、ハタと気付いた。
今日は、お忍びの突撃でスタンレイ邸にやって来た。スタンレイの守りは王宮を超える程なので、身の安全は確保されている。問題はなかろうと、護衛を撒いて単独で来ているのだった。
これは、マズイ―――!
そう思うまでのコンマ数秒。人は死に際に様々な走馬灯を見るというけれど、自分の走馬灯は、美しい冬薔薇でいっぱいだ。
自分の胸くらいまでしかないステラが、自分の手を引き足を払い身を沈めさせたかと思ったら、どこから出したのかステラの身長程の剣を振り抜いた。
ステラの空色を映した銀の髪が宙に広がった。
綺麗だな。なんて暢気に思っていたら、目の前に星が散った。
芝生の中の庭石に、頭を強打して気を失ったと知ったのは、この後、すぐだった。
本業が地獄の三丁目で、「残業王に俺はなりたくないがなる!」な状況で、投稿が遅れていることをお詫びいたします。
もうちょっとで、地獄は抜けれると思うのですが、続きもお付き合い頂けました嬉しいです。
次回もセオターンの予定です(この回で終わりませんでした……)




